18 / 20
18.
しおりを挟む「レフラ様が恥ずかしく思うことでは、ございません。あれは、レフラ様には、本来当てはまらない制限ですので、ご存知ないのは当たり前なんです」
「当たり前、ですか……?」
「はい。ルールを守るべき者が、ルールを知らない事を恥じるべきですが、そうでない者が知らないからと言って、責められる謂れはありませんから」
落ち込んだレフラを街路樹側の噴水の縁に腰掛けさせて、リランが慰めるようにそう言った。
「そうですよ。例えば、新兵の宿舎なんか、トイレも風呂も5分ずつ。洗い場で横1列で洗った後は、左から順に入るんですよ。しかも浴槽も左足からです。だけど、武官なら、当たり前に叩き込まれたそんなルールも、市場を歩く者達に聞いた所で知らないですから」
それと同時に、エルフィルから飛び出したとんでもないルールに、レフラはクスッと笑ってしまう。
「本当に、そんなルールがあるんですか?」
「あるんですよ~」
大真面目な顔で頷くエルフィルが、演技染みていて面白くて、またレフラは小さく声を上げて笑った。
「まぁ、この立場になれば、なんとなくルールの価値も分かりましたけど、あの頃は意味が分からずイヤでしたね」
「えっ? ちゃんと意味があるルールだったんですか? 何か強くなる秘訣とかですか?」
「ふふふ、内緒です」
「気になります……じゃあ、後からギガイ様に聞いてみます」
「そうですね、聞かれてみて下さい。ただ、ギガイ様もルールを守るべき側ではないので、今回のレフラ様同様、ご存知ないかもしれません」
「ギガイ様でも、そういう事があるんですね」
それなら、と少しは気が楽になったのか。それとも笑えたことで、逆に気持ちが浮上していったのか、レフラの顔色が少しばかり明るくなる。そんなレフラに、ホッと表情を緩めたリランが、背中に添えたままだった掌を外した。
「リュクトワス様へ許可証を発行して頂けるように、ラクーシュが調整しておりますので、あとしばらくお待ち下さい」
「リュクトワス様ですか……? ギガイ様に伝わってしまわないでしょうか?」
「それは大丈夫だと思いますよ」
ここで間違えても、すでにギガイが知っている事は、知られてはいけない事だから。リランもエルフィルも、朗らかに微笑みながら、素知らぬふりを貫き通した。
「ここに居たか! 良かった! リラン代わってくれ!」
ちょうどそこにラクーシュが駆け込んできた。素早く立ち上がったリランが、二、三言、ラクーシュと言葉を交わした後に、レフラの方を振り返った。
「許可証の発行で、少し手続きがあるようですので、席を外します。近辺に近衛隊の者を配置してますので、しばらくこちらでお待ち下さい」
「はい、分かりました」
頷いたレフラの側で、ラクーシュが「あとは頼んだぞ~」とホッとした様子で手を振った。全く、と言いたげな視線でチラッとラクーシュを一瞥しながらも、よほど急いでいるのだろう。余計なことは何も言わないまま、リランがラクーシュが来た方へ走り去っていく。
その姿を見送って、ラクーシュがレフラへニカッと笑った。
「さて、あとはのんびりと待ちましょう」
「のんびりですか……? 分かりました……でも先に、ギガイ様の視察が終わってしまわないでしょうか……?」
表通りしか許されていないレフラとは違って、ギガイの視察先には裏通りも含まれている。いつもの視察時間を考えれば、すぐに終わるとは思わないが、それでも手続きにかかる時間によっては間に合わないかもしれないのだ。
「大丈夫ですよ。それほど時間はかかりませんし、ギガイ様の視察もいま少し止まっていらっしゃいますから」
だけどギガイの状況を、いつの間に確認したのか。はっきりと言いきったラクーシュに、レフラはあれ? と首を傾げた。
「そうなんですか? なにか、トラブルでもあったんですか?」
「詳細は分からないんですが、でも、そちらの後に視察は再開のようなので、お時間はまだ大丈夫だと伺ってます」
そう言って笑ったラクーシュの顔が、すこしだけ固い気がして、レフラはギガイが心配になった。
「当たり前、ですか……?」
「はい。ルールを守るべき者が、ルールを知らない事を恥じるべきですが、そうでない者が知らないからと言って、責められる謂れはありませんから」
落ち込んだレフラを街路樹側の噴水の縁に腰掛けさせて、リランが慰めるようにそう言った。
「そうですよ。例えば、新兵の宿舎なんか、トイレも風呂も5分ずつ。洗い場で横1列で洗った後は、左から順に入るんですよ。しかも浴槽も左足からです。だけど、武官なら、当たり前に叩き込まれたそんなルールも、市場を歩く者達に聞いた所で知らないですから」
それと同時に、エルフィルから飛び出したとんでもないルールに、レフラはクスッと笑ってしまう。
「本当に、そんなルールがあるんですか?」
「あるんですよ~」
大真面目な顔で頷くエルフィルが、演技染みていて面白くて、またレフラは小さく声を上げて笑った。
「まぁ、この立場になれば、なんとなくルールの価値も分かりましたけど、あの頃は意味が分からずイヤでしたね」
「えっ? ちゃんと意味があるルールだったんですか? 何か強くなる秘訣とかですか?」
「ふふふ、内緒です」
「気になります……じゃあ、後からギガイ様に聞いてみます」
「そうですね、聞かれてみて下さい。ただ、ギガイ様もルールを守るべき側ではないので、今回のレフラ様同様、ご存知ないかもしれません」
「ギガイ様でも、そういう事があるんですね」
それなら、と少しは気が楽になったのか。それとも笑えたことで、逆に気持ちが浮上していったのか、レフラの顔色が少しばかり明るくなる。そんなレフラに、ホッと表情を緩めたリランが、背中に添えたままだった掌を外した。
「リュクトワス様へ許可証を発行して頂けるように、ラクーシュが調整しておりますので、あとしばらくお待ち下さい」
「リュクトワス様ですか……? ギガイ様に伝わってしまわないでしょうか?」
「それは大丈夫だと思いますよ」
ここで間違えても、すでにギガイが知っている事は、知られてはいけない事だから。リランもエルフィルも、朗らかに微笑みながら、素知らぬふりを貫き通した。
「ここに居たか! 良かった! リラン代わってくれ!」
ちょうどそこにラクーシュが駆け込んできた。素早く立ち上がったリランが、二、三言、ラクーシュと言葉を交わした後に、レフラの方を振り返った。
「許可証の発行で、少し手続きがあるようですので、席を外します。近辺に近衛隊の者を配置してますので、しばらくこちらでお待ち下さい」
「はい、分かりました」
頷いたレフラの側で、ラクーシュが「あとは頼んだぞ~」とホッとした様子で手を振った。全く、と言いたげな視線でチラッとラクーシュを一瞥しながらも、よほど急いでいるのだろう。余計なことは何も言わないまま、リランがラクーシュが来た方へ走り去っていく。
その姿を見送って、ラクーシュがレフラへニカッと笑った。
「さて、あとはのんびりと待ちましょう」
「のんびりですか……? 分かりました……でも先に、ギガイ様の視察が終わってしまわないでしょうか……?」
表通りしか許されていないレフラとは違って、ギガイの視察先には裏通りも含まれている。いつもの視察時間を考えれば、すぐに終わるとは思わないが、それでも手続きにかかる時間によっては間に合わないかもしれないのだ。
「大丈夫ですよ。それほど時間はかかりませんし、ギガイ様の視察もいま少し止まっていらっしゃいますから」
だけどギガイの状況を、いつの間に確認したのか。はっきりと言いきったラクーシュに、レフラはあれ? と首を傾げた。
「そうなんですか? なにか、トラブルでもあったんですか?」
「詳細は分からないんですが、でも、そちらの後に視察は再開のようなので、お時間はまだ大丈夫だと伺ってます」
そう言って笑ったラクーシュの顔が、すこしだけ固い気がして、レフラはギガイが心配になった。
1,339
お気に入りに追加
1,371
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】本当に私と結婚したいの?
横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。
王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。
困ったセシリアは王妃に相談することにした。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる