自国から去りたかったので、怪しい求婚だけど受けました。

しゃーりん

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 ミスラナ王国の国王に仕える家臣の1人である男は、最近寝不足に陥っていた。今の国王よりも年上である家臣の男……ヤムハは、国王が戴冠をして国王という地位に就いた時から家臣の位に就いていた。

 とても穏やかな人だと思った。前国王から穏やかな性格であると聞かされていたし、王城で見掛けたときは本を読んだりするのが好きな人だった。だが聡明で、人当たりも良くて、臣下達には本当に愛されていた。政略結婚で妃を貰い、子供も居るが、家族という繋がりを大切にしていた。つまりとても良い王だった。

 民からも信頼され、民に愛された国王をしていた。故にヤムハは分からなくなってしまった。何が国王をこうさせてしまったのかが。



「不埒者の分際でダンジョンを攻略しおってェッ!!許さん……何があろうと許さんッ!!」

「陛下っ!彼の者はマッピングも全階層行い、途中で回収した物品も冒険者ギルドで正規の手続きをして売りに出していますっ!咎められることは何一つしておりませんっ!大通りで見掛けている民達も、しっかりとお金を払い、一緒に居る使い魔と仲睦まじく過ごしているとの話ですっ!決して不埒者なんかでは……っ!!」

「うるさい黙れっ!!他の国が寄越した回し者に違いないっ!!其奴を殺せと命令した暗殺者共も見せしめの如く殺されていたっ!!人間を殺すことに躊躇せん奴が善人である筈が無いっ!!」

「……っ!?なん……ですって……?殺せと命令した……?あの昨日の事件はまさか……っ!!」

「もう良い面倒だッ!!死刑に処すッ!!この私を……私の国を愚弄し、剰え『最深未踏』を勝手に攻略したことの罪により死刑だッ!!兵士を集めろッ!!私の国に居る殺戮者を見つけ出して火炙りにしてしまえッ!!」



 ──────あぁ……もうダメだ。私達では止められない……。それに人間を殺すことに躊躇しない者が善人である筈が無い……陛下、その言葉に則るのならば、罪のない者を冤罪で処刑しようとする今の貴方様も……っ。



「何をボサッとしておるかッ!!国王である私が兵を動かせと言っておるのだぞッ!!命令に従わないのならば、貴様等も反逆者として死刑にするぞッ!!あぁっ!?」



「畏まり……ました……っ」



 近くに居た兵士長は苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべながら、頭を下げた。周りに居る家臣達がどうにか宥めようと、国王を説得しようとしているのは分かっている。片膝を付いて頭を垂れる姿勢で居ようと、話し声だけで十分伝わってくる。しかし国王は止まらなかった。

 全く聞く耳持たず。他者の言葉は全て戯れ言。己の言葉こそが真実であり、正義。それを信じて疑わない様子。何時もの理性的な瞳は、まるで躾を受けていない猛獣か野獣のようだ。不敬だとは思いつつも、少し顔を上げて覗いた国王の瞳が変わってしまったことに、兵士長はやるせない気持ちを抱いた。

 命令が降りたら従わなくてはいけない。ましてや国王の言葉である。反故にすれば自身が死刑にされてしまう。今の国王ならやりかねない。現に何の罪も無いだろう冒険者を死刑にしようとしているのだから。

 兵士長には家族がいる。2つ年下の妻と、子供が3人。息子が2人で娘が1人。上の息子は自身のような兵士長になると言って剣の稽古を毎日頑張っている。次男は学者。末の娘はこの前自身のお嫁さんと言ってくれた。愛する家族だ。だからこの場で死ぬわけにはいかない。

 本当に冒険者を死刑にはしない。どうにか理由をつけて牢の中に入ってもらい、国王が乱心しているという説明をして謝罪と共に納得してもらう。もう……自身にできるのはそれしかない。それしかないのだ。



「さっさと行けえぇえええええええええええッ!!!!」



 国王の怒号を浴びながら、血が滴るのではないかという程手を握り締め、その場を後にした。だが兵士長は知らない。このあと、収拾のつかない状況に陥ることを。




















「この国の兵士達だ……」

「隊列を作ってどうしたのかしら……」

「もしかして昨日の惨殺事件の犯人を見つけたんじゃ……」

「それなら良いがこんなおおっぴらに動くのか……?」



「……っ。兵士長……俺達は一体何を……」

「……黙って進め。案ずるな。本当に死刑にするわけじゃないんだ。独断だが、牢に入ってもらって陛下の目につかないところに居てもらう」

「そう……っすか……でも、それでも……正しい事ではない……っすよね」

「……あぁ……ッ」



 国王に声によって冒険者ギルドへ派遣されるは兵士300人。どんな手を使っても逃がさず、必ずや捕らえて死刑にしろと命令され、罪状の記載された証明書まで持たされた。それも国王の直筆のサインが書かれた代物である。つまり、国の長である国王の言葉であるが故に、国の総意となった。

