上 下
8 / 20

8.

しおりを挟む
 
 
ルキウスと結婚したソフィアナは、父から『ディオン殿下の名前を口にしてはいけない』と言いつけられていた。

お腹の中の子供がディオンの子供だと口にすると大変なことになるからだ。

お腹の中の子供はルキウスとの子供。それを忘れないように、と。


ソフィアナも、さすがにそれはわかっているので一度も口にしたことはない。心の中で思うだけだった。

侯爵家の使用人は、ソフィアナの記憶のことはピア以外知らない。
侯爵公認で、ルキウスがソフィアナのお世話をしていたことは誰もが知っており、ソフィアナの傷心を慰めたのがルキウスだとわかっているので、お腹の子供もルキウスの子供だとわかっている。

社交界でも、ディオンとの婚約解消から次の結婚が早いことを、『再び婚約して解消されることを恐れたため』と説明しているので、さほど噂にはならなかった。妊娠と入籍のどちらが早いか、とは言われたが。

つまり、ディオンの子供だと思っているのは自分で記憶を改ざんしたソフィアナだけ。

なので、特に問題はなかった。



ソフィアナにはルキウスと親しくなっていた記憶がない。

それに、お腹の子供に夢中で、妊娠中にルキウスとの時間はほとんど取らなかった。

やがて産まれたライリーは、もちろんルキウスの実子。
ルキウスは遠慮することなく可愛がった。
ソフィアナはそれを不思議に思ったが子供が好きなのだろうと深く考えなかった。

そして、ライリーを通してルキウスとソフィアナの接する時間も増える。

ルキウスは、単なる形だけの夫から頼れる兄くらいの関係を築こうと距離を縮めた。
いつしか、ソフィアナが段々とルキウスを見る時間が長くなる。

記憶を改ざんしたまま、ライリーがディオンの子供だと思い込んだままでもいい。
それでも形だけでなく、夫婦になれる可能性があるのではないか。
 
そう思い、ルキウスは徐々にソフィアナとの距離を縮め続けたのだ。


「思い出して、どう?僕と離婚したい?ディオン殿下にまだ未練がある?」


いつの間にか、ルキウスはソフィアナにピッタリと寄り添って手を握っていた。
座った時は少し距離を空けたはずなのに。
そして自分も寄り添うようにルキウスの熱を当たり前のように感じていた。

それを違和感がないと思えるほど、最近の二人の距離は近かったのだ。

もちろん、ルキウスは何があっても逃がさないつもりで隣に座らせたのだが。


「ディオン様に未練はもうないわ。さっき言ったでしょ?あなたが教えてくれたって。
あの人の行為は暴力的だったわ。初めての私にはそれがわからなかった。痛くて辛くてそれが当たり前なのだと思っていたの。だけど、あなたとの行為は違った。優しく包まれて気持ちよくて、愛を感じたわ。
ディオン様はそれがなかった。帰る時なんて、今思えばさっさと逃げようとした感じだったわ。元気で?さよなら?名残惜しさも何もない別れに、私もどこか騙された気がしていたの。それを認めたくなかった。だから妊娠していることに縋った。育てる約束に縋ったのよ。バカよね。」
 

自嘲するように言ったソフィアナを、ルキウスは抱き上げて自分の膝に乗せた。


「ソフィがそれまで殿下に向けていた気持ちが強かった証拠だ。それは悪くない。悪いのは殿下だ。
僕はソフィを愛している。離婚したくないし、できれば形だけの夫婦ではなく本当の夫婦になりたい。」

「ルキウス様………嬉しい。私もあなたを愛しているわ。だから思い出せたの。」


ルキウスに好意を抱き始めたことを自分が認めたことで、深く考えないようにしていたことを逃げてはいけないと思えるようになったのだ。

ルキウスの膝の上で、二人はキスを繰り返した。

そのキスは、ソフィアナのベッドの上で深いものとなり、やがて体も一つに交わった。



翌日からは夫婦の寝室が整えられて、二人は毎晩一緒に眠ることになった。


 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】本当に私と結婚したいの?

横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。 王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。 困ったセシリアは王妃に相談することにした。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」 「……ジャスパー?」 「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」  マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。 「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」  続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。 「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」  

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

処理中です...