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三
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次の日。
サチは叶の前にあらわれなかった。外は珍しく激しく雨が降っていた。
(きのう、泣いちゃって楽しくなかったからかな。困らせっちゃったかな。)
叶はサチがもう遊びに来てくれないのでないかと不安になった。
しかし、その次の日、サチは叶の前にあらわれた。
「今日はお絵かきして遊ぼう!」
何事もなかったかのように元気に遊びにさそう。叶はよかったと安堵した。
いつものようにお絵かきで遊びはじめる。絵しりとりをしたり、おたがいに似顔絵を描いたりした。楽しい時間はどんどん過ぎていく。
2人で庭を横切った猫をどちらがうまく描けるか対決していた時だった。
ふと、サチが絵を描く手を止めた。
絵に視線を落としたまま少しの間黙っていたが、ぱっと顔を上げて、叶にこう言った。
「ねぇ、きのうの話、おかあさんに話してみたら?」
叶は唐突にそう言われて困惑した。
「……急にどうしたの?」
「叶ちゃんが、おかあさんにちゃんと気持ち伝えたらなにか変わるんじゃないかと思って。だって叶ちゃんの気持ち、ちゃんと伝えてないでしょ?」
「そうだけど……」
叶はうつむいた。
「何も行動しなかったら何も変わらないよ。このままでいいの?……家族バラバラになっちゃうかもしれないんでしょ?」
「よくないよ!」
叶は食いつくように言った。
「よくない。家族バラバラは嫌!……でも……でも…おかあさんもっと困らせちゃう、迷惑かけちゃう」
「迷惑なんかじゃないよ。」
「聞いてくれないかも」
「きっとおかあさんも叶ちゃんの気持ち聴きたいはずだよ」
「もっと悪い方向になったら?」
叶は不安だった。ただでさえ、体のことなどで迷惑をかけているのに、母に自分の思ってること話したらもっと困ってしまうんじゃないかと。母が自分の気持ちをたとえ聞いてくれたとしても、何も変わらないかもしれない、いや、父ともめてもっと悪い方に行くかもしれないと。
サチが叶の手をぎゅっと包み込んだ。
「大丈夫。きっと大丈夫。」
サチは叶を見つめて諭す。
「きっと叶ちゃんはおとうさんともおかあさんともずっと一緒にいれるよ。」
「ほんと?」
叶の不安が拭いきれない声。
「ほんとう」
サチは強く確信しているように言う。
「叶ちゃんが願っていること、全部声に出して言ってごらん。おとうさんとおかあさんとずっと一緒に居たい、仲直りしてほしいって。病気が治って元気になって走り回って遊んでみたいって。なんでも言ってごらん。全部叶うから。絶対叶うから。」
「ぜったい?」
「うん」
「ぜんぶ?」
「そう」
不思議そうな顔をする叶にサチはふわっと笑いかける。
「叶ちゃんには幸せになってほしい。私が幸せにする。叶ちゃんのこと、絶対守ってあげる。」
そして、サチは両手でにぎりしめている叶の手に自分の額を当てる。
「…………たくさん遊んでくれてありがとう。楽しかった。」
「サチちゃん?」
サチは下の方を向いていて叶からは表情が分からない。
泣いてるような、しかし何かを強く願うような声でサチはこう言った。
『君に幸あれ』
叶の意識はここで途絶えた。
***
「叶!叶!起きなさい」
叶は母の声で目がさめた。
「おかあさん?」
叶は眠たそうに目をこすった。
叶の母はほほえんでまだ寝ぼけている娘の頭をなでた。
「よく寝てたね。もう夕ご飯の時間だよ」
「もうそんな時間……」
叶はあたりをキョロキョロと見回した。
叶の手元にはさっきまでお絵かきをしていた紙が2枚と鉛筆。2枚の紙の片方には描きかけのネコが、もう片方は白紙だった。
「……あれ……サチは?」
「サチ?誰それ?」
サチはどこにもいない。
「…………なんでもない。」
娘はまだ寝ぼけていると思っている叶の母は娘の頭をポンポンと叩いて
「夕ご飯食べよう」
と言った。
叶は母と食卓へ向かう。
ふと、叶は足を止める。
『おかあさんに話してみたら?』
『おかあさんにちゃんと気持ち伝えたらなにか変わるんじゃないかと思って。』
『何も行動しなかったら何も変わらないよ。このままでいいの?』
サチの言っていたことを思い出す。
『大丈夫。きっと大丈夫。』
『私が幸せにする。叶ちゃんのこと、絶対守ってあげる。』
母は足を止めた叶に気がついた。
