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しおりを挟む実の母親という存在に、いつの間にかロゼリアは憧れを抱いていたのだろう。
そこはイリンさんの狙い通りになっていたが、嘘がバレれば意味はない。
「どうしてお母さんは嘘をついたの?」
「あなたが望めば、私を追い出して伯爵家で暮らせるかもしれないと期待していたのだと思うわ。
だけど、あなたの産みの親でも彼女は平民。扱いが難しいの。
ロゼリアは母親が掃除や洗濯をしている姿を見たい?見たくないでしょう?
でも母親面してあなたや使用人に指示することも平民なのにって調和が乱れるの。だから産みの親でも一緒に暮らすことはできない。
あなたのお父様は何度も説明しているけど、貴族の生活に憧れ続けたのでしょうね。」
ロゼリアは実母の実態を理解したようで、もう何も言わなかった。
離婚する前に、最後の置き土産としてゲオルド様とロゼリアに悩んでもらおう。
「ねぇ、ロゼリア。お勉強は嫌い?」
「……うん。やりたくない。」
「そう。じゃあ、ロゼリアに他にも選べる道があることを教えてあげるわ。」
勝手なことをしているとわかっているけれど、クルーシャ伯爵家のためを思うと今が分岐点だと思った。
9歳になったロゼリアを見て、彼女の伸びしろは期待薄そうで不安に感じたからだ。
一つ目の道は、今まで通り伯爵家の跡継ぎとしてできる限り学ぶこと。
二つ目の道は、跡継ぎとして学ぶことは必要だけど、実務は大半を夫となる人に任せること。
三つ目の道は、跡継ぎになることをやめて、貴族令嬢として他家に嫁ぐこと。
四つ目の道は、貴族籍から抜けて平民になること。
もちろん、四つ目以外は貴族として伯爵家に相応しい学力と礼儀作法は必要不可欠である。
「平民、になるのは嫌。だけどそれ以外は結局お勉強は必要なんじゃないの。」
「そうね。特に礼儀作法は身に着けておくべきことだわ。伯爵家は子爵や男爵よりも上の爵位よ。下位貴族よりも高い水準が求められるの。でないと、彼らから笑われることになるわ。恥ずかしい思いをしたい?
もしロゼリアが下位貴族の水準くらいが限界だと言うのであれば、子爵家に嫁げばいいのよ。
そうすれば、高位貴族との付き合いはほとんどないわ。」
「でも、私が嫁いだらこの家はどうなるの?」
「お父様に、新しい貴族の奥様を迎えてもらって、子供を産んでもらえばいいのよ。」
そう。それがクルーシャ伯爵家にとって一番いい。
「……あなた、お父様の妻でしょ?あなたが産まないの?」
「ええ。私は産まないわ。そういう契約なの。そして、もうすぐ離婚してここから出ていくわ。」
「どうして!?」
知らなかったら不思議に思うわよね。10年契約期間満了なのよ。
最後の最後に、形だけの娘とこんなに話をすることになるとは思わなかったわ。
10年間、極力会わなかったことは正解だった。
親しくしていれば、情が芽生える。子供を置き去りにして出て行く気分になっていただろう。
ゲオルド様は一応、契約の継続をしてもいいと言ってくれたけど、それは結果論。
もし、ロゼリアと親しくしていたとしても、サラーナが契約の延長を申し出ても、ゲオルド様は受け入れなかった可能性もあるのだから。そうなると別れがつらかっただろう。
ロゼリアの知らないところで私とは会わない契約だったのだから、大人たちは勝手よね。
「私がお父様と結婚したのは、あなたを庶子ではなく嫡子にするための契約だから。」
10年も必要なかったとは思うけどね?
それに、ロゼリアが跡継ぎではなく他家に嫁ぐことになったら嫡子にした意味もほとんどないけどね?
それでもこの10年、この結婚は自由で、楽で、過保護な両親と仲の悪い弟から離れて過ごすことができてとても満足だった。
離婚してからの暮らしも、実は決まっているし。
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