 足音を踏み鳴らし、盾と槍、剣、弓を携え、防具も全て揃えて戦争をしに行くような完全武装態勢を整えていた。それを見れば住人が何らかの反応をするのは明白。つい先日、6人の惨殺事件が起こっており、その犯人逮捕の為に動いていると思っている住人も居るが、彼等とて馬鹿ではない。

 真っ昼間から大通りで隊列を為して進んで行く者達が、誰の目にも止まらず事件を起こした犯人を捕まえられるかと言われれば首を傾げるだろう。つまり、多少の疑念を抱かれている。まさしくその疑念は正解だ。国のために身を捧げた兵士達は、冤罪で人を裁こうとしているのだから。

 兵士達も不安を露わにしている。いや、その他にも住人達のような疑念。冤罪に対する罪悪感。懐疑心。負の感情が胸の内に燻り、意図せずとも表情に出てしまっている。そしてそんな負の感情は動きにも影響を及ぼし、歩みの踏み込みにばらつきを見せた。とても訓練された兵士とは言えない、そんな歩みだった。



「……っ……──────冒険者ギルドに所属しているオリヴィアという者ッ!!居るならば速やかに表へ出ろッ!!これは王命であるッ!!従わない場合は武力行使を以て目的を果たさせてもらうッ!!」



 冒険者ギルドに着いた兵士達の内、その中で一番偉い兵士長が一番前に出てギルドに向けて叫んだ。叫ぶ前に少し躊躇してしまい、額に嫌な汗が伝うが、受けた命令を遂行しなければならない。彼の声が周辺にも響き渡り、中から聞こえてきた冒険者達の騒ぎ声が無くなり静かになった。

 次いで聞こえてくるのは困惑とした声。そうして少しの時間が経ちら2度目の声を上げようとした瞬間、扉が開いて中から純黒のローブを着て使い魔を肩に乗せた者が現れた。オリヴィアだ。そしてそれに続いて細く引き締まった肉体を服の中に持った、風格のある男性が出て来た。ギルドマスターだ。更にはオリヴィアがやる受付を主にやっていた受付嬢も出てくる。

 ギルドマスターは気付いていたのだ。何百という人の気配が大通りを歩いているのを。何事かと思っていれば、まさかのギルド前で止まり、いきなり冒険者の1人を求めるではないか。何だか嫌な予感がするということで、忙しくて滅多に執務室から出て来ないギルドマスターも一緒に出て来たというわけだ。



「……兵士さん方、こんな数を集めて一体何の用ですかな」

「……冒険者オリヴィアがミスラナ王国に対して侮辱したということで侮辱罪に問われている。他にも回し者であり、不正を行って『最深未踏』を許可無く攻略したことの罪。先日の惨殺事件の被害者達である、情報の収集員を殺したという殺人罪。それらによってオリヴィアを王の命により死刑とする」

「…………………は?侮辱……?この国に居る冒険者達の行動は報告書として提出されているが、このオリヴィアが何かをしたという話は無い!それにダンジョン攻略に不正?逆に何をしたら不正になる!それは不正とは言わず己の力による攻略と言うんだ!それに許可無く攻略って……お前さん達はいったい何を言っているんだ……?ダンジョン攻略は許可制なんかじゃねぇぞ!それに殺人罪だ!オリヴィアは宿に帰っていった筈だ!いきなり言いがかりをつけるな!おいオリヴィア、昨日宿に帰ってから1度でも外に出たか?」

「いいや。1度も出ていない。宿に帰った後は部屋に居たし、その事は宿の従業員に聞けば分かる。魔法で真偽を調べられても構わない」

「だとよ!王の命令だか何だか知らねぇが、冒険者は街や国の内部に設置されているだけで住民じゃねぇ!勝手に国が裁ける奴等じゃねぇのは知ってんだろ!裁くのは冒険者協会だ!冒険者協会から判断を下されて国が裁く!これは立派な違反行為だぞ!?」

