12 / 72
12.
しおりを挟むエドモンドとの閨事の回数が増えた。
リゼルが妊娠しないから焦っているのだろうか。
それとも、リゼルの知らない間に愛人がいて、その愛人と別れたから性欲処理のためだろうか。
エドモンドは初夜から閨事に手慣れていた。
シモーヌという前の婚約者がいた時でも、性欲処理のために娼婦でも抱いていたのだろう。
愛する人がいても性欲は別という男だったようだ。
子供ができなければリゼルと離婚するつもりなのかと思っていたが、リゼルに月のものが来ればエドモンドの方が落ち込んでいる気がした。
彼はあまりリゼルと会話をしようとしないので、何を考えているのかよくわからなかった。
それから少し経った時、レーゲン公爵が倒れた。
心臓に異常があるようだと言われた。
エドモンドは公爵の代わりに忙しくなった。
それからだろうか。公爵邸の中の雰囲気が変わった気がした。
離縁されないように控え目な言動をしていた公爵夫人がじわりじわりと表に出てきて使用人を完全に自分の支配下に置いたように感じた。
まるで、今を待ち望んでいたかのように。
一体、公爵家に何が起こっているのだろうか。
リゼルの漠然とした不安は思いもよらぬ形で終わりをつげた。エドモンドとの離婚、という形で。
その日、公爵夫人が呼んでいると庭に案内された。
しかし、案内された場所には公爵夫人はおらず、リゼルはどういうことかと侍女に聞こうとすると、そこにいたのは騎士の男だった。
リゼルはその男に、いきなり抱きしめられてキスされたのだ。
驚いて、苦しくて、押しのけようとしたが、拘束は緩まずビクともしなかった。
「ほら、ご覧下さい、エドモンド様。リゼル様はあの男といつもここで逢引きしているのです!」
……嵌められた。すぐそうだと気づいた。
侍女にリゼルの浮気を匂わされてやってきたであろうエドモンドは冷たい目でリゼルを睨んでいた。
「忙しくて私が相手をしなければ、そうやって男を誘う女だったとはな。」
あぁ、これはダメだ。怒りと仕事の疲れでエドモンドは冷静な判断ができないのだ。
「何も言い訳はないのか?」
「この男に突然襲われました。と言えば、エドモンド様は信じてくださいますか?」
リゼルを信じてくれる関係性は築けていない。エドモンドは未だリゼルに興味がないのだから。
「……君は悲鳴も上げずに男の腕から逃げなかったから嫌ではなかったのだろう?」
リゼルがどんなに抵抗しようとしていたか、エドモンドの方からはわからなかったのだろう。
襲ってきた男の体格はよく、しかも力強く体に腕を回されては逃げられるはずもない。
「あなたがそう思ったのであれば、私の言い訳など必要ないではないですか。」
リゼルはもう諦めた。疲れたのだ。ここでの暮らしに。振り向いてくれることのない恋に。
エドモンドとシモーヌの浮気のキスを見せつけられたこの四阿で、リゼルが夫ではない男とのキスで浮気だと詰られる。
涙と同時に笑いも込み上げてきそうだった。
「公爵家に嫁いだというのに、夫の目と鼻の先で浮気をするとはな。傷物でも心配なさそうだ。離婚しよう。」
「わかりました。最後に公爵様にご挨拶してもよろしいでしょうか?」
「……いや、父の体調のいい時に私から伝える。」
「そうですか。お大事にとお伝えください。」
心の中でレーゲン公爵に『耐えてくれと言われましたが、もう耐えられませんでした』と謝罪した。
リゼルは部屋に戻り、簡単に荷物をまとめた。
執事が持ってきた離婚届にサインし、公爵家の馬車で実家まで送り届けてもらった。
馬車の中でリゼルは呟いた。
「初めてのキスだったのに。」
リゼルは名も知らぬ公爵家の騎士にキスされた唇をゴシゴシと手の甲でこすった。
初夜でエドモンドのキスを拒んだ罰だろうか。
こうしてあっけなくリゼルの結婚は幕を閉じた。
1,595
お気に入りに追加
3,469
あなたにおすすめの小説

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~
水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。
婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。
5話で完結の短いお話です。
いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。
お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。

【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから
すだもみぢ
恋愛
伯爵のトーマスは「貴族なのだから」が口癖の夫。
伯爵家に嫁いできた、子爵家の娘のローデリアは結婚してから彼から貴族の心得なるものをみっちりと教わった。
「貴族の妻として夫を支えて、家のために働きなさい」
「貴族の妻として慎みある行動をとりなさい」
しかし俺は男だから何をしても許されると、彼自身は趣味に明け暮れ、いつしか滅多に帰ってこなくなる。
微笑んで、全てを受け入れて従ってきたローデリア。
ある日帰ってきた夫に、貞淑な妻はいつもの笑顔で切りだした。
「貴族ですから離婚しましょう。貴族ですから受け入れますよね?」
彼の望み通りに動いているはずの妻の無意識で無邪気な逆襲が始まる。
※意図的なスカッはありません。あくまでも本人は無意識でやってます。

[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。
紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。
学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ?
婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。
邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。
新しい婚約者は私にとって理想の相手。
私の邪魔をしないという点が素晴らしい。
でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。
都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。
◆本編 5話
◆番外編 2話
番外編1話はちょっと暗めのお話です。
入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。
もったいないのでこちらも投稿してしまいます。
また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる