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しおりを挟むクルーシャ伯爵家の馬車で目的地の近くまで送ってもらった。
御者に礼を言い、馬車を見送った。
これでクルーシャ伯爵家との関わりをすべて終えることになった。
「サラーナ様。」
サラーナを呼んだのは待ち合わせをしていた男性。その人の腕には2歳ちょっとの男の子がいた。
「クルズ先生。お待たせしました。」
待ち合わせをしていた男性は、サラーナの主治医であるクルズ・ジェファーソン。
サラーナが離婚後に人生を共に歩むと決めた男性だった。
サラーナより5歳年上のクルズとは、実家にいたときから医師と患者という立場だった。
最初はクルズの父、ジェファーソン先生から学ぶ見習い医師として。独立してからは主治医として。
結婚してから10年間、クルーシャ伯爵家に月2回往診に来てくれていた。
もちろん、既婚者であるサラーナと2人きりで過ごしたことなどない。常に侍女のエマかニーナがいた。
既に病人でもないサラーナの往診は形だけの健康診断のようなもので、後はお茶を飲む時間だった。
それは実家にいた頃も同じだった。
親しくなれば、会話はどんどん踏み込んだ内容にもなっていく。
「クルズ先生は、まだご結婚されないのですか?」
彼が26歳くらいの時、ふとサラーナは聞いた。
「……おそらくしないでしょうね。想い人は結婚しているのです。」
「まぁ、そうだったのですか。忘れられない方なのですね。」
「というか、好きだったことに気づいたのは、その人が結婚したと聞いた時でした。あまりにも急な結婚で驚きました。婚約者もいなかったし、結婚できないだろうと本人からも聞いていたので。」
サラーナは自分とよく似た結婚をした人が他にもいたのだなぁと思っていた。
「もう会えないかと思いましたが、10年契約で主治医をお願いされました。なぜ10年なのかはわかりませんが、できればその後も今と同じように月2回の往診でお茶を飲みながら話ができると嬉しいですね。」
これは明らかにサラーナのことではないか。恋愛経験のないサラーナでも気づいた。
クルズ先生を男の人という目で見たことはなかった。
実家にいた頃は毎回往診がクルズ先生ではなかったけれど、クルズ先生とのお茶の時間は楽しみだった。
サラーナの知らないことをいっぱい知っているから。
だから、患者を邪な目で見ていたのかと不快に感じることはなかった。
だって、彼は私が結婚したと聞いて、自分の気持ちに気づいたと言った。
私が結婚してから今3年が経ち、10年が経った後もこうして月2回会って、お茶を飲みながら話をする時間がほしいだけだと言った。
それを今後も受け入れるか、受け入れないかはサラーナ次第と言ったのだ。
結婚の話を振ったのはサラーナ。
それえに嘘つくことなく答えたのはクルズ先生。
聞かなければ、話すことはなかったのだろう。
今も、別に名前を出されたわけではないし、気づかなかった、あるいは気づかない振りをサラーナがするならばそれでも構わないのだろう。
だけど、サラーナは思わず言ってしまった。
「10年というのは、結婚期間が10年と契約で決まっているからなのかもしれませんよ?」
と。
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