「王の命令は絶対だッ!!従わない場合は武力行使も厭わず、我々に敵対行動をする者も同じく死刑にして良いとの事だッ!!異を唱えるなッ!!」

「わっけの分からねぇことペラペラとォ……ッ!!」



 ギルドマスターは訳の分からない事を言う兵士長に青筋を浮かべている。あまりに清々しいほどの冤罪だ。侮辱どころか、それらしき言動は一切していない。何かを買うときもしっかりと代金を支払っている。ダンジョン攻略に不正というのも頭が痛くなる話だ。

 入口は一つしかなく、下の階へ行くための正解ルートも一つ。魔法を使って魔物を寄り付かなくさせたりしたとしても、それは術者の実力で会得した魔法だ不正にはならない。そもそも、定められた方法なんて存在しないのに、どうやれば不正となるというのか。

 極め付けは許可無く攻略したということだ。ダンジョン攻略は早い者勝ち。だからダンジョンに命を賭けている探索者達は何泊もして泊まり込みで攻略したりするのだ。目的は違えど、ダンジョン攻略をしたというのは一種のステータスになるからだ。それも攻略したダンジョンが大きければ大きいほど。

 殺人も言いがかりだろう。前の街等に置かれているギルドで喧嘩が起きて四肢欠損ダメージを与えたとはあるが、命までは取っていない。しかも終始冷静であったと聞く。それに宿に帰ったという本人きっての言葉もあるし、真偽を確かめる魔法を使っても良いとさえ行っている以上、宿から出ていないことは確実だろう。

 冒険者は住人ではない。なので国などが独自で裁く事はできない。なので先ずは冒険者協会本部に連絡し、然るべき裁きを受けさせても良いという言葉が下ってから、国が裁くのだ。しかしそれは相当凶悪なことをした者達だけだ。他はギルドマスターの権限によって裁くこともできる。なので、国王の言葉と言えども違反行為なのだ。それを承知で国の内側に設置しても良いと国王や領主が許可を出すのだから。



「……ここだけの話だが、陛下はご乱心気味だ。だから本当に死刑にするわけではない。しかしそれを陛下の目に入れるわけにもいかないから、一先ずは形だけ牢の中に──────」



「──────兵士長。何時までやっている。さっさとその他国の回し者を死刑にせよ。今すぐにッ!!」



「な……んで……陛下が此処に……ッ!?」



 何と、兵士達を左右に避けさせて表れたのは、身の回りを他の兵士に守らせている国王その人だった。突然の登場に兵士長は頭が真っ白になる。本人が居る以上、密かに牢へ入れて説明と謝罪をするわけにはいかない。もう……死刑にするしかなくなる。

 馬車を使って此処まで来た国王がやって来ると、ギルドマスターが顔を顰めた。勝手に裁くことは違反行為になると言っても、一国の主である国王と冒険者ギルドのマスターとでは位が違いすぎる。それに、聡明で心穏やかと聞いていた国王とは思えない、黒いナニカが渦巻く黒い瞳にたじろいでしまう。

 兵士達に囲まれて姿が見えないとはいえ、兵士長の言葉で住民は国王が此処に居るということを知ってしまい、それ程のことを仕出かしたのだと思い始めている。マズい傾向だ。罰するのが当然となっている国王を相手にして、何も言えない。ギルドマスターも、力尽くでは止められない。どう考えても正常な目をしていないからだ。

 そうして国王がヒステリックに叫び、兵士達が頷かざるを得ない状況になり、オリヴィアは連行された。連れて来られたのは大通りの中で一番広い場所。そこに荷車で持ってきた木を上に立てるように設置した土台を置き、オリヴィアに背中を付かせ、鎖で体を縛りあげた。使い魔は鉄の小さな檻の中に入れてオリヴィアの足元に敷かれた藁の上に置いている。



「他国の回し者風情が、王であるこの私を愚弄しおってッ!!貴様のような下賎なゴミクズは燃やして然るべきッ!!疾くと死ねッ!!」



「………………………。」

「ぁ……オリヴィア……その、私は……っ。すまないっ!私は母を救い出さねばならないんだ!だからダンジョン攻略と金に関しては感謝している……だが……私ではあなたを救えない……っ!!すまないっ!!」



 国王が唾を撒き散らせながら怒鳴っているのを横目に、自身をぐるっと囲んで見ている観衆の内、ティハネに目をやった。冒険者ギルドにまで朝早くから来て金だけ取りに来た彼女は、視線を感じていることに肩をビクつかせ、言い訳を述べてから群衆に紛れて奴隷商の居る所へ走っていった。

