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しおりを挟むシェルニアがラムセスの下で働き始めて1年が過ぎた。
仕事にも大分慣れて周りの人たちともうまくやっていた。
ラムセスに雑談を振ると、冷たい冷気を感じさせるような目線で見られるが、それにも慣れた。
「もうっ!ラムセスさんはよくそんな感じで奥様を口説くことができましたね。それとも家では愛を囁くような男に変わるのですか?あ、それとも奥様から口説かれたのかしら。」
シェルニアがブツブツとそう言うと、周りがシーンとなった。
「えっ……?何?」
「シェルニア様、残念ながら私は独身ですよ。」
「えっだって指輪……」
「ああ、これは女除けです。」
「えっ……あなたに言い寄って来るような強者がそんなにいるの?」
ラムセスは冷たい視線を向けてくるが、周りの人は笑いを堪えていた。
「一応、私も貴族ですしこのテアンドル公爵家は給金もいい。安定した暮らしのために独身男なら片っ端から声をかけるという新人使用人は毎年いるのですよ。」
使用人同士の恋愛は禁止していないから、未婚の女性たちは身近で探そうとしているのね。
「そう言えば、ラムセスさんって何歳なの?」
「私は26歳ですが?」
「えっ……見えない。てっきり30歳は過ぎているかと。」
ラムセスの眉間の縦じわは深くなり、周りの人は爆笑していた。
「シェルニア様、あなたのお口は少し素直過ぎませんか?もう少し慎みのあった方と思っていましたが。」
「私ね、素直になれなかったことで後悔したり失敗したりしてきたのよ。だから、なるべく素直になろうと思ってそれを実践しているの。もちろん、相手によるわよ?」
「素直になれる相手に選ばれて光栄ですよ。よろしければ私の妻になりますか?どんな風に愛を囁くのかを知りたいのであれば。」
「えっ……うん。」
私の返事に、ラムセスだけでなく周りの人も驚いた。
「本気で私の妻になる気ですか?」
「冗談だった?あなたになら素直になれるし、信用できるし、浮気しなさそうだし……」
暗に、前夫ハリソンには素直になれなかったし、信用できなかったし、浮気されたと言っているようなものなのだが、この時は気づいていなかった。
「冗談、というわけではないですが、本当にいいのですか?私には継ぐ爵位などありませんよ?」
「別にいいわ。このままここで働けばいいのだし。社交界も面倒だし。」
シェルニアは今の暮らしが楽しかった。
公爵令嬢としては失格だろうが、父も兄も政略結婚を強いる気はなく、好きに過ごせばいいと言う。
シェルニアはラムセスに向かって微笑み、ラムセスは珍しく眉間の縦じわが消えた表情になり、周りからは歓声が上がっていた。
父からは、結婚祝いに爵位と領地をやろうかと言われたが、ひとまず断った。
ラムセスは今の仕事にやりがいを感じているようだから。シェルニアもそれでよかった。
シェルニアは再婚だし、跡継ぎというわけでもないため、結婚式は身内だけで終えた。
シェルニアは使用人に世話される暮らししかできないため、両親や兄夫婦から公爵家の屋敷で暮らし続けるように懇願され、ラムセスが入り婿として公爵家で暮らすことになった。
空き部屋はおそろしいほどあるのだから問題ない。
そんな新しく用意された2人の部屋の寝室で、今から初夜が始まろうとしていた。
シェルニアはラムセスに告げなければならないことがある。
「ラムセス、あのね、私……経験がないの。」
「……………………は?あ、彼が浮気をしていたから?」
「私の思い込みと勘違いで白い結婚をお願いしたの。で、素直になれないまま離婚。浮気も事実だけど。」
ラムセスは手で顔を覆った後、明かりを最小限にまで暗くした。
「えっ、急に何?」
「……私のにやけた顔を見られたくないのですよ。」
「にやけてるの?」
「ええ。思いのほか、嬉しくて。」
「そういうもの?」
「男のちっぽけな独占欲だと思ってくれればいいです。自分だけというのは意外とね。」
「そう。喜んでくれるのならよかった。」
「シェルニア、あなたを大切にします。決して裏切りません。
あなたは綺麗で、努力家で、可愛い性格をしていて、私を笑わせてくれる………」
「待って、急に何?」
「どうやって愛を囁くか知りたいのでしょう?あなたを愛しています、シェルニア。」
思いがけない愛の言葉をたくさん聞きながら、シェルニアは幸せな初夜を過ごすことになった。
素直になってよかった。シェルニアは既婚者だと思っていたラムセスが独身とわかった時、冷静を装っていたが本当はとても喜んでいたのだ。
だから、あの求婚は信じ難いほど嬉しかった。
その後、シェルニアは女の子を出産した。
再婚したハリソンはというと、新しい妻と2年間子供ができなかったため種無しかと疑われたが、愛人が妊娠したことで第二夫人に収まったと噂に聞いた。
しかし、その子供が成長すると、どこかジャレッド王太子殿下に似ているという噂もあるという。
あの2人の実態を知っていると、遊び相手の女性を共有していてもおかしくはないと思う。
というか、ハリソンは自分が種無しの可能性が高いと知りジャレッド王太子殿下に頼んだのだろう。
そしてジャレッド王太子殿下の子供を妊娠した女性をハリソンが第二夫人にした。
ジャレッド王太子殿下の母親は元テック公爵令嬢。
ハリソンとジャレッドのどちらの子供であっても、テック家の血は引いているなぁとシェルニアは密かに思った。
<終わり>
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