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しおりを挟む甥から『子爵』を取り上げられると聞いたコベール・グランは呆然としたまま帰って行った。
コベールは現グラン侯爵の叔父ではあるが、仲が良くないらしい。
前侯爵だった兄がいたなら、仕事を失っても面倒を見続けてくれただろうが兄はもういない。
何十年とそれなりに稼いできたはずなのに、コベールは散財もしてきたために手元は少ない。
甥に見放されれば、路頭に迷うと言っても過言ではないのだ。
しかし、現グラン侯爵は父親からの遺言でコベールの老後を頼まれているらしい。
そのため、嫌々だが領地に小さな家と簡単な仕事と家事手伝いの使用人を手配しているという。
迷惑をかければ支援は打ち切り。だそうだ。
コベールが甥からの支援の有難さに気づけるのは、迷惑をかけて見限られた後のことになるだろう。
「レイ、あの先生に言われたことはすべて忘れてしまっていいからね。」
「うん。びっくりしたよ。使用人は人じゃない、物なんだって言うんだ。それに、僕のペンを鞄に入れようとするから驚いて取り返したら舌打ちされた。僕、悪くないよね?」
手癖まで悪かったとは……子供の前でどういう教育をしてるんだか。
「レイは悪くないわ。あの先生はちょっと、もう、お年なのかしらね?引退なさるから二度と会わないわ。」
ほんと、とんでもない教育者がいたものね。ここが伯爵家だから見下したのだわ。
いつまで自分が侯爵令息のつもりでいるのかしら。孫のような子供相手に恥ずかしいことを。
エドモンドは、高位貴族として恥ずかしくない男にしてくれるとコベールを評価していたけれど、逆でしょ?
あんな男に教育されると傍若無人な振る舞いで周りに嫌われそう。
でも、エドモンドはコベールに教育されたにも関わらず、学生時代は下の者に優しかった。何故?
コベールをクビにしたと伝えるとエドモンドがやってきたので聞いてみた。
「あぁ、それは……シモーヌに言われたんだ。学生の間は下位貴族に優しくして恩を売るべきだって。
彼らは自分たちの手足になるかもしれない者たちだから。」
あの品行方正な姿はシモーヌによって作られたものだったのか。
「エドモンド様は今でも使用人を人ではなく物だと思ってるの?」
「いや……さすがに人は人だ。そういえば、コベールには使用人を顎で使えと指示されたな。だけど、意思の疎通って意外と難しいから結局は口で指示しているな。」
人を顎で使うのはよくないとは思うけど、それで意思の疎通を図れるのは使用人の方が主のことをよく理解していて行動に移せる人物なのだと思う。信頼関係がないと無理だし、使用人が相当優秀なのだと思う。
まぁ、目線で指示することは場合によってはあるけれど。
「エドモンド様は、あんな選民思想みたいな先生が今の時代の教育者として優秀だと本当に思ったの?」
「それは……そう思っていたんだが、やっぱりおかしいのか?公爵というのは貴族の最高位だから、下の者と馴れ合うべきではないと教育されてきた。利用しようと近づいて来る者たちを逆に利用しなければならない、と。
でも、学園でみんなに頼られていた頃は充実していたが、今はなんというか、寂しい。」
それはそうだ。学園は上の爵位の者に擦り寄ってくる下位貴族もいるが、爵位に関係なく付き合える友人を得られる場所でもある。
それなのに、エドモンドは友人と呼べる存在を作らなかったのだから。
エドモンドの父であるレーゲン公爵とエドモンドは性質が違う。
寂しいと感じるのであれば、エドモンドには友人や寄り添ってくれる妻が必要であったのだろう。
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