上 下
42 / 42

42.

しおりを挟む
 
 
デッカード侯爵家に向かうと、あの奥様も一緒だった。


「あんなクズを紹介して申し訳なかったね。」
 
「いえ、せっかくご縁をいただきましたのに、こちらこそ申し訳ございません。」

「結婚後は2人のことだから、仕方ないさ。
で、来てもらったのは、君に私の子供を産んでもらえないかと思ってね。」


は?


「いえ、あの、私、再婚が決まっているんです。」

「そう手紙に書いてあったけど、少し遅らせられないか?妻が妊娠するのはもう無理みたいなんだ。
だから誰かに僕の子を産んでもらおうと思ってるんだけど、再婚が決まっている君なら揉めないと思ってね。」


誰か他の令嬢に頼んだら妻の座や侯爵の愛を狙おうとするかもしれないからじゃないの?
それに、奥様の髪色と目の色が私と似ているから。

奥様はものすごく不満そうだけど、離婚するよりも我慢できるといった感じなのね。
しかも同席しているだなんて、これはあくまでも契約だと脅しているようだわ。


「……申し訳ございません。婚約者とは一緒に王都に来ていまして、実はその、明日入籍するのですが、すでに部屋も一緒に過ごしていまして……」

「まあ、はしたない。」


すみませんね。

愛人だの悪女だの言いふらしてくれた奥様にそう言われるなんて腹が立つけど、我慢して曖昧な笑みで誤魔化した。


「要するに、もう体の関係を持っていて妊娠しているかもしれないってことか?」

「……そうです。ですので、お断りさせていただきます。」

「なら仕方がないか。次の候補に頼むことにするよ。だが、妊娠してるとは限らないのに今判断して後悔しないか?少なくない金も出すぞ?」

「申し訳ございません。」

「そうか。わかった。
そう言えば、ダッチス・モリスは平民の愛人とは絶対に結婚しないらしいぞ。腹の子は庶子にするらしい。男爵位なのにそこまでこだわるなんて、学生時代の虐めがよほど堪えたんだろうな。」
 

男爵は数代前まで平民だったという家も多い。
確かに男爵位で母親が平民だと虐められた男爵は気の毒に思える。
高位貴族の跡継ぎの母親が平民である方が問題のように思えるけれど、逆に高位貴族だから悪口を言いにくいのかもしれない。

モリス男爵はデッカード侯爵にあまりいい感情を持っていない気がした。
ということは、デッカード侯爵もモリス男爵の母親が平民であることを嘲った一人なのではないか?

それでもデッカード侯爵に再婚相手を相談したモリス男爵の葛藤が垣間見える気がするけれど、それは今更アリーズが気にすることでもなかった。
 
子供を産んだ後のレベッカをどうするつもりなのか。
リズベスが後々困ることにならないように、ちゃんと対処してほしい。


「モリス男爵様にも新たな出会いが訪れることを願っています。」


あの性格では難しそうですけどね。




デッカード侯爵家を出るとホッとした。
奥様は頼んでいるにも関わらず態度が悪いし、断ったら睨みつけてくるし。

でも、スレイバー様との結婚がなければ受けていたかもしれない。

奥様を見下してみたいから?……性格悪いわね。

そんなことをしたら、人知れず消されてしまうかもしれない。
 
高位貴族と関わるべきじゃないわ。



宿に戻り、スレイバー様と2日目の夜を過ごした。

翌日、入籍を済ませて、王都最後の夜を楽しみ、フライ子爵領へと戻った。


そして結婚から2か月後、アリーズはスレイバー様の子供を妊娠した。

モリス男爵との2か月とは大違いで、少し爛れた濃い性生活を送ったと振り返ったら恥ずかしくなる思いだったが、幸せを感じていた。


ひどい難産の末、産まれたのは男の子。

後のフライ子爵になる。

父と兄がそう言って喜んだ。

気づいていたけど、私、聞いてないわよ?

命がけで出産して疲れ果てた娘の、妹の心の叫びなど知らんぷり。

4人も子供を産んだ母を心から尊敬するわ。


父と兄が赤子に夢中になっているのに、父親になったスレイバー様だけは少し違う。

彼は泣きそうな顔でアリーズを労わってくれた。


「跡継ぎだなんて負担に思ったら不安になるんじゃないかと思って言えなかったんだ。
アリーズが無事でよかった。君を失うかと思って怖かった。産んでくれてありがとう。愛してるよ。」


閨事の最中の『愛してる』とは少し違う、心のこもった『愛してる』はアリーズの心に響いた。

口先だけの『愛してる』ではなく、アリーズを失うことを恐れた『愛してる』は本物だった。

アリーズは愉悦を覚え、にっこりと笑みを浮かべた。



<終わり>
 

 
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

処理中です...