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しおりを挟む暗くなる少し前にようやくトレッドは帰宅した。
両想いとなったナリアとの楽しい時間を思い出しながら幸せな気持ちで家に入ったトレッドを待っていたのは父親からの平手打ちと罵声だった。
「この愚か者がっ!勝手に婚約破棄をするなどお前はこの伯爵家を潰す気かっ!」
「どうしてそのことを……潰すだなんてそんな。」
「侯爵からの手紙は何時間も前に届いた。
そしてその後にはお前の街での行動が筒抜けだったぞ。
ちゃんとした手続きを終えたわけでもないのに、街中で告白なんぞ何を考えておる!」
「セラヴィよりも好きな女性ができてしまったのです。
彼女と付き合う前にちゃんとセラヴィには婚約解消すると伝えたのです。
順序的にはそれほど非難されることではないと思いますが。」
「お前は、婚約を何だと思っているんだ!
その女がどこの誰だかは知らんが、侯爵家よりも上の貴族か?
侯爵家と縁を切ってでも有利になる家柄なのか?」
「……いえ、隣国の子爵令嬢です。」
「隣国の子爵令嬢?子爵家なのか?何か、こう有名な特産物や大きな商会を持っているとか。」
「さあ?」
「つまり、お前はその特に利のあるとも思えない令嬢を選んでどうするんだ?」
「どうするって、婚約して結婚できたらいいと思っています。」
トレッドの、先を何も考えていない発言に伯爵は眩暈がした。
どうして今までこの息子がこんな愚か者だと気づかなかったのか。
そう言えば、侯爵はもっと厳しく教育しろと言っていたが考えが甘いことを見抜いていたのか。
伯爵は息子に説明した。
侯爵家との繋がりがあるということは、信用が大きいということ。
その侯爵家を裏切った我が伯爵家は、他の貴族家からの信用も失うということだ。
いつ裏切られるかわからない相手と手を組もうとは誰も思わない。
領地でもそうだ。
本来は迂回すべき道を通らせて貰ったり、格安で融通してもらったりしている物もある。
恩恵を受けているのは伯爵家で、縁が切れて侯爵家に困ることは何もない。
すると息子は呆れたことを言う。
「父上は侯爵様と友人なんだから、怒りが治まったら大丈夫ですよ。
それに、セラヴィに言えばそんな嫌がらせのようなことはやめてもらえますよ。」
「娘の婚約を一方的に破棄された父親が、友人付き合いを続けるはずがないだろう。
それと、嫌がらせではない。
厚意で優遇してくれていたのを適正値に戻すのだ。文句を言えることではない。」
「えぇ?そうなのですか?
そう言えば、僕ももう話しかけないでほしいってセラヴィに言われたけど。
ひょっとしてあれって今後ずっとってこと?そんなはずはないか。
婚約者でなくなっても幼馴染ということに変わりはないしね。
セラヴィは優しいから、長期休暇が終わった学園後期には友人になれているよね。」
どうしてこの息子には危機感がないのか。
だからこそ、10年も婚約していた相手を切り捨てることができるのか。
まさか本当に、婚約者ではなくなっただけで昔馴染みの付き合いがこれからもできると思っているのだろうか。
息子の知らなかった一面を知り、呆れと共に恐れと希望も感じた。
セラヴィ嬢次第でそんなに悪いことにはならないかもしれない、と。
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