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しおりを挟む前聖女ラナ様の国葬の前日、アイビーは王太子殿下から放課後、王城へと向かうように言われた。
要件を告げて去っていくサニード王太子殿下の後ろ姿を見ながら、アイビーは悩んだ。
「どうやって行けと言うの?司教様に馬車を貸してもらう?それとも辻馬車?今、手持ちのお金がほとんどないのだけど?来いと言うのであれば馬車を回してくれる気遣いくらい必要じゃない?」
王太子殿下にそう言ってしまえば一緒の馬車に乗ればいいと言われそうで言わなかった。なので『王太子殿下と一緒の馬車に乗るのもごめんだけど』と辛うじて口から出すことは塞げた。
プッと吹き出すような笑い声が聞こえた方を見ると、コルト様が珍しく笑っていた。
「失礼しました。私の馬に相乗りして王城へと参りますか?」
「それは……私、馬に乗ったことがないから無理です。」
相乗りって……確かにコルト様は護衛だけど、ようやく側にいることに慣れたばかりで密着は勘弁してほしい。緊急事態でもないのだから。
恥ずかしさで気絶するよ?
「冗談ですよ。馬車の手配をしておきます。ご安心ください。タダですので。」
笑顔だけでも驚いたのに、冗談まで言ったコルト様に更に驚いた。
そう言ってしまうと二度と気安い姿を見せてくれなくなりそうなので言わなかったけど。
ひょっとすると、元々はそんな感じの人なのかな?
一緒にいることに慣れてきて、自然な態度で接してくれているのなら嬉しいな。
「助かります。ひょっとして王族は私が学園寮で暮らしていると知らないのでしょうかね?」
王族が普段接するのは、高位貴族が多い。彼らは王都に屋敷があるので当然馬車もある。複数台は。
仕事の関係で王都に住んでいる下位貴族もいるが、裕福でない限り、彼らは一家で馬車一台あるかないか。あるいは借りるか。
学園寮で暮らしているアイビーが使用できる馬車などあるわけがないのに。
知らないのか、忘れているのか、思いつきもしないのか。
王族は移動する時に先回りして馬車の準備をしてくれている使用人が誰にでもいると思ってそうだなぁ。
「教会にも今日は治癒に行けないことを伝えておきます。……それも気づかないでしょうから。」
「ありがとうございます。その通りだと思います。」
アイビーが行けないことを伝えていなければ、中級治癒を望んで夕方に来る患者の治療ができなくなる。
その患者たちは王都にある別の教会で治癒を受けてもらうことになるのだ。
早めにわかっている方が患者も痛い思いを長引かせずに済む。
コルト様は意外と気が回るということも新たな発見である。
騎士だから、中級治癒者が不在で教会を回った経験があるのかもしれないと思った。
アイビーが授業を受けている間に、コルト様が動いてくれて馬車に乗れたが……この馬車はひょっとしてパキラス公爵家のお忍び用の馬車ではないだろうか。公爵家の紋章はない。だけど、内装や座り心地が明らかに良いものだった。
王宮には前聖女様が使用していた馬車があるかもしれない。
だが、新聖女であるアイビーの対応にグダグダな今、明日の公表前に馬車を使用することもいいことなのかと右往左往していそうな王城の担当者が目に浮かぶようだった。
おそらくコルト様もそれを見越して実家の馬車を手配してくれたのかもしれない。
馬車の中で一人、そんなことを考えていたらふと思った。
明日、私は何を着るの?
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