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決闘

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「黒須さまが我が家で目を覚ましたあの時はたまたま出かけておりました……私の妻です」

 清吉が言うと、女性はぽっと顔を赤らめてその場で両手をついた後、

「あら、お茶も出してないの。すぐに淹れますので」

 と、呆れ顔で台所へ立った。
 清吉はその細い後ろ姿を見ながら、

「認めます。私は井畑良謙いばたりょうけんに師事して医術を学んでいた、清兵衛です」
「やはり……」
「師の良謙が先の殿に毒を盛っていたことは、当時は全く知りませんでした。ですが、井畑先生が城戸家の侍医をやめて江戸に向かう時に、全てを話してくれたのです。恥ずかしいことですが、先生は金と女に関する何らかの弱みを小田さまに握られ、それで脅されて毒殺に加担したようです」

 井畑良謙が女好きでしかも浪費家だったことは有名である。

「ですが、実際に先のお殿様がお亡くなりになると、その事の重大さを改めて認識し、罪悪感に苦しんでおりました。また口封じに殺されてしまうのではないかとも恐れ、とうとう耐えられなくなって医者をやめて江戸に行ったのです」

 清兵衛は下を向いたまま淡々と話す。

「その事を聞いた時に、私も毒殺に手を貸していたことを知って愕然としました。薬の調合は全て先生の指示を受けて私が行っており、その材料の中には先のお殿様に使っていたと思われるせりもあったからです」
「おお」
「そして、私も罪悪感にさいなまれた末、医者を志すのをやめました。医術を悪用して人を殺めた者が、人を救う医者になっていいわけがない……」
「…………」
「それから私はずっと、いつか時が来たら先生と私の悪事を告白してその罪を償おう、と思っておりました。ですが……」

 その時、台所から清兵衛の妻が茶を盆に乗せて持って来た。

「こんな田舎なもので味は良くないですがどうぞお召し上がりください」

 妻女は茶碗を三人の前に置くと、にこにこと笑って、

「では、洗濯をしてきますので」

 と、大きい腹をさすりながら土間から外へと出た。

「そう……償いたい、と思っておりました。ですが今は……」

 清兵衛は、そこから言葉につまって無言となった。
 新九郎と南条も、そんな清兵衛を見て何も言えずにいたが、南条が両ひざを叩いて、

「罰せられる可能性は確かにある。だが、ここで清兵衛どのが俺たちと一緒に来てくれて殿を救えれば、その功でおとがめはなくなるかも知れない。それに、清兵衛どのは知っていて毒殺を手伝ったわけじゃないから直接の罪は無い。もし処罰されることになっても、俺たちが宇佐美さまに掛け合って、清兵衛どのの罰が極力軽くなるようにしてみせる」

 新九郎も続いて、

「そうです。先程、清兵衛どのは人を殺めた者が人を救う医者になっていいわけがない、と言われたが、本当はその逆ではございませぬか? 人を殺めた罪は人の命を救ってこそ償える。こういう考え方もあるのではないでしょうか?」
「…………」
「このままでは、今の殿が殺められてしまうのです。先の殿が毒殺されたことを知っているあなたが、今の殿も同じように毒殺されてしまうのを見過ごすのですか?」

 その言葉を聞いて、清兵衛の目に光が灯った。清兵衛はふっと微笑んで、

「ああ……目が覚めた思いです。わかりました、共に参りましょう。少々お待ちいただけますか?」

 清兵衛は隣の座敷に行くと、一冊の帳面を持って戻って来た。

「これは、井畑先生が江戸に行く時、先生から預かった診察や研究の記録です。実はこの中に、先の殿に毒薬を使ったことが小さく書かれているところがあります」
「え?」

 新九郎と南条は息を呑んだ。

「ここです」

 清兵衛は、ぱらぱらと紙をめくって、該当の箇所を見せた。
 そこには小さい字だがはっきりと藩主に毒薬を使ったことが書かれていた。

「先生も、いつかはこの罪を償おうと思って書き記していたようです。そして、私にこれを預けた時に言いました。藩は今後混乱や争いが起きるかも知れん。その時にこの記録が役に立つことがあったら遠慮なく使え、と。それで私に討手が来て命を落とすことになっても恨みには思わん、報いだ、と」

 清兵衛はため息をつき、

「これを差し出した上に私が証言すれば、何よりの証拠となるでしょう」

 南条は、良謙の癖のある文字で書かれたその部分を見ながら、

「いいぞ。小田内膳の指示と言うことも書かれている。これを突きつければ奴らは終わりだ」
「すぐに吉野原に向かいましょう」

 新九郎は勢いよく立ち上がった。
 清兵衛は、身重の妻に心配させぬように上手く言い繕うと、良謙の記録を持って新九郎と南条と共に家を出た。


 日が高くなって来た。
 大体五つ頃(およそ八時)と思われた。鷹狩りが開始される五つ半まではあと半刻(およそ一時間)。
 場所の吉野原までは、今進んでいる街道を真っすぐに行けばちょうど半刻ほどで到着できる。際どいが何とか間に合う計算だ。

 だが、左右に林が迫り、道幅が少し狭くなっているところまで来た時であった。
 新九郎、南条、共に空気の乱れを感じた。新九郎は咄嗟に屈み、南条も清兵衛の腕を引っ張って清兵衛の身体ごと倒すように身を伏せた。
 その上を、数本の棒手裏剣が飛び交って行った。
 新九郎は更に右に転がった。その脇をまた銀線が疾って行く。

「出て来い!」

 新九郎は立ち上がり、素早く抜刀して左右の林を睨み回した。
 南条も抜刀して、恐怖に強張っている清兵衛を背に隠すようにしてじりじりと後ずさった。
 左右の林の中から、およそ七、八名の濃紺装束の者たちが姿を現した。

「ここまで来て不意打ちとはどこまでも卑劣な」

 新九郎が吐き捨てると、濃紺装束の者たちは刀を並べて一斉に襲い