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しおりを挟む辺境伯の屋敷ではなく、街で仕事を探すのでもなく、エイダンの屋敷の使用人になることを提案されたリリィは驚いた。
「そこまでしていただかなくても、ここで裏方のメイドとして表に出なければいいのではないですか?」
侍女と違って、平民がほとんどのメイドはあまり人前に姿を見せることはない。
特に、炊事場や洗濯の担当になると裏にいるばかりだから。
「ここに残れば、分家連中の親までもがリリィに会ってみたいと呼び出すはずだ。
辺境に嫁いでくれる貴族の女性は少ない。リリィは元貴族というだけで、普通の平民よりも価値があると思われるんだ。所作や作法を教える必要がなくなるだろう?」
確かにそうだけど、リュード様みたいな次男が平民と結婚したら貴族の作法も必要ないのでは……
全くの平民と貴族の血を引く平民とでは、子供ができた時に血筋によって扱いが変わるのかな。
「リリィは、どこの貴族だったか答えられないから問い詰められると困るだろう?」
「確かに、そうですね。詮索されるのも困ります。」
死んだはずのロベリー公爵夫人が本当は生きていただなんて知られると、困るのは自分だけでなく夫だったジョーダンや前公爵夫人の義母もだろう。
攫われたことは公表されているのだから、何事もなかったかのように公爵夫人に戻れるわけがない。
リアンヌの名を騙ったそっくりの別人として非難されたり、あるいは密かに処分されることも考えられるのだから。
つまり、分家の貴族が多く出入りする辺境伯の屋敷にこのままいることは、身元がバレる可能性が高いのだとエイダン様は言っているのだ。
エイダン様個人の屋敷であれば、出入りする者は限られているということ。
「わかりました。エイダン様のお屋敷で働かせてください。」
リリィがそう言うと、エイダン様と何故かカーラさんまでホッとした顔を見せた。
「俺の屋敷には、住み込みで50代夫婦とその孫である10歳の少女、料理人と護衛がいる。あと通いのメイドもいる。リリィが家事全般を学ぶことにも問題ない。」
「10歳の女の子、ですか。」
「ああ。両親を亡くしてな、孫を引き取るというから1年前から一緒に住まわせてる。良ければいろいろ教えてやってくれ。歳が一番近いだろうから。」
リアンヌは16歳で結婚、17歳で出産、18歳になったばかりで死んだことになった。
あれから半年近くが経ち、リリィとなった今でもまだ18歳である。
リリィを辺境伯の屋敷で働かせない理由はもう一つあった。
ロベリー公爵が東に向けて人を捜索しているようだと王都から連絡があったのだ。
リアンヌの実家、ポマド子爵家にはずっと見張りがついている。
リリィの元夫、ジョーダンはリアンヌが死んだと認めていないということだ。
つまりは、あの葬儀が偽装であったと初めから知っていた。
遺体がリアンヌではなかったのだから、彼女の生死は定かではないと密かに探し続けている。
リアンヌの死を自分の目で確かめるまで捜索し続けるかもしれない。
あるいは、生きていると知れば連れ戻して監禁するかもしれない。
あの男の興味がリアンヌ以外に向かない限り、捜索の手がこの辺境にまで及ぶことはそう遠くはないだろう。
だから、人ひとり連れ去られても気づかれにくい辺境伯の屋敷より、手狭なエイダンの屋敷で囲うことを選んだ。
このことは、まだリリィには言えない。
少なくとも、捜索の手の気配を感じるまでは。
エイダンはリリィを怯えさせたくなかった。
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