上 下
3 / 32

3.

しおりを挟む
 
 
その日の夜、明日の着替えとして服や下着などが届けられた。

手持ちが何もないリアンヌは有難く受け取り、少しワクワクするような気持ちで眠りについた。


翌朝、騎士の男が迎えに来てくれて『行くぞ』とリアンヌを抱き上げた。

リアンヌは骨折している上に靴もない。つまり、移動は運ばれるしかなかった。
夫以外の男性との近い距離に驚いたが、荷物扱いに近いものを感じおとなしく運ばれることにした。

治療費も男が払い済であるらしく、医師にお礼を告げて医療院を去った。


馬車の中はリアンヌだけだった。

騎士二人は御者台に乗っている。
おそらく騎馬で移動をしていたがリアンヌのためだけに馬車を借りてくれたようだった。

男は支払いの金のことは何も言わない。
服も治療費も馬車も、全部払ってくれている。辺境までの宿もそうだろう。
遠慮したところで金もなく動けもしないリアンヌにはどうしようもない。

働いて、少しずつ返済していこう。受け取ってくれる気はしないけど、それを働く目標の一つに挙げた。

そして馬車の中で一人で過ごす長い長い時間、リアンヌはこれまでの記憶を捨てるつもりで最後に思い返していた。




リアンヌはポマド子爵家の一人娘。
同じく子爵家のオノンドと婚約していた。

リアンヌとオノンドは15歳で学園に入学した。二人とも寮に入った。

楽しみにしていた学園生活を不穏なものに変えたのが2歳上のジョーダン・ロベリー公爵令息だった。
彼は一目惚れをしたとリアンヌに付きまとうようになったのだ。

婚約者がいると言っても、気にしないと言う。
ジョーダンの婚約者に申し訳ないからと言っても、婚約は解消すると言う。

単なる子爵令嬢が公爵令息を誑かしたと学園では大騒ぎになっていた。

ジョーダンは自身の婚約を一方的に解消した。
婚約者の令嬢ロレッタは嫌がったが、ロレッタの父は多額の慰謝料と引き換えに受け入れた。


「リアンヌ、僕は婚約を解消したよ?」


その言葉を受け入れたのはリアンヌではなくオノンドの方だった。
オノンドはジョーダンに潰される前に身を引いたのだ。

婚約者のいなくなったリアンヌには、ジョーダンの求婚を断ることができなくなった。
 
 
子爵令嬢をロベリー公爵夫妻が受け入れるはずはない。
しかし、ジョーダンがどういう説得をしたのか、結婚は認められた。

そしてリアンヌはわずか1年で学園を卒業し、ジョーダンと結婚することになった。16歳だった。

本当の地獄は結婚後だった。

次期公爵夫人としての教育、高位貴族夫人としての振る舞いをジョーダンの母である公爵夫人や教育係から受けることになったのだが、貶されて笑われて否定されるばかりの教育。

使用人である侍女からの嘲笑と嫌がらせ。

ジョーダンが不在時の食事の質の悪さ。

そしてジョーダンとの閨事。

どれを取っても最悪のことばかり。
 
 
しかし、リアンヌの妊娠が発覚し、それらは一時おさまった。

代わりに、ジョーダンの遊び相手の女性たちからの嫌がらせの手紙が増した。

ジョーダンは愛する女性がいても、性欲を発散する女性は別だという男だった。
愛人ではない。単なる遊びなのだそうだ。
だけど、女性側からすれば妻、もしくは愛人になることを望んでいる。

リアンヌが妊娠してからは、遊び相手の女性を抱いてばかりいるので、自分の方が愛されているのだと主張してくるのだ。

そんな生活にリアンヌはウンザリしていた。

自分が望んだ結婚でもない。つり合わない爵位による結婚を非難する者は未だ多い。

リアンヌの何にジョーダンは惹かれたのか。それはジョーダンにしかわからない。

しかし、リアンヌに成り替わろうとジョーダンを狙う令嬢は結婚後も変わらないのだ。
 


 





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

私のウィル

豆狸
恋愛
王都の侯爵邸へ戻ったらお父様に婚約解消をお願いしましょう、そう思いながら婚約指輪を外して、私は心の中で呟きました。 ──さようなら、私のウィル。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

処理中です...