27 / 31
27.
しおりを挟むクルーシャ伯爵家の馬車で目的地の近くまで送ってもらった。
御者に礼を言い、馬車を見送った。
これでクルーシャ伯爵家との関わりをすべて終えることになった。
「サラーナ様。」
サラーナを呼んだのは待ち合わせをしていた男性。その人の腕には2歳ちょっとの男の子がいた。
「クルズ先生。お待たせしました。」
待ち合わせをしていた男性は、サラーナの主治医であるクルズ・ジェファーソン。
サラーナが離婚後に人生を共に歩むと決めた男性だった。
サラーナより5歳年上のクルズとは、実家にいたときから医師と患者という立場だった。
最初はクルズの父、ジェファーソン先生から学ぶ見習い医師として。独立してからは主治医として。
結婚してから10年間、クルーシャ伯爵家に月2回往診に来てくれていた。
もちろん、既婚者であるサラーナと2人きりで過ごしたことなどない。常に侍女のエマかニーナがいた。
既に病人でもないサラーナの往診は形だけの健康診断のようなもので、後はお茶を飲む時間だった。
それは実家にいた頃も同じだった。
親しくなれば、会話はどんどん踏み込んだ内容にもなっていく。
「クルズ先生は、まだご結婚されないのですか?」
彼が26歳くらいの時、ふとサラーナは聞いた。
「……おそらくしないでしょうね。想い人は結婚しているのです。」
「まぁ、そうだったのですか。忘れられない方なのですね。」
「というか、好きだったことに気づいたのは、その人が結婚したと聞いた時でした。あまりにも急な結婚で驚きました。婚約者もいなかったし、結婚できないだろうと本人からも聞いていたので。」
サラーナは自分とよく似た結婚をした人が他にもいたのだなぁと思っていた。
「もう会えないかと思いましたが、10年契約で主治医をお願いされました。なぜ10年なのかはわかりませんが、できればその後も今と同じように月2回の往診でお茶を飲みながら話ができると嬉しいですね。」
これは明らかにサラーナのことではないか。恋愛経験のないサラーナでも気づいた。
クルズ先生を男の人という目で見たことはなかった。
実家にいた頃は毎回往診がクルズ先生ではなかったけれど、クルズ先生とのお茶の時間は楽しみだった。
サラーナの知らないことをいっぱい知っているから。
だから、患者を邪な目で見ていたのかと不快に感じることはなかった。
だって、彼は私が結婚したと聞いて、自分の気持ちに気づいたと言った。
私が結婚してから今3年が経ち、10年が経った後もこうして月2回会って、お茶を飲みながら話をする時間がほしいだけだと言った。
それを今後も受け入れるか、受け入れないかはサラーナ次第と言ったのだ。
結婚の話を振ったのはサラーナ。
それえに嘘つくことなく答えたのはクルズ先生。
聞かなければ、話すことはなかったのだろう。
今も、別に名前を出されたわけではないし、気づかなかった、あるいは気づかない振りをサラーナがするならばそれでも構わないのだろう。
だけど、サラーナは思わず言ってしまった。
「10年というのは、結婚期間が10年と契約で決まっているからなのかもしれませんよ?」
と。
3,541
お気に入りに追加
3,504
あなたにおすすめの小説

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

【完結】婚約破棄? 正気ですか?
ハリネズミ
恋愛
「すまない。ヘレンの事を好きになってしまったんだ。」
「お姉様ならわかってくれますよね?」
侯爵令嬢、イザベル=ステュアートは家族で参加したパーティで突如婚約者の王子に告げられた婚約破棄の言葉に絶句した。
甘やかされて育った妹とは対称的に幼い頃から王子に相応しい淑女に、と厳しい教育を施され、母親の思うように動かなければ罵倒され、手をあげられるような生活にもきっと家族のために、と耐えてきた。
いつの間にか表情を失って、『氷結令嬢』と呼ばれるようになっても。
それなのに、平然と婚約者を奪う妹とそれをさも当然のように扱う家族、悪びれない王子にイザベルは怒りを通り越して呆れてしまった。
「婚約破棄? 正気ですか?」
そんな言葉も虚しく、家族はイザベルの言葉を気にかけない。
しかも、家族は勝手に代わりの縁談まで用意したという。それも『氷の公爵』と呼ばれ、社交の場にも顔を出さないような相手と。
「は? なんでそんな相手と? お飾りの婚約者でいい? そうですかわかりました。もう知りませんからね」
もう家族のことなんか気にしない! 私は好きに幸せに生きるんだ!
って……あれ? 氷の公爵の様子が……?
※ゆるふわ設定です。主人公は吹っ切れたので婚約解消以降は背景の割にポジティブです。
※元婚約者と家族の元から離れて主人公が新しい婚約者と幸せに暮らすお話です!
※一旦完結しました! これからはちょこちょこ番外編をあげていきます!
※ホットランキング94位ありがとうございます!
※ホットランキング15位ありがとうございます!
※第二章完結致しました! 番外編数話を投稿した後、本当にお終いにしようと思ってます!
※感想でご指摘頂いたため、ネタバレ防止の観点から登場人物紹介を1番最後にしました!
※完結致しました!

【完結】姉の婚約者を奪った私は悪女と呼ばれています
春野オカリナ
恋愛
エミリー・ブラウンは、姉の婚約者だった。アルフレッド・スタンレー伯爵子息と結婚した。
社交界では、彼女は「姉の婚約者を奪った悪女」と呼ばれていた。

【完結/短編】いつか分かってもらえる、などと、思わないでくださいね?
雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
宮廷の夜会で婚約者候補から外されたアルフェニア。不勉強で怠惰な第三王子のジークフリードの冷たい言葉にも彼女は微動だにせず、冷静に反論を展開する。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

お姉様、わたくしの代わりに謝っておいて下さる?と言われました
来住野つかさ
恋愛
「お姉様、悪いのだけど次の夜会でちょっと皆様に謝って下さる?」
突然妹のマリオンがおかしなことを言ってきました。わたくしはマーゴット・アドラム。男爵家の長女です。先日妹がわたくしの婚約者であったチャールズ・
サックウィル子爵令息と恋に落ちたために、婚約者の変更をしたばかり。それで社交界に悪い噂が流れているので代わりに謝ってきて欲しいというのです。意味が分かりませんが、マリオンに押し切られて参加させられた夜会で出会ったジェレミー・オルグレン伯爵令息に、「僕にも謝って欲しい」と言われました。――わたくし、皆様にそんなに悪い事しましたか? 謝るにしても理由を教えて下さいませ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる