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しおりを挟む執務室を出て、エイダン様と一緒に食堂に向かうとメイジーが言った。
「執務室デート、終わった?」
「ええ。待たせてごめんね。夕食を食べましょう。」
メイジーは自分が一緒に入ることができない執務室でエイダン様とリリィが2人で話をすることを『執務室デート』と呼び始めた。どうやら祖母であるランさんが初めに言った言葉らしい。
デートだなんて、と思い否定しようとしたけれど、最初にエイダン様が『デートの邪魔はするなよ?』と受け入れてしまったため、そのままになっている。
確かに2人きりで話しているけれど、リリィは平民で使用人。
それに、話の内容は全く色っぽくもない。
何なら、メイジーのこともよく話にあがるのだから。
リリィはエイダン様のことをほとんど何も知らないな、と思った。
結婚していてもおかしくはない歳のはずなのに、婚約者がいるようには思えない。
一緒に暮らし始めてから、丸一日仕事を休んだ日はなかった。仕事が趣味みたいな人。
リリィを助けてくれて医療院に運んだ後はそのまま立ち去ってもよかっただろうに、事件にならないように計らってくれたお陰でただの怪我人としてあそこから去ることができた。
そして辺境に連れて来てくれて、怪我が治るまで面倒を見てくれて、仕事まで与えてくれた。
頼ってくれていい、甘えてくれていいと言ってくれた。
……何も知らないわけではなかった。エイダン様は正義感が強くて、とても優しい人。
それだけ知っていれば十分かもしれない。
「メイジー、明日から屋敷内で過ごしてくれるか?ちょっと人相の悪い男たちが街に来るという情報が入ったんだ。目的が何か、いつ去るかはまだわからないが、悪い人じゃないとわかるまで頼む。」
「はい。わかりました。」
エイダン様に対し、メイジーはちゃんとした言葉遣いをするようになってきていた。
ここに住む誰よりも歳が近いリリィの影響を受けていろいろと見習っているらしい。
メイジーは最近、街にある平民の学び舎に通い始めた。
行きたい時に行けばいいので、毎日行っているわけではない。
リリィが文字や計算はある程度教えたため、主に新しく出来た友人に会いに行っている。
今までも何度かエイダン様の指示で屋敷から出ないことがあったので、今回も疑問には思われない。
11歳になったメイジーは可愛いため、よそ者を警戒するように言っているのだ。
この屋敷で暮らしているためにメイジーはいつも身綺麗であるため、目がつけられやすい。
「リリィお姉ちゃんと刺繍がしたいな。」
「そうね。ちょっと難しい図柄を頑張ってみる?」
「やった!」
メイジーも手先が器用なので上達が早い。
マイクさんもランさんも、孫のメイジーの成長を毎日嬉しそうに見守っている。
料理人のエリックさんも、ご機嫌を取るようにお菓子を作ったりして娘のように可愛がっている。
こんな風に子供の成長を夫や両親、身近な使用人たちと見守れる結婚をするものだと思っていた。
それがジョーダンに嫁ぐことになり、結婚生活全てが思い描いていたものとは違った。
彼を好きになろうと努力した。だけど心が彼を拒否していた。
美形で家柄も文句のつけようがない男のどこが不満なのか。不釣り合いだと責めるくせにそう言われた。
……ダメだ。過去の記憶は辺境に着くまでに忘れるつもりだったのに、こうしてまだ思い出してしまう。
さっき、エイダン様から捜索されていると聞いたからかもしれない。
いつになればジョーダンの執着から逃れられるのか。こうして隠れていることが本当に正しいのか。
わからなくなってきた。
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