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婚約解消届にサインを渋るルースは汗ぐっしょりで異臭を放っていた。

ファーブス侯爵は不快に思い、さっさとサインをするように促し、慰謝料を払いたくないコリタック侯爵が強引にサインをさせて受け取った。

これでもう用はないと帰ろうとした時、応接室の扉が開いて一人の令嬢が入ってきた。

……手に刃物を持って。


「許さない、許さない、許さないっ!」


激しい怒りをにじませる令嬢は、例の子爵令嬢エマではないだろうか。
ファーブス侯爵はそう思いながらも自分と医師の安全を確保した。

刃先は夫人か、ルースか。

そう言えば、先ほど夫人は『子爵令嬢は流産した』と言った。
その情報はまだ聞いていなかったので昨日、今日の話なのではないかと思った。

 
「君、何が許せないんだ?」


この中で一番冷静なのは自分だろう、とファーブス侯爵は声をかけた。

すると令嬢は視線と刃先は動かさないまま話し始めた。


ルースと体の関係を持ち、妊娠がわかったのが5日前。
同じく侍女であった男爵令嬢ケリーも妊娠がわかった。

コリタック侯爵夫妻は、庶子にはなるがルースの子として認知すると言って、侍女の仕事をやめて客室で過ごすようにと言った。母親である私たちの待遇も悪いことにはしないと言われ、ケリーと共に安心した。

使用人扱いではなくなり、食事も部屋に届けてもらい、内容も豪華なものだった。

しかし、3日前から『妊娠初期の栄養剤』として飲むように言われていた飲み物に昨晩、味の違いを感じた。だが、吐き出すこともできず飲むと、夜中に腹痛を起こし流産した。

夫人が、自分たちを油断させてから流産させる薬を飲ませたのだとわかった。  

ケリーは飲まなかったのか、吐き出したのか、エマの流産が騒ぎになっている間に姿を消した。
おそらく、実家に帰ったのではないか。

ということだった。  

 
「私はね、純潔だったの。それをお前みたいな男に捧げたの。ケリーと違って、間違いなくお前の子供だと言える子だったのよ。私がどんな思いで我慢しながらお前に抱かれたと思ってるの?
私の子を殺したんだから、責任取ってもらわないとね。」


そう言うと、エマはまず夫人の頬を切り裂き、その後、ソファで失禁しているルースの股間に刃物を突き立てた。

驚くような素早さでやってのけた。

2人の悲鳴がギャーギャー響いてうるさい。

その隣でコリタック侯爵も失禁していたが、なぜか彼だけは何もされなかった。

 
血に染まったルースの股間は位置的に、男根に刃物が刺さったか、切り落とされたか。

エマはそれ以上動かず、刃物はルースの股間にあるままだ。

コリタック家の騎士が駆け付けエマを拘束したのを見てから、ファーブス侯爵は同行してもらっていた医師にルースの股間の状態を見させた。
 

「今ここで刃物を抜くことはやめた方がいいかと。出血がひどくなります。」

「……無事、なのか?」


ナニがと聞かなくてもわかるだろう。


「……いえ、横は中途半端に皮がまだ繋がっているのと、刃先がわずかに貫通しているようですが、機能的なものとしては全て切られてしまっているかと思われます。」
 

要するに、ほぼ切り落とされているのと同じということか。

これは男としては非常につらい責任の取り方となっただろう。
 
いや、夫人もそうだ。あの頬の傷ではもう社交界に姿を見せることはないだろう。

子爵令嬢エマの制裁は的確で恐ろしいものだった。 


 
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