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執務室に呼び出されたリリィは、いきなり頭を下げるエイダン様に困惑した。


「リリィ、申し訳ない。俺のミスだ。」

「エイダン様、頭をあげてください。ミスとは何のことでしょうか。」

「リリィがリアンヌだということを、おそらくロベリー公爵に知られてしまったと思う。」
 

少し前から辺境に来ていたジョーダンが遣わせたであろう追っ手に見つかったということだろうか。

エイダン様がそう思い至った経緯を話してくれた。

辺境の騎士がリリィの名を出してしまったこと。
捜索していた男たちが街の女性を使って情報を仕入れたこと。
リリィを連れてきたのがエイダンで、足を骨折していたこと。
リリィがエイダンとどこから一緒だったか王都に戻る途中の宿で聞き込みしていること。
リリィの骨折を治療した医療院に辿り着いたこと。
馬車を調達してきてリリィを乗せたこと。


「あの医療院の医師は、怪我をして運び込まれた女性の治療をしただけだと証言してくれたようだが、カルテの日付までは変えていない。
リリィを医療院に運び込んだのはリアンヌ夫人が誘拐された次の日。遺体が見つかった日だ。
捜索していた彼らはロベリー公爵からリアンヌ夫人を探すように言われているのだから遺体が別人だということを知っている。
若い女性であることや髪色や目の色まで確認したようだから、彼らは骨折したリリィがリアンヌ夫人である可能性が高いということをロベリー公爵に報告したはずだ。本当にすまない。」

「いえ、エイダン様のせいではありません。」

「今後、どういう方法でリリィに接触しようとするかわからない。だがここは危険だ。しばらく友人の領地で匿ってもらえるように頼んでみるつもりだ。」

「いえ、もう逃げません。リアンヌは死んだのです。私はリリィだから。」

「だが…………」

「ここに居ればご迷惑をおかけすることはわかっていますが、逃げ続けるにも限界があります。外に出ない暮らしもさすがにもう終わりにしたいですし。」 


ロベリー公爵がどういうつもりで探し続けているのか、聞く必要がある。
公にリアンヌは死んだことになっているのだ。連れ戻し、生きていたと言ったところで傷物である。
社交界に姿を見せることなどできやしない。
それに、再び婚約者となったロレッタ嬢との結婚ももうすぐなのだから。 


「ロベリー公爵は、オードリック辺境伯様かエイダン様宛に手紙を送るでしょう。
リリィという平民が、死んだと思っていた自分の妻なので迎えをやるとか書いてくるでしょう。
私がどこにいるかがわからないので、手紙で辺境伯の屋敷に呼び戻させると思います。」

「だろうな。リリィの姿を確認したら、見張りが王都まで攫って行くかもしれないぞ?」 

「それはあまり現実的ではありません。私が急にいなくなれば辺境の騎士が捜索するかもしれないとロベリー公爵もわかっているはずですので。」


王都までは何日もかかる。騎馬だと馬車に追いつくのでリリィはやがて保護されることになる。
平民ひとりのためにそこまでするか?と普通なら思うが、この1年、辺境で過ごしてきてエイダン様なら嫌々連れ戻されるリリィを見過ごすようなことはしない。そんな人だとわかっている。 

自らの意思で逃げれば、辺境伯様やエイダン様に迷惑がかからないとわかっているけれど、彼らに頼らなければリリィだけではジョーダンの執着から逃れられないだろう。
なので、迷惑を承知の上でリリィは力を借りようと思っていた。 


「ということは、リリィを王都に呼び寄せるか、公爵が辺境に来るか、だな。」

「私が自ら王都に向かうと思ってはいないでしょう。彼が来るでしょうね。ご迷惑をおかけします。」
 

そう。近いうちにジョーダン本人が来るだろう。


 
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