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しおりを挟むさらにひと月後、ナターシャが攫われた経緯が判明した。
判明したと言っても、大まかに、である。
当事者と思われる者たちが亡くなっていることで、『こうだったのではないか』ということだ。
14年前、平民と結婚した元子爵令嬢ミオナが女の子を出産した。
赤子を取り上げた助産師によると、予定日よりもひと月以上早い出産で、赤子は弱々しかった。
乳を飲むのも難しく、乳が飲めなければ長くはないかもしれないと思ったらしい。
しかも、夫は地方に出向いており、ミオナは一人で不安そうだったという。
その2日後の早朝、カーマイン侯爵夫人ルミアリアが双子を出産した。
そしてその日の晩、双子が部屋で眠っている時に、女の子だけが攫われたのだ。
更に、元子爵令嬢ミオナには姉がおり、この姉がカーマイン侯爵家の侍女をしていた。
これだけが正確にわかっている事実。
この後はほぼ想像になる。
ミオナは親とは縁を切っていたが、侍女をしていた姉とは切れていなかったのだろう。
姉は出産した妹ミオナを見舞った。
だがそこにいたのは、今にも死にそうな赤子、あるいは死んでいた赤子と、半狂乱のミオナだったのではないか。
姉は妹を落ち着かせて眠らせ、自分は侯爵家に戻った。
妹のために、産まれたばかりの双子の女の子を攫おうとして。
そして、こっそりと女の子を攫うことに成功した姉は、おそらく亡くなったであろうミオナの赤子とすり替えた。本当のミオナの赤子はどこかにひっそりと埋葬されたのだろう。
目が覚めたミオナが泣いている赤子に乳をやると、元気よく飲む。
ミオナは赤子が死にそうだったのは間違いだったのだと思い込んだのだ。
ミオナの出産から3日後に様子を見に来た助産師は、赤子が乳を飲む姿にホッとしたという。
どうしてミオナが赤子が違うと気づかなかったのか。
それは、ひと月以上早く産まれた自分の赤子と、双子で産まれた侯爵家の赤子の大きさがあまり違わなかったのではないか。
あるいは、夫が不在の中で産んだ子供が弱々しく、不安で精神が参ってしまっていたために、違うことに気づかなかったからではないか。
そう思われる。
そして攫った実行犯と見られるミオナの姉は、この2年後に事故で亡くなっていたため、正確な事実はわからなかった。
「つまり、育ての親であるミオナとターリオは、本当に私を実子だと思っていたってことですよね。」
ナターシャの誕生日は実子の誕生日だったのだ。
「おそらくは。だが、どうしてコダック伯爵領に移ったのか、それは不明だ。」
ルーズベルトもナターシャと一緒に話を聞いていた。
カーマイン侯爵の言い方では、正気に戻ったミオナが巷で話題になっている攫われた令嬢が自分の赤子なのではないかと不安に駆られて、王都から逃げたのではないか。
あるいは、姉から真実を聞いてしまい、でも今更赤子と離れることなどできないと逃げたのではないか。
それを疑っていると思わせた。
しかも、魔力が多く、顕現させることができるどころか、属性も多い。
それに気づいたとき、本当に自分の子供なのかと疑うことはなかったのか?
夫が亡くなり、片親なことを不安に思ってナターシャの保護を伯爵に申し出ることもできたはずなのに、自分が死ぬまで保護させなかったのは、実子ではないとバレることを危惧したからではないのか?
それも疑っていることだろう。
考え始めたらキリがないが、判明している事実以外は想像でしかない。
ナターシャは幸せに育った。それは事実である。
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