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しおりを挟むリリィとしての新しい人生は、一先ず辺境伯様の屋敷で暮らすことから始まった。
使用人棟があると聞いたので、そちらの部屋でもいいと言ったのだけれど、1階には部屋がなく、階段も幅が広くないし女性が車いすごと持ち上げることも片足で上るリリィを介助することも危険だと言われ、客室でお世話になることになった。
エイダン様の客扱いのまま、である。
中には、エイダンがリリィを怪我させたから面倒見ているのか?という噂まであると聞いた。
否定しようとしたが、理由があった方が周りも納得するとのことで否定しなくてもいいと言われた。
「リリィさんは手先が器用ですね。」
縫い物や刺繍など、一通りの腕前を見せると、カーラさんがそう言った。
実家の母親が得意だったので、よく一緒にしていたのだ。
「ちゃんとお給金も出ますからね。」
「え?でも、お世話になっているのに貰えません。」
「それとこれとは別ですよ。エイダン様のお客様として衣食住のお世話は当然のことです。
ですが、時間のある時に仕事をしてはいけないことはありません。それに、怪我が治れば家事も一通り覚える必要があります。働かなければ給金は貰えませんし、お金が無ければ食べることもできないし住む場所も借りられません。働きに見合った報酬を受け取ることは仕事に張り合いをもたせてくれますしね。」
「そう……なのですが。」
本当にいいのかという疑問が顔に出ていたのか、カーラさんはバシっと言った。
「リリィさん、貪欲になってください。貰えるものは貰う。お金でも食べ物でも。
あなたは裕福な貴族でも裕福な平民でもないのですよ。路頭に迷うような暮らしをしたいですか?」
「い、いえ。とんでもないです。お金に貪欲な平民になります。」
リリィは慌ててそう答えた。
労働には対価として給金や食事が与えられることはわかっている。
今まで与える側だったことで、与えられることに違和感があるのだ。
そう言えば、結婚する前にリリィの世話をしていた侍女たちは何でも『ありがとうございます』と喜んで受け取ってくれていた。
そう言ってもらえると自分も嬉しかったことを思い出した。
好意や報酬は有難く受け取った方が主従関係は上手くいくということだ。
遠慮してもお腹は膨れない。貪欲になれとはそういうこと。
何も持っていない平民のリリィは遠慮することを忘れる必要がある。
それは簡単なことのようで、リリィの性格上は難しいことでもあったが、その都度カーラさんが指摘してくれるので貪欲というより、甘えるということを覚えていった。
そうして半月ほど過ごしていたが、客人扱いとして毎食部屋で一人で食事をしているのが寂しくなった。
「使用人たちと昼食を?」
「はい。カーラさんは使用人棟で食べているのですよね?そこに連れて行ってもらえませんか?」
「リリィさんはエイダン様のお客様としてこのお屋敷の料理人の食事が出されています。
使用人棟の食事は、向こうの料理人が作っていてこちらほど豪華ではありませんよ?美味しいですが。」
「一人での食事が寂しくて……」
リリィは自分が移動すると、階段の上り下りで車いすごと運んでもらう必要があるため、食事も手仕事も部屋で済ませており、ほとんど移動したことはなかった。
だが、部屋から出てはいけないわけではない。
だんだんと違う空気が吸いたくなったというか、外に出てみたいと思い始めたというか。
足が治れば出られるのはわかっているが、エイダン様からしばらくは辺境での生活に慣れるために屋敷で家事全般を学ぶように言われたこともあり、見てみたくなったのだ。一人の食事が寂しいというのも本当だけど。
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