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アシュレイは徹底的にビビアナには会わなかった。

使用人たちには申し訳ないが、毎日の報告を受けるだけで十分だからだ。

子供が産まれるまでの我慢。

誰もがその日を待ち望んでいた。




マーガレットのことも報告をしてもらっている。

彼女は図書館によく行っているそうだ。そう言えば、侯爵家の図書室の本もたくさん読んでいた。
おっとりとしているマーガレットは詩集や恋愛小説が好きなのかと思えば、伝記物や歴史小説など幅広く何でも読むと言っていた。
彼女は本が読めれば毎日が満足なのかもしれない。
読みたい本があれば、どこからでも取り寄せる。だから、そばにいてくれ。


 

ビビアナの出産まであと2カ月という頃、とんでもないことが起きた。

妊娠中にも関わらず、ビビアナが不貞をしたのだ。

アシュレイが報告を受けてビビアナの寝室に踏み込んだ時は、男にまたがっていた。



相手の男は下っ端の護衛の男だった。
理由はちゃんと知らないが、冷遇されている妊婦の夫人に同情していたという。
『優しい言葉をかけてくるあなたが好きになった』と言われ、慰めてほしいと迫られたそうだ。
いつもの午睡の時間に見張りだった男を引き入れて行為に及んでいた。

しかし、護衛が部屋の前にいないことに気づいた使用人が部屋の中の様子を察知してアシュレイに報告したのだ。

護衛の男は雇われてひと月。事情を知らなかった。
だが、知らなかったと言ってもいかにも訳ありな妊婦を抱く気がしれない。

男は、妊婦なら妊娠させることもないし娼婦を買うお金も浮くと思ったと言った。
同情はしていたが、ビビアナに好意を持っていたわけではないという。

まさか、侯爵夫人だとは思っていなかったのだろう。
他の使用人たちは、ほぼ無言でビビアナに接していたのだから。

そんな中、話かけて答えてくれる男に、寂しいビビアナは縋ったのだろう。



問題はこの国の貴族の面倒な風習だ。

妊娠中に子供の父親ではない男の子種を体内に受けるということは、子供の父親を変えたいと言うことになる。
つまり、腹の子はアシュレイの子供であっても跡継ぎに相応しくないという烙印を押されたのだ。

産まれる子供が男であろうと女であろうと、跡継ぎにはできない。

ビビアナが不貞をしたことで、子供の将来は変わった。





この時、アシュレイに仄かな野望が生まれた。


『マーガレットを妻にする』 


マーガレットの年齢的に妊娠できるかどうかはわからない。
だが、可能性がないわけではないのだ。




アシュレイは、マーガレットを手に入れたいと思ってきたが、それは父から奪いたいと思っていたわけではない。
父とマーガレットは14歳差だったので、父が先にいなくなるだろうと思っていたから。

その後でよかったのだ。

マーガレットと結婚したかったわけじゃない。
だけど、最後に彼女の一番近くにいる存在になりたいとずっと願ってきた。 

ビビアナと離婚しても、他の誰かと再婚する気など考えていなかった。

社交のパートナーはマーガレットがなってくれればいいのだから。

そばにいれば、アシュレイの好意に気づくだろうし、いずれ告白しただろう。
恋人になれたら嬉しいと思っていたが、断られてもそばにいてくれたらいいと思っていた。


だが、このタイミングでビビアナの腹にいる子供が跡継ぎに相応しくなくなってしまったのだ。

子供に罪はない。
だが、風習に逆らい使用人に口止めをしてもビビアナと相手の男が黙っているとも限らない。

というか、野望を抱いてしまったがために口止めをする気が失せてしまったとも言える。
 

これは好機だ。マーガレットの体を手に入れるための………


一瞬にしてそこまで考えたアシュレイは、まだシーツに包まった状態のビビアナと裸の男をそのままの状態で置いておくように言い、医師と教会関係者を呼ぶように指示を出した。

 
不貞の記録を残すために。
   




 
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