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医者が告げた言葉に誰もが驚いた。
 
「ご懐妊ですね。おめでとうございます。」

医者がその後に何か言っていたけれど覚えていない。

妊娠?なんで?どうやって? 

 

「ナターシャ、あなた辺境伯のところでお付き合いしている人がいたの?」

母に聞かれたが、首を横に振ることしかできない。

「じゃあ、合意ではなかった?」

また首を横に振るしかないが、まるで合意だったと思われることに気づいた。

「私、本当に記憶になくて……誰かと体を重ねた経験がないのです。 
 それに、いつもカリンと同じ部屋で寝ています。
 部屋に誰かが来たら気づくし、カリンを一人残して部屋を出た記憶もなくて。」

「前の月のものから考えると今からひと月半近く前に妊娠するキッカケがあったはずなの。
 思い出してみて?」

母のその言葉に反応したのは、辺境伯領から一緒に来たランだった。

「エリスさん、その頃に階段から落ちそうになったカリンちゃんを助けましたよね。
 踊り場で止まって下まで落ちなかったから大怪我はしなかったけど、気を失ってて。
 目が覚めても打撲だけで、他は大丈夫だって言ってたけど、翌朝が変でした。
 階段から落ちたことを忘れていたし、ザイール様が王都に行く日も一日ずれてて。」

そうだった。階段から落ちた記憶はない。
それに、ザイール様は翌日に王都に向かうと思っていたのに、早朝に旅立った後だった。

「あの日の記憶がないってこと?」

「階段から落ちる前にザイール様と体を重ねたのでは?」

「ザイール様と?」

まさか。そんなことあり得ない。

「すまないが、そのザイール様というのは誰だね?」

父はザイール様を知らない。当然だ。

「ザイール様は、辺境伯のご長男です。
 エリスさんが気づいていたかはわかりませんが、ザイール様は好意を持っていました。
 エリスさんが階段から落ちた時もすごく動揺されていて…しばらく付き添っていました。
 目覚めたエリスさんが心配ないと告げたので、早朝に王都に行かれましたが。」


どうしよう。本当に何も覚えていない。


私って、記憶喪失中にまた記憶喪失になったの?


「そのザイール様以外に可能性は?」

「そう言われてしまうと、屋敷中の男が対象になるかもしれませんが……
 カリンちゃんのお昼寝の時間だったんです。エリスさんが階段から落ちたのは。
 なので、2時~4時くらいの間に姿が見えなかった男が対象になります。
 ですが、経験のないエリスさんが体を許すとしたらザイール様かと思って。」

「でも、ザイール様には婚約者がいらっしゃるわ。私は愛人になる気なんて全くないもの。」
 
「ザイール様が王都に行かれたのは婚約解消のためだそうよ?
 エリスさんと結婚したいからじゃないの?」

「そんな話、されたことないわ?身元不明でカリンもいるのよ?」

「でも、辺境の跡継ぎを弟のバーリー様にしてもらいたいって言ってると聞いたわ。」

「どうしてそんなこと知ってるの?」

「だって、ザイール様があなたに夢中なのは屋敷中が知っていることだもの。」

「え?知らないわ?ザイール様は私にもカリンにもとても優しい方だけど、夢中だなんて。」

「だから、鈍感なエリスさんとザイール様の恋が実るかを屋敷中が楽しんでいたの。」


知らなかった。辺境伯の長男が身分を捨ててまで恋を選ぼうとしていたなんて。
唖然とした私に、ランが聞いた。

「ザイール様の覚悟を聞いて、エリスさんは突っぱねることが出来る?
 経緯はわからないけれど、あなたはザイール様を受け入れたんだと思うの。
 あなたもザイール様が好きでしょう?」


そう。私はザイール様が好き。

突っぱねることが出来るか。……婚約者がいなくなるのであれば出来ないかもしれない。

新たな婚約者ができるその時までは一緒にいたい。そう思う気がする。

それか逆に思い出とする気だった?出て行くつもりで……
 
 
 
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