22 / 22
22.
しおりを挟むシェルニアがラムセスの下で働き始めて1年が過ぎた。
仕事にも大分慣れて周りの人たちともうまくやっていた。
ラムセスに雑談を振ると、冷たい冷気を感じさせるような目線で見られるが、それにも慣れた。
「もうっ!ラムセスさんはよくそんな感じで奥様を口説くことができましたね。それとも家では愛を囁くような男に変わるのですか?あ、それとも奥様から口説かれたのかしら。」
シェルニアがブツブツとそう言うと、周りがシーンとなった。
「えっ……?何?」
「シェルニア様、残念ながら私は独身ですよ。」
「えっだって指輪……」
「ああ、これは女除けです。」
「えっ……あなたに言い寄って来るような強者がそんなにいるの?」
ラムセスは冷たい視線を向けてくるが、周りの人は笑いを堪えていた。
「一応、私も貴族ですしこのテアンドル公爵家は給金もいい。安定した暮らしのために独身男なら片っ端から声をかけるという新人使用人は毎年いるのですよ。」
使用人同士の恋愛は禁止していないから、未婚の女性たちは身近で探そうとしているのね。
「そう言えば、ラムセスさんって何歳なの?」
「私は26歳ですが?」
「えっ……見えない。てっきり30歳は過ぎているかと。」
ラムセスの眉間の縦じわは深くなり、周りの人は爆笑していた。
「シェルニア様、あなたのお口は少し素直過ぎませんか?もう少し慎みのあった方と思っていましたが。」
「私ね、素直になれなかったことで後悔したり失敗したりしてきたのよ。だから、なるべく素直になろうと思ってそれを実践しているの。もちろん、相手によるわよ?」
「素直になれる相手に選ばれて光栄ですよ。よろしければ私の妻になりますか?どんな風に愛を囁くのかを知りたいのであれば。」
「えっ……うん。」
私の返事に、ラムセスだけでなく周りの人も驚いた。
「本気で私の妻になる気ですか?」
「冗談だった?あなたになら素直になれるし、信用できるし、浮気しなさそうだし……」
暗に、前夫ハリソンには素直になれなかったし、信用できなかったし、浮気されたと言っているようなものなのだが、この時は気づいていなかった。
「冗談、というわけではないですが、本当にいいのですか?私には継ぐ爵位などありませんよ?」
「別にいいわ。このままここで働けばいいのだし。社交界も面倒だし。」
シェルニアは今の暮らしが楽しかった。
公爵令嬢としては失格だろうが、父も兄も政略結婚を強いる気はなく、好きに過ごせばいいと言う。
シェルニアはラムセスに向かって微笑み、ラムセスは珍しく眉間の縦じわが消えた表情になり、周りからは歓声が上がっていた。
父からは、結婚祝いに爵位と領地をやろうかと言われたが、ひとまず断った。
ラムセスは今の仕事にやりがいを感じているようだから。シェルニアもそれでよかった。
シェルニアは再婚だし、跡継ぎというわけでもないため、結婚式は身内だけで終えた。
シェルニアは使用人に世話される暮らししかできないため、両親や兄夫婦から公爵家の屋敷で暮らし続けるように懇願され、ラムセスが入り婿として公爵家で暮らすことになった。
空き部屋はおそろしいほどあるのだから問題ない。
そんな新しく用意された2人の部屋の寝室で、今から初夜が始まろうとしていた。
シェルニアはラムセスに告げなければならないことがある。
「ラムセス、あのね、私……経験がないの。」
「……………………は?あ、彼が浮気をしていたから?」
「私の思い込みと勘違いで白い結婚をお願いしたの。で、素直になれないまま離婚。浮気も事実だけど。」
ラムセスは手で顔を覆った後、明かりを最小限にまで暗くした。
「えっ、急に何?」
「……私のにやけた顔を見られたくないのですよ。」
「にやけてるの?」
「ええ。思いのほか、嬉しくて。」
「そういうもの?」
「男のちっぽけな独占欲だと思ってくれればいいです。自分だけというのは意外とね。」
「そう。喜んでくれるのならよかった。」
「シェルニア、あなたを大切にします。決して裏切りません。
あなたは綺麗で、努力家で、可愛い性格をしていて、私を笑わせてくれる………」
「待って、急に何?」
「どうやって愛を囁くか知りたいのでしょう?あなたを愛しています、シェルニア。」
思いがけない愛の言葉をたくさん聞きながら、シェルニアは幸せな初夜を過ごすことになった。
素直になってよかった。シェルニアは既婚者だと思っていたラムセスが独身とわかった時、冷静を装っていたが本当はとても喜んでいたのだ。
だから、あの求婚は信じ難いほど嬉しかった。
その後、シェルニアは女の子を出産した。
再婚したハリソンはというと、新しい妻と2年間子供ができなかったため種無しかと疑われたが、愛人が妊娠したことで第二夫人に収まったと噂に聞いた。
しかし、その子供が成長すると、どこかジャレッド王太子殿下に似ているという噂もあるという。
あの2人の実態を知っていると、遊び相手の女性を共有していてもおかしくはないと思う。
というか、ハリソンは自分が種無しの可能性が高いと知りジャレッド王太子殿下に頼んだのだろう。
そしてジャレッド王太子殿下の子供を妊娠した女性をハリソンが第二夫人にした。
ジャレッド王太子殿下の母親は元テック公爵令嬢。
ハリソンとジャレッドのどちらの子供であっても、テック家の血は引いているなぁとシェルニアは密かに思った。
<終わり>
880
お気に入りに追加
650
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています



あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる