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しおりを挟む婚約したからといって日常生活に特に大きな変化はない。
毎日、護衛と研究所に行き、仕事をして帰る。
カーティスは週に何度かミーシャの家に来て、一緒に夕食を食べる。
会話的にはお互いの仕事の話が多く婚約者同士っぽくはないけれど、それでも楽しく話をしていた。
前と少し違うのは、帰り際のハグとキス。
キスといっても、額か頬だけど。
婚約とはこうした身体的接触を段階を踏みながら徐々に親しくなっていく期間……らしい。
常識にまだ疎いところのある私は、『なるほど』と納得した。
アロイス様と結婚している時に、侯爵夫人やカーティス様のお兄様の奥様であるフレイア様から、教育の一環として通常の結婚後の夫婦生活について説明されていた。いわゆる初夜での閨事について。
アロイス様は看取り婚であるためにソノ気はないが、ミーシャが再婚するにしろしないにしろ、知識があるのとないのとでは身の守り方も変わってくる。
通常の貴族令嬢は、母親からそれとなく教えられたり、いかに純潔が大事かを教育で教えられるはずであるが、ミーシャの場合はまともな淑女教育を受けていないためだった。
何の知識もないミーシャは、子作りの方法すら正確には知らなかった。
娼婦が男性を相手にする仕事ということは聞いたことがあったが、それが夫婦の閨事と同じことだと結びつかなかったのだ。
それがわかっていた侯爵夫人たちがアレコレ教えて下さり、フレイア様は恋愛~婚約・結婚あるいは政略で結ばれた婚約・結婚の流れがわかる流行りの恋愛小説まで貸してくれた。創作だけど、割とある感じらしい。
閨事の手順を知った時は、すごく恥ずかしい行為ではないかと思ったけど、自分には関係ないだろうと忘れていた。
だけど、小説であったように友人知人とは違う距離感で接し始めたカーティス様に、『なるほど』これが結婚を前提とした婚約者との接し方なのかと納得したのだ。
カーティス様との婚約を受けた時に、何か忘れている気がしたのは閨事のことだ。
結婚することはないだろうと思っていたから、自分には関係ないだろうと思っていた。
でもこのままいくと……まぁ、それはまた身近になってから考えよう。
元家族と触れ合うことがなかったためハグもキスも初めは緊張したけれど、慣れてきたら嬉し恥ずかしい上に心が温まると感じた。
そのうち、自分もカーティス様にお返しのキスをしてみたいと思う。
小説では男性も喜んでいたから………
と、まぁ、意外と順調な日々を過ごしていたけれど、やはり長くは続かない。
「あなた、勇気あるわね。そのメガネ姿でカーティス様の隣に立つなんて。」
「……はぁ。メガネがないと見えませんので。」
「身なりも貴族らしくないわ。しかも仕事しているだなんて。私は認めない。
カーティス様がかわいそうだわ。いい加減、甘えるのはやめてその場所を空けなさい。」
厄介な令嬢だと判断した私の護衛が前に出ようとしたけれど、暴力は振るわないだろうと思い下がってもらった。
「……失礼ですが、カーティス様とどのようなご関係ですか?」
「わ、私は何度もカーティス様に婚約を打診しているのよ。だけどいい返事が貰えないの。
あなたは彼のお祖父様が選んだ婚約者なのでしょう?彼の意志じゃなくて気の毒だわ。」
ん?私はアロイス様が選んだ婚約者?なんだか情報がおかしなことになっている気が……
「何か誤解があるようですが、私を婚約者に選んだのはアロイス様ではなくカーティス様です。
仕事をしていることもカーティス様は認めてくださっています。
カーティス様が私と婚約したということは、あなたの婚約の打診はお断りしているはずですが。」
「断られたことはわかってるわよ!だけど、あなたが相手なのが納得できないのよ!」
「そう言われましても……では、あなたは誰なら納得するのですか?
その相手の方をカーティス様が望まれるかどうかはわかりませんが。」
「誰……って。そんなの、わからないわ。」
「あなた以外にも婚約の打診はあったと思います。
カーティス様はいろいろ考えた上で条件で私を選んだと思います。
私を認められないのはあなたの思いなので仕方ありませんが、それを押し付けられると困ります。」
令嬢との会話に慣れてないから、言い過ぎなのかもしれない。
だけど、私に文句を言われても困るし。
結局、この令嬢は自分以外の誰をカーティス様が選んでも気に入らないのだから。
「……ごめんなさい。どうしても何か言わないと気が済まなくて。
でも、言ったところでスッキリするものでもないのね。結局、失恋したってことだわ。」
再度、謝罪をして令嬢は去っていった。
どこの誰だったのかもわからないけど、新しい恋に向かってくれたらいいなぁと思う。
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