上 下
21 / 32

21.

しおりを挟む
 
 
執務室を出て、エイダン様と一緒に食堂に向かうとメイジーが言った。


「執務室デート、終わった?」

「ええ。待たせてごめんね。夕食を食べましょう。」


メイジーは自分が一緒に入ることができない執務室でエイダン様とリリィが2人で話をすることを『執務室デート』と呼び始めた。どうやら祖母であるランさんが初めに言った言葉らしい。

デートだなんて、と思い否定しようとしたけれど、最初にエイダン様が『デートの邪魔はするなよ?』と受け入れてしまったため、そのままになっている。

確かに2人きりで話しているけれど、リリィは平民で使用人。
それに、話の内容は全く色っぽくもない。
何なら、メイジーのこともよく話にあがるのだから。 

リリィはエイダン様のことをほとんど何も知らないな、と思った。
結婚していてもおかしくはない歳のはずなのに、婚約者がいるようには思えない。 
一緒に暮らし始めてから、丸一日仕事を休んだ日はなかった。仕事が趣味みたいな人。

リリィを助けてくれて医療院に運んだ後はそのまま立ち去ってもよかっただろうに、事件にならないように計らってくれたお陰でただの怪我人としてあそこから去ることができた。
そして辺境に連れて来てくれて、怪我が治るまで面倒を見てくれて、仕事まで与えてくれた。
頼ってくれていい、甘えてくれていいと言ってくれた。

……何も知らないわけではなかった。エイダン様は正義感が強くて、とても優しい人。

それだけ知っていれば十分かもしれない。


「メイジー、明日から屋敷内で過ごしてくれるか?ちょっと人相の悪い男たちが街に来るという情報が入ったんだ。目的が何か、いつ去るかはまだわからないが、悪い人じゃないとわかるまで頼む。」

「はい。わかりました。」


エイダン様に対し、メイジーはちゃんとした言葉遣いをするようになってきていた。
ここに住む誰よりも歳が近いリリィの影響を受けていろいろと見習っているらしい。

メイジーは最近、街にある平民の学び舎に通い始めた。
行きたい時に行けばいいので、毎日行っているわけではない。
リリィが文字や計算はある程度教えたため、主に新しく出来た友人に会いに行っている。

今までも何度かエイダン様の指示で屋敷から出ないことがあったので、今回も疑問には思われない。
11歳になったメイジーは可愛いため、よそ者を警戒するように言っているのだ。
この屋敷で暮らしているためにメイジーはいつも身綺麗であるため、目がつけられやすい。

 
「リリィお姉ちゃんと刺繍がしたいな。」

「そうね。ちょっと難しい図柄を頑張ってみる?」

「やった!」


メイジーも手先が器用なので上達が早い。
マイクさんもランさんも、孫のメイジーの成長を毎日嬉しそうに見守っている。
料理人のエリックさんも、ご機嫌を取るようにお菓子を作ったりして娘のように可愛がっている。


こんな風に子供の成長を夫や両親、身近な使用人たちと見守れる結婚をするものだと思っていた。

それがジョーダンに嫁ぐことになり、結婚生活全てが思い描いていたものとは違った。
彼を好きになろうと努力した。だけど心が彼を拒否していた。
美形で家柄も文句のつけようがない男のどこが不満なのか。不釣り合いだと責めるくせにそう言われた。
 
……ダメだ。過去の記憶は辺境に着くまでに忘れるつもりだったのに、こうしてまだ思い出してしまう。

さっき、エイダン様から捜索されていると聞いたからかもしれない。 

いつになればジョーダンの執着から逃れられるのか。こうして隠れていることが本当に正しいのか。

わからなくなってきた。
 
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

国王陛下が愛妾が欲しいとおほざき遊ばすので

豆狸
恋愛
よろしい、離縁です! なろう様でも公開中です。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

婚約破棄された公爵令嬢は、飼い犬が可愛過ぎて生きるのが辛い。

豆狸
恋愛
「コリンナ。罪深き君との婚約は破棄させてもらう」 皇太子クラウス殿下に婚約を破棄されたわたし、アンスル公爵家令嬢コリンナ。 浮気な殿下にこれまでも泣かされてばかりだったのに、どうして涙は枯れないのでしょうか。 殿下の母君のカタリーナ妃殿下に仔犬をいただきましたが、わたしの心は── ななな、なんですか、これは! 可愛い、可愛いですよ? フワフワめ! この白いフワフワちゃんめ! 白くて可愛いフワフワちゃんめー! 辛い! 愛犬が可愛過ぎて生きるのが辛いですわーっ! なろう様でも公開しています。 アルファポリス様となろう様では最終話の内容が違います。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

処理中です...