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しおりを挟むアナレージュは兄であるファーブス侯爵の執務室に押しかけた。
「お兄様っ!」
兄フランツは顔をしかめてアナレージュを嫌なものを見るような目で見てため息をついた。
「お前なぁ、いい加減にしろ。急に叔母面して何なんだ、一体。出戻るつもりなのか?」
「違うわよっ!お兄様はアミーナに不幸な結婚をさせたいの?」
「ルースはアミーナに惚れてるしコリタック家は金持ちだ。何の不満がある?不幸になるかどうかはアミーナの努力次第だ。違うか?夫の容姿に不満があるなど贅沢な悩みだ。政略結婚なんてそんなもんだろう?
子供を2人ほど産んだら閨事を拒否すればいい。そうすれば愛人を作るだろう。それでいいじゃないか。」
アナレージュは兄の言葉は貴族として間違っていないし、よくあることだともわかっていた。
だが、言葉とは裏腹に兄の表情に何か違和感を感じた。
「ここ、ファーブス家は別にコリタック家の支援を必要としているわけではないし、共同事業などを始めるわけでもないわよね?それに、アミーナのせいでもないのに婚約の原因となった傷についても痕なんてわからないし。
お兄さまはそんなに慰謝料を払いたくないの?」
「当たり前だろう?言わば、向こうに落ち度がない状態なのに婚約解消を言い出せばこちらの非になる。
アミーナの次の婚約にも影響するし、そもそもルースがアミーナを簡単に手放さないだろう。それこそ、アミーナが何をされるかわからない。」
兄にも一応、考えがあって婚約解消に踏み切らないのだとわかった。
アナレージュは、ルースの所業を並べ立てた。
娼館では3か所から出入り禁止になっていること。
ルースのせいで平民専用となった飲食店が増えたこと。
ルースと関係を持った数人の女性が行方不明になっていること。
屋敷内で侍女2人、メイド1人と浮気していること。
兄はこう言った。『私も全て把握している』と。
つまり、兄も婚約解消に向けて調査をしているのだが、まだ足りないということだ。
「……婚約当時のルースは太っていたがそこまで嫌悪するような子供とは思わなかった。歳を取れば太る男はゴロゴロいるし。いずれ成長すれば性格も落ち着くだろうと思ったんだ。
だが、アミーナが倒れて久しぶりに間近で会ったルースは、確かに脂ぎっていてニヤニヤした顔が清潔感があるとは言えない。アミーナが嫌悪する気持ちもわからなくはないと思った。」
アミーナのルースに対する嫌悪感がひどくなったのは、レイフォードとのことがあったから余計にそうなのだろう。
レイフォードは美形で、背もスラっとしていてまだ伸びそうだし、笑顔も爽やかな好青年だ。
「もし、この侯爵家が財政難でコリタック家から支援を受けているという状況での婚約なら、アミーナも貴族令嬢として受け入れたでしょう。でも、そうじゃない。だからこそ、ルースを受け入れられないのよ。」
どうしてよりにもよってルースなのか。他にもいい縁はあったはずなのに。
「だが、お前も政略結婚で後妻を受け入れたじゃないか。」
「不満がなかったからよ。公爵家だし、美形だし、金持ちだし、若いし、子供もいなかった。」
エドモンドのどこに不満を感じる令嬢がいただろうか。政略結婚相手としては一押しだっただろう。
「知ってる?高位貴族令嬢たちはアミーナが犠牲になってくれているお陰で自分が狙われずに済んだと喜んでいることを。」
「わかってるさ。」
兄は嫌なものでも食べたような顔をした。
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