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33.
しおりを挟む王城に行っていた父が帰ってきた。
「陛下の話は、隣国の一部の貴族にうちの領地を手に入れたいという動きがあるとのことだった。
もちろん、国同士で戦争を起こす気は全くない。
ただ密告があったことから、念のために備えてもらいたいという話だった。」
「やはり、鉱山が目当てなのでしょうか?」
「ああ。そう思い、ライガー殿から聞いた話を陛下にもお伝えした。盗掘の件も上げていたしね。
すると陛下が案を出してくれたよ。
あちら側の歴史専門家とトーマス・アンガスを支持している有力貴族を数人こちらに招く。
そして、ライガー殿が提案してくれた別の案を主張しようと思う。」
陛下の介入が必要になるほどの事態になるとは思わなかった。
だけど、他国の領地を占領しようとする動きは冗談では済まされないことになる。
たかが歴史小説がとんでもない争いを起こそうとしていたのだと思った。
10日後に王城で隣国の者たちと会うことに決まった。
こちらからは、父とライガーと歴史専門家が。
向こうからは、歴史専門家と公爵と侯爵と伯爵が一人ずつ来るという。
支持する会の中でも熱狂的な人たちで、ナリアを送り込んだのもその人たちだろう。
彼らは監視付きで訪れることになるという。相応しい言動の境界を越えれば騒動を起こした責任が一層重くなることも理解しているらしい。それでも歴史的な財宝の在り処を探し求めたいのだ。
そして、結論から言うと、ライガーの主張した別の案の方が可能性が高いということになった。
ついでに、帰りにダイヤモンド鉱山に寄り、鉱山の中に財宝を隠して封じた形跡などどこにもないことを見てもらうことになったという。
しかし、長い年月、どの時代にも採掘されたことのない鉱山だ。
見る方もどこをどう見たらいいかわからず途方に暮れることだろう。
むしろ、怪しいところがあればとっくに見つかっていてのおかしくないということに気づかないのか。
侯爵家の過去に、そういったお宝が発見された記録はもちろんない。
隣国の者たちは、一応納得して帰って行ったということだった。
隣国の国王に怒られようが、どういう罰が下ろうが、我が国にはもう関係なかった。
ちなみに、ライガーが主張した別の案とは中心をずらすことだった。
大陸の中心、ど真ん中。それを根拠にシーレント侯爵領にある鉱山は目をつけられた。
それを隣国内が中心になるようにずらすのだ。
しかも、これはずらすための嘘ではない。
トーマス・アンガスの歴史小説には出てこなかったが、かつてはもう少し大きな大陸だったのだ。
だがある時、東の一部の大陸が地割れした。
そこは年月と共に徐々にこの大陸から離れて沈み始め、今では海の中だ。
始まりの国に含まれていた、その大陸部分を合わせる必要があるのではないか。
そうすると、中心は東にずれる。
となると、我が国ではなく国境を越えた向こうの国。しかも、そこには大きな湖がある。
その湖こそ、財宝を隠すのに相応しいかもしれない。
あるいは、当初は湖ではなかった可能性もあるのではないか。
そんな案を出すと、彼らは一気にその案に傾いた。
両国の歴史専門家も、中心というならばそれが妥当であると判断したのだ。
『トーマス・アンガスは、正統な証と莫大な財宝のありかを小説内で記すことはないのではないか』
ライガーはそう思っているらしい。あれはあくまでも作り話だ。
トーマスにも自分の推察自体はあるだろう。だが、それが本当に正しいかどうかはわからない。
正しくなくとも、彼は読者が歴史を楽しんでくれればよかったのだ。
それがまだ作品は終わりを迎えていないのに、とんでもない騒動になってしまった。
『どこにある?』
と聞かれても、彼が知っているはずはない。
だから、何も言わない。言えないのだ。
こうして歴史小説に振り回された騒動は終わった。
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