 まあ別に、ティハネにこの場から助けろと言うつもりは無い。だって役立たずだから。だが、それを抜きにしても金を貰った事には感謝しているからさようならは本気で頭にくる。

 ビキリとフードの中で額に青筋を浮かべながら、大きく深呼吸して気を落ち着かせた。そして正面で距離を取ってこちらを睨み付けている国王に視線を向け、極寒の冷たさを孕んだ瞳で睨み付けた。



「今、間違いであったと反省して額を地に擦り付けながら懺悔するならば、許してやらんこともない。だが言葉を撤回し、私を解放しないならば……相応の結末が齎されると知れ」

「額を地に付けろ……だとォ……っ!!この私に向かって何と浅ましい言葉を吐くのだゴミクズの分際でッ!!もう良いッ!!炎をつけて殺せッ!!死刑執行だッ!!」






「……そうか。……ということで良いのだろう?ならば──────」






 オリヴィアの足元に転がっていた小さな鉄の籠がばきりと破壊され、中から出て来たナニカが彼女を縛っている鎖を擦れ違い様に両断して自由にした。

 空に現れたのは、純黒の色に彩られた龍。噂になっている『殲滅龍』である。翼をはためかせて宙に浮き、オリヴィアの真上を陣取る。黄金の瞳に浮かべるは底知れぬ黒い憤怒の炎。全身から迸らせる莫大な量の純黒なる魔力は、周囲の建物を純黒に侵蝕し始めた。

 怒り心頭となっている『殲滅龍』のリュウデリアが飛んでいることで発生する風で、オリヴィアの被っているフードが外される。見たことも無い美しすぎる美貌と長い純白の髪が広がる。しかしその美貌に浮かべるのは、どこまでも冷たい表情一つであった。

 龍が現れたというのに、その中心に居るオリヴィアに観衆の全ての目線が釘付けとなる。あまりに美しすぎるその姿の一挙手一投足が気になって仕方ない。そして、そんな彼女が右腕を持ち上げ、人差し指を立てて正面に居る国王を指し、声高らかに咆哮した。




「──────皆殺しだッ!!1匹も逃がさず殲滅しろッ!!」




「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「な、何という……龍を従える……者だったというのか……っ!?」



「……もうお終いだな。俺達は」



 国王はオリヴィアの言葉を聞いて、耳を劈く咆哮を上げるリュウデリアに腰を抜かして座り込んで失禁し、ギルドマスターは静かに終わりを迎えることを察して呆然と上を見ているだけだった。





 国を護ろうというのならば武器を取れ。折れぬ意志を持つならば吼えよ。護る存在が居るならば目を逸らすな。これは、お前達が選んだ選択である。





 ──────────────────


 オリヴィア

 リュウデリアに命令を下せる存在。全員で頭を地に擦り付けて懺悔をするならば、それ相応の罰を与えて終わりにしてやったが、聞かなかったので皆殺しにすることにした。例外はない。

 可哀想だからとか、そんな理由で赤ん坊を助けてあげたりは絶対しない。読んで字の如く、皆を殺すように命じた。




 リュウデリア

 予想通りになると思っていたので、鉄籠の中でスタンバってた。

 皆殺しというオーダーが入ったので、これから人間を料理してハンバーグにするとこ。皆殺しとのことなので絶対に逃がさない。というより逃げられるならば是非とも逃げてみて欲しい。




 ティハネ

 朝早くから冒険者ギルドに来て金を受け取りに来たマジで卑しい奴。冤罪だって分かっているのに反論は一切せず、ギルドの中に居た。いざオリヴィアが処刑されそうになったら、母親の方が大事だからと言って奴隷商の元まで走っていった。




 ギルドマスター

 毎日が多忙なので滅多に顔を出さないが、兵士達の数多くの気配で何事かと出て来た。そしたらオリヴィアに冤罪がふっかけられたので普通に違うだろと反論したが、国王にまでは意見できない。

 リュウデリアを見て、一発で『殲滅龍』と気が付いて早々に諦めた。どう考えても勝てる相手ではないと察したから。




 国王

 オリヴィアを死刑にして高笑いする予定だったが、見事滅殺一直線のレールの上に自分から乗りに行った。素晴らしい手筈だ。加えて現場まで来るという徹底ぶり。

 龍の気配に当てられて腰を抜かし、しっかりと漏らした。お前が逃げられる道なんて無いことを、読者は皆知っている。



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