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前編
しおりを挟む学園からの帰宅途中、急に馬車が揺れて止まり、ドアが開かれるとナイフが見えた。
それを突きつけた男に従い、サラシュは馬車を乗り換えた。…侍女を馬車に残して一人で。
それから数日後、出席を予定していた夜会にサラシュは父と参加した。
婚約者ボーデンがパートナーになるはずが、突然、エスコートできないと連絡を受けたためだ。
友人と出会い白ワインを片手に談笑していると、ボーデンが大声でサラシュの名前を呼んだ。
サラシュは離れたところで自分を呼ぶボーデンに近づいて言った。
「ボーデン様?どうされました?」
「いたか、サラシュ。お前との婚約を破棄する!!!」
周りはシーンとして注目している。
「…別に構いませんわ?ですが、ここで大声で言うことではありませんわよね?」
「お前に言い逃れさせないためだ!この傷物がっ!」
周りがザワザワとし出した。
「…傷物とは?何のことでしょうか?」
「しらばっくれるな!数日前、怪しい男たちに拉致されたと聞いたぞ!傷物じゃないか。」
周りはザワザワしながらも驚いている者、心配そうに見る者、真偽を確かめようと静観する者、扇子で口元を隠しても笑っているとわかる者、様々であった。それをサラシュはさりげなく見渡し確認していた。
「…相手はナイフを持っておりましたからね。
御者と侍女が傷つけられないように相手の馬車には乗りましたよ。」
「ほらみろ!純潔が疑わしい女と結婚できるかっ!」
「彼らのアジトはすぐに制圧されて、私は身綺麗なままですわよ?」
「っそんな!本当のことはわからないじゃないか。金を積んで黙らせたか?」
「失礼ですね。我が家はそんなことは致しませんわ。」
「夫以外の男に身を任せた女など、罪人に等しいわ!跡継ぎが自分の子供か疑わしくなる。」
「…あなたがそれを仰いますか?」
視界の端で父が頷いているのを確認した。諦めた顔をしている。
迷惑をかけてしまうとサラシュは一瞬悩んだが、もう後には引けないと覚悟を決めた。
「あなたは身綺麗と言えるのですか?」
「う、うるさい!男と女では違うだろ?女は貞淑が求められるんだ!」
「…では、あなたの相手は男なのですね?」
周りから失笑が起こる。男相手が悪いわけではない。そう思われても可笑しくない発言だったからだ。
「何を言うんだ!女に決まってるだろ!」
「では、あなたは貞淑が求められるはずの女性たちを襲っているということになりますわね?」
「ば、馬鹿なことを言うな!同意に決まってるだろっ!」
「…夫以外だと罪人に等しく、跡継ぎか疑わしくなるのに?」
「しょ、娼婦はそれが仕事だろ?」
「そうですわね。お仕事の方は例外ですわね。でも……
バラモン侯爵夫人、クレース侯爵夫人、アンドロス伯爵夫人、リモド子爵夫人、オランジア男爵夫人、モレ男爵夫人、ルル伯爵令嬢、イスター子爵令嬢、ジェット男爵令嬢、マーマン男爵令嬢姉妹、クリプトン男爵令嬢は妹さん、あとは貴族の庶子と平民のお嬢さん方。まだ他の貴族も未亡人の方もおられますが…」
「ちょお、ちょっと待て?なんでぇ?」
「あなたと婚約してから、あなたが関係を持った方々です。
あえて名前をお呼びした方々は、私が拉致され傷物扱いされた時に笑われた方々です。
笑われなかった方々は、一応名前は言いませんでしたが把握はしておりますわよ?」
あちらこちらで夫や婚約者に問い質される女性が見られる。
「ちなみに私を襲う計画をたてたのが誰であるか、わかっているのですよ?
事前に知っていたため、我が家の騎士にも王都騎士団にも伝えており、私は囮だったのです。
馬車では実行犯には眠っていただき、御者は知らないままアジトまでご案内下さいました。
そして、騎士団による一網打尽でしたわ。ご存知ではない?」
父がこちらにやってきた。
「サラシュ、騎士団は首謀者に嘘の報告をさせたんだ。『依頼完了』と。そこの令嬢にな。」
ルル伯爵令嬢のイザベラが真っ青な顔をしている。側にはすでに騎士が立っていた。
「そうでしたの。彼女から聞いたボーデン様は私が傷物になったと思ったわけですね。
…共犯なのに彼女に依頼させたのですね。
婚約破棄の慰謝料が目的にしては杜撰な計画すぎません?」
「そ、そういう、可愛げのないところが、嫌いでムカつくんだっ!」
騎士に腕をとられたままボーデンは叫んだが、脱力し、ズルズルと引きずられて行った。
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