上 下
2 / 17

2.この国はいい人ばかりだ

しおりを挟む
 手を引かれるがままに付いて行った先は『粋』領の領地みたい。
 検問に差し掛かる。

「ミレイ! 誰だそいつ⁉ どこから連れてきた⁉」

 門番のような重装備の人が前の女性へ怒鳴るが怯むことはない。
 むしろ堂々としていて清々しい。

「えっ? 新入り。役に立つわよぉ。お兄ちゃんに会わせてくる!」
 
「お、おい! いきなりタイガさんに会わせるのか? 危険だ! スパイかもしれないだろ!」
 
「スパイだったら私はとっくに酷い目に合ってるわ。恩人なのよ?」
 
「ミレイが危なかったのか?」
 
「えぇ。身ぐるみ剥がされるところだったわ」

 門番の人は少し沈黙して何かを考えているみたい。
 ガバッと身体をボクに近付けて肩に手を添えた。

「坊主! ミレイを助けてくれてありがとうよ! 入ってゆっくりしてくれ!」

 笑顔でボクを門の中へと招き入れてくれた。
 信用すると決めたらしい。有難いことだよね。

 門を抜けると少し離れた所にカラフルな街並みが見える。
 今までいた領では、外見はすべて白くして綺麗なようにみせていた。
 この領はそういう縛りがないのだろうなと思う。
 
 その街からはニンニクのような醤油のような香ばしい香りがしていた。
 ボクの食欲を掻き立てられる。
 お腹が空いているということを胃袋が訴えかけている。

「あのー。何でこんなに色とりどりなんですか?」
 
「それはね、自分家の壁を字力でカラーリングするからこういう風にそれぞれの色になっちゃうの」
 
「ボクがいた『覇』の領は白一色でしたよ。だから驚きました」
 
「個性が出ていいでしょ? 漢字と同じ。個性が大事よ!」

 自分の信念を持っているミレイさんは凄く輝いて見えた。
 少し前を歩く姿は可憐で魅力的。
 綺麗な流線型の身体に思はず見惚れてしまう。

「おぉ。ミレイちゃんじゃないか⁉ 生きて帰ってきたか!」
 
 声を掛けたのは店の主人だと思われるお爺さんだった。
 
「ちょっと危なかったけどねぇ」
 
「顔を見られてよかったよ! どうだい? 食べていくかい? その子大丈夫かい? そんなにやせ細って! いっぱい食べていきな!」

 いい香りはこの店からの漂ってきている物だ。
 ボクのお腹は限界だった。

「ふふふっ。そうしようかな。この子涎出ちゃってるし!」
 
「えっ⁉ 嘘⁉」
 
「ふふー! 嘘よ!」

 急いで口を拭って損した。よかった。変な子だと思われなくて。
 店へ入ることになりテーブルへと座ってメニューを見ると、焼き物から辛み豆腐和えというようなものがある。どれも美味しそう。

 実は拾ってくれた爺さんが文字を教えてくれたんだ。だから字は読めるの。

「私は辛み豆腐和えね。この子も食べるから取り皿ちょうだい。あと麺汁二つ」
 
「あいよ! 麺汁はサービスするよ!」
 
「いいの? ありがとう!」
 
 少し待って出てきたものは、赤くて少しトロミのある汁に白い四角いものが入っている食べ物。そして、琥珀色のスープに細長いツルツルの黄色い物が入っていて上には肉と野菜がのっている。

「さぁ。食べましょう!」

 そう言うなり、ミレイさんは赤と白の食べ物を掬って口へ運んだ。ボクも真似して食べてみる。口の中が熱くなり、感じたことのない刺激がきた。

「んんっ! なんかビリビリする!」
 
「あぁ! いつも辛実入れて貰ってるから! 辛かった⁉ 大丈夫!?」
 
「はい。でも美味しいです! これが辛いってことなんですね」
 
「もしかして辛いの初めて?」
 
「ボク生まれてから今までパンしか食べたことがなくて」

 それからボクの生い立ちを話した。
 
 生い立ちといっても『覇』の領の路地に捨てられていたボクは気まぐれで同じ路上生活者の爺さんに拾われたこと。
 左の漢字を見た人にゴミ集めをしろと命令され、ずっと死体とゴミ集めをやらされてきたので、何も感じなかったこと。
 人とは大多数がこうして生きている物だと思っていたこと。
 一部の人のみ家があり裕福だと言われていたということ。

 いつの間にかミレイさんの目には涙が溜まっていた。

「ごめんね。辛いこと思い出させて……」
 
「いえ。ボクからしたら普通のことだったので、今の状況の方が異常ですから」
 
「そっか。これが日常になるからね? もう少し露出の少ない服を着よう? 寒いでしょ?」
 
「まぁ。慣れましたから。大丈夫ですけど。肩は隠したいですね」
 
「それ、なんで隠してるの?」

 それはもっともな質問だった。たしかに領の為に使っていたらもっといい生活ができていたかもね。でも、あの領では捨て駒の様にボロボロになるまでこき使って捨てられてたと思うけど。

「ボクを拾ってくれた爺さんに言われたんです。『使』の方は隠しなさいと。二文字持っていては目立つから、この人の為に使いたいと思える人を待った方がいいと言われたんです。そして、その日は本当に訪れた」
 
「それで私を助けてくれたのね?」
 
「あの時の判断は正しかった。よかったです」

 ミレイさんに促されて麺汁も食べてみた。ほのかに醤油の香りがして美味しい。麺は初めてで啜れなかった。
 そんなボクをみても微笑みながら「慌てなくていいよ」と優しく啜り方を教えてくれた。
 ゆっくりと食べる様子を見ていてくれた。

 本当においしくて全部綺麗に食べ切った。
 お店のおじさんも嬉しそうに微笑んでいる。
 前の領ではこんなに笑顔の人はいなかった。誰もが絶望していて生きていくのに精いっぱいだ。あれはきっと皇帝がいけなかったのだろう。兵士がやけに偉そうだったのを覚えている。あの領もここみたいになればいいのに。

「ご馳走さま! また来るね!」
 
「あぁ! またサービスさせてくれや!」
 
「ありがとう」
 
「なぁに。タイガさんにはお世話になってんだ。少しでも恩返しさせてくれや」

 こんなに皆に慕われるタイガさんというのは一体どんな人物なんだろう。

 その疑問はすぐに解消されることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

入れ替わった二人

廣瀬純一
ファンタジー
ある日突然、男と女の身体が入れ替わる話です。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...