「叶?どうしたの?」
(話そう。私の気持ちを――)
叶は心を決めて母を見つめた。
「…………おかあさん、あのね───」
サチは叶の前にあらわれなかった。外は珍しく激しく雨が降っていた。
(きのう、泣いちゃって楽しくなかったからかな。困らせっちゃったかな。)
叶はサチがもう遊びに来てくれないのでないかと不安になった。
しかし、その次の日、サチは叶の前にあらわれた。
「今日はお絵かきして遊ぼう!」
何事もなかったかのように元気に遊びにさそう。叶はよかったと安堵した。
いつものようにお絵かきで遊びはじめる。絵しりとりをしたり、おたがいに似顔絵を描いたりした。楽しい時間はどんどん過ぎていく。
2人で庭を横切った猫をどちらがうまく描けるか対決していた時だった。
ふと、サチが絵を描く手を止めた。
絵に視線を落としたまま少しの間黙っていたが、ぱっと顔を上げて、叶にこう言った。
「ねぇ、きのうの話、おかあさんに話してみたら?」
叶は唐突にそう言われて困惑した。
「……急にどうしたの?」
「叶ちゃんが、おかあさんにちゃんと気持ち伝えたらなにか変わるんじゃないかと思って。だって叶ちゃんの気持ち、ちゃんと伝えてないでしょ?」
「そうだけど……」
叶はうつむいた。
「何も行動しなかったら何も変わらないよ。このままでいいの?……家族バラバラになっちゃうかもしれないんでしょ?」
「よくないよ!」
叶は食いつくように言った。
「よくない。家族バラバラは嫌!……でも……でも…おかあさんもっと困らせちゃう、迷惑かけちゃう」
「迷惑なんかじゃないよ。」
「聞いてくれないかも」
「きっとおかあさんも叶ちゃんの気持ち聴きたいはずだよ」
「もっと悪い方向になったら?」
叶は不安だった。ただでさえ、体のことなどで迷惑をかけているのに、母に自分の思ってること話したらもっと困ってしまうんじゃないかと。母が自分の気持ちをたとえ聞いてくれたとしても、何も変わらないかもしれない、いや、父ともめてもっと悪い方に行くかもしれないと。
サチが叶の手をぎゅっと包み込んだ。
「大丈夫。きっと大丈夫。」
サチは叶を見つめて諭す。
「きっと叶ちゃんはおとうさんともおかあさんともずっと一緒にいれるよ。」
「ほんと?」
叶の不安が拭いきれない声。
「ほんとう」
サチは強く確信しているように言う。
「叶ちゃんが願っていること、全部声に出して言ってごらん。おとうさんとおかあさんとずっと一緒に居たい、仲直りしてほしいって。病気が治って元気になって走り回って遊んでみたいって。なんでも言ってごらん。全部叶うから。絶対叶うから。」
「ぜったい?」
「うん」
「ぜんぶ?」
「そう」
不思議そうな顔をする叶にサチはふわっと笑いかける。
「叶ちゃんには幸せになってほしい。私が幸せにする。叶ちゃんのこと、絶対守ってあげる。」
そして、サチは両手でにぎりしめている叶の手に自分の額を当てる。
「…………たくさん遊んでくれてありがとう。楽しかった。」
「サチちゃん?」
サチは下の方を向いていて叶からは表情が分からない。
泣いてるような、しかし何かを強く願うような声でサチはこう言った。
『君に幸あれ』
叶の意識はここで途絶えた。
***
「叶!叶!起きなさい」
叶は母の声で目がさめた。
「おかあさん?」
叶は眠たそうに目をこすった。
叶の母はほほえんでまだ寝ぼけている娘の頭をなでた。
「よく寝てたね。もう夕ご飯の時間だよ」
「もうそんな時間……」
叶はあたりをキョロキョロと見回した。
叶の手元にはさっきまでお絵かきをしていた紙が2枚と鉛筆。2枚の紙の片方には描きかけのネコが、もう片方は白紙だった。
「……あれ……サチは?」
「サチ?誰それ?」
サチはどこにもいない。
「…………なんでもない。」
娘はまだ寝ぼけていると思っている叶の母は娘の頭をポンポンと叩いて
「夕ご飯食べよう」
と言った。
叶は母と食卓へ向かう。
ふと、叶は足を止める。
『おかあさんに話してみたら?』
『おかあさんにちゃんと気持ち伝えたらなにか変わるんじゃないかと思って。』
『何も行動しなかったら何も変わらないよ。このままでいいの?』
サチの言っていたことを思い出す。
『大丈夫。きっと大丈夫。』
『私が幸せにする。叶ちゃんのこと、絶対守ってあげる。』
母は足を止めた叶に気がついた。
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