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馬車は隣町に向かって順調に進んでいた。

カイ様は、無職になった経緯を聞いた私が考え込んでいるのを見て、疑問点を言い当てた。


「ジュリは無職になった僕がどうしてついてくるのか疑問なんだろう?」

「はい。」

「契約上、口外できない秘密を知っている僕がジュリを脅したり言いなりにさせると思ってる?」

「……いえ。カイ様はそんな人には見えません。」

「嬉しいなぁ。ありがとう。僕は、ジュリに惚れた。それだけだよ。」

「………は?」


流れるように惚れたと言われて、聞き間違いかと思った。


「ジュリのこの1年の出来事をわかった上で言ってる。
 それでもジュリと一緒にいたいと思ったんだ。
 あんな状況でも礼儀正しいところ。
 前向きに刺繍したりクッキー焼いたりして楽しもうとするところ。
 儚げで守ってやりたいと思ったけど、でも芯が強くて惚れ惚れしたよ。
 もう結婚もせずに一生を過ごす気なんだろう?
 確かに僕と結婚しても、爵位もないし貴族らしい生活は送れない。 
 だけどさ、2人だと楽しく暮らせると思わないか?」

「………結婚。私がカイ様と?」


未婚なのに、あんなことを経験した私が結婚?


「最終目的地がどこなのかはまだ聞かない。
 ジュリが受け入れてくれる時が来たら、教えてほしい。
 それまでは、馬車を乗り継いで街から街を移動しながら楽しもう。
 悩んでいるうちに実家の領地から離れて違う領地に行ってもいいよ。
 何なら、うちの領地にでも行く?案内するよ。」
 
「え………受け入れることが前提?」

「もちろん!と、言いたいところだけど、断る権利もジュリにはある。
 まぁ、断られたとしてもジュリの領地で雇ってもらうのもいいかなと考えている。」


なら、遠回りしても結局は実家の領地に行くことになると思うんだけど。

つまりは、私の本名を明かす気になるのを待つってことね。

このまま各領地を何か月もかけてぐるっと一回りしても、最後までついてきそう。
………その前に私のお金が尽きるわね。


カイ様と結婚、か。

もう結婚なんてできるわけがないと思ってた。
だって、見合いしたら純潔じゃないですって相手に言わなきゃダメでしょ?
隠して結婚して純潔じゃないとバレたら、騙されたって慰謝料を払わされるかもしれない。
かと言って、純潔じゃないと言えば伯爵令嬢なのに遊んでると思われるし、相手が悪ければ言いふらされる。

お兄様が私のことをどう誤魔化しているかはわからないけれど。
っていうか、借金で悪い噂が立ったから私に縁談なんて来ているはずもないわね。

それなら、この先独身でいても大丈夫な気もする。
あと数年もすれば、適齢期も過ぎるし。

そう思っていたんだけど。
 

我が子を抱くこともできなかった私は幸せになってはいけないと思っていた。

だけど、あの子には私は存在せず、夫婦の元で大切に育てられているはず。

あの部屋にいたときはすごくマイナス思考で、安易に仕事を引き受けた自分への罰として幸せになってはいけないと自分で勝手に決めつけていた。

でも、そんな必要はない?


事情を知っているカイ様は、気にした風でもなく求婚してくれている。

2人で楽しく暮らしたいと言ってくれた。

私の焼いたクッキーを美味しそうに食べてくれる姿が思い浮かんだ。


「嫌な言い方をするけど、ジュリの家族は仕事のことを知らないんだろう?
 想像はしていたとしても、多分口にすることはない。
 けれど、僕と結婚の約束をしているって連れ帰ると安心すると思うよ?」

 
………決定打だった。




 
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