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ようやく鏡で自分の顔を確認したけれど、何も思い出さなかった。

それにしても、お兄様の女性版みたいな感じ。
私のことを可愛い可愛いとおっしゃっていたけれど、お兄様はナルシストなのかしら。


さっきの感じだと、一年後に結婚どころか婚約解消に向けて話が進んでいるような気がしたわ。
だけど、誰かが邪魔してる?

アデルとの婚約は王太子殿下との婚約でなくなったのに、アデルにまだ婚約者がいなかったのは私が婚約解消するのを待っていた?
だけど、スザンヌ様と婚約すると噂になるくらいの関係なのよね。

うーん。わけがわからないわ。

だけど、私を突き落としたのがスザンヌ様で間違いなければ、アデルとの婚約の話はなくなるでしょうね。
聴取されているのだから、学園内でもスザンヌ様の犯行だと知れ渡っているでしょうし。

私は王太子殿下と婚約解消できたら、アデルと婚約するのかしら。
アンジェリーナはそのつもりだった?

自分のことなのに、誰かに聞いてわかるかな。
アデルは知ってる?
ララはアンジェリーナから本当の気持ちを聞いていなかった? 
王太子殿下は?
お兄様、お父様、お母様は?

私はみんなを信用していいのかな。
でも、信用しないとろくに動けもしない私はどこにも行けないし誰も頼れない。

不安だけど、みんなの心配は本物だと感じた。
だから、信じたい。
まぁ、この優しさが演技だったとしても怪我人なのに邪険に扱われるよりも有難いものね。


どうして突き落とされることになったかがちゃんとわかれば、説明してくれるって言ってたわね。

それまでに、記憶が戻ればいいのにな。
 




翌朝になっても、記憶は戻らないままだった。

お兄様が部屋に来て、朝食を一緒に食べようと抱いて連れて行ってくれた。


「おはよう、アンジェリーナ。あなたの好きな物を用意してもらったわ。
 だけど、一つだけ苦手な物もあるの。食の好みはどうかしらね?」


記憶が戻っていないことを侍女から聞いているはずなのに、お母様は残念がる様子もなく振る舞ってくれていた。
お父様もお兄様もそうだった。

記憶をなくしてから初めて部屋から出て、ララ以外の使用人たちを見ても感じた。
この侯爵家は温かい空気感がある。

それで、昨日、お兄様が言っていた言葉を思い出した。

『記憶が戻らなくても、ずっとここにいて構わない』

その言葉に嘘はないのだわ、と。 

どこか信用しきれずに緊張していた気持ちがフッと和らいだ。

アンジェリーナは、家族や使用人に愛されているとわかったから。

片手でも食べやすいようになっている朝食を見ながら言った。


「お母様、この中だとブロッコリーが苦手な気がします。
 多分、この子はお兄様に食べてもらった方が喜ぶと思うの。」

 
私がそう言うと、みんなが大笑いした。


「アンジェは記憶がなくても小さい頃と同じことを言うのね。
 そう言っていつもルシアンに食べさせるの。
 ルシアンも苦手だったのに、兄ぶって食べてあげていたわ。」

「最近はさすがに頑張って自分で食べるようになっていたけどな。」


そう言いながら、お兄様はブロッコリーを食べてくれた。

覚えていなくても、小さい頃が目に浮かぶようだった。


覚えていなくても、家族に変わりはない。

記憶がなくても、昔の思い出を聞きながら新しい人生も生きていけると思った。 



 
 



 
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