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しおりを挟むディオンは正気だろうか。
元婚約者の名を未だ愛称で呼び、ディオンと話す順番を待っている人々を無視してこちらに向かってきた。
もちろんこのパーティーはディオンのために開かれたものだ。
主役である彼の行動を面と向かって非難する者などいない。
だが、この国の王子殿下であった時には考えられない行動と言える。
「アナ、久しぶりだね。元気だったかい?変わらず綺麗だ。大人っぽいドレスも似合っている。」
『変わらず綺麗』はこの場合、褒め言葉ではないわね。普通は変わらなくても『昔より』とか『更に』って言うべきなんじゃない?だけど自分といた時よりも綺麗だという表現にはしたくなかったってことよね。
「……ディオン殿下、お久しぶりでございます。殿下もお元気そうで何よりでございます。」
「アナ、私たちの仲じゃないか。前みたいに気安く話そう。アナと呼べるのは私だけだろう?」
ディオンの意図がさっぱりわからない。彼は何を望んでこの場でこんなことを?
確かにアナと呼ぶのはディオンだけ。愛称はソフィだから。
自分だけ特別な呼び方をしたいからと彼は私をアナと呼び始めた。
あの頃は嬉しかったけど、今は誰からもアナと呼ばれたくもない。
「申し訳ございませんが、殿下とはもう何の関係もございません。殿下も私もお互いに配偶者のいる身。
ケジメは必要かと思われます。」
「私たちはお互いが嫌いになって別れたわけじゃないだろう?」
だから何なの?ディオンとは親戚でも友人でもない。
なぜ夫の前で元婚約者と気安く話をする必要があるのかわからない。
「そういう問題ではございません。……殿下、私の夫を紹介させていただきます。」
隣にいるルキウスをひたすら無視するディオンに腹が立った。
これがあの品行方正で人当たりもよく、人気の高かった王子のする行動だろうか。
「ご挨拶をさせていただくのは初めてかと存じます。ルキウス・マロンと申し……」
「あぁ、侯爵の秘書だった男か。見覚えがある。」
ルキウスの挨拶を最後まで言わせないような無作法なことを。一体なんなの?
「結婚はいつ?」
「三年と少しになります。」
「……子供は?」
「一人おります。もうじき2歳半になります。」
するとディオンが笑った。
「ははっ。なるほど。そういうことか。アナは約束を守ってくれているんだ。」
何を言っているの?約束?…………まさか、私がディオンの子供を産み育てていると勘違いしてる?
「殿下、おっしゃっている意味がよくわかりません。他の方々も殿下とのお話を待っておられますわ。」
「ははっ。そうだね。またゆっくりと話そう。楽しかったよ。」
ディオンが目の前から去っていくのを混乱しながら見送った。
『またゆっくりと話そう』って何?
ルキウスを軽んじるような態度を取ったことも信じられなかった。
人目につかないところでコッソリと過去の関係を匂わせて迫ってくることは考えていた。
だけど、こんな大勢の人の前で私との関係が終わっていない、まるでディオンにとって私がいつまでも特別な存在だと言うような言動を取るとは思ってもみなかった。
周りもディオンの態度を疑問に思っている。
元婚約者とはいえ、今はお互いに違う相手がいる。
住む国も違う、次期女王夫婦と次期侯爵夫婦の二組の夫婦が友人関係になれるはずもない。
ディオンの予想外の言動について行けず、ソフィアナは一日も早くラーガ王国に帰ってほしいと願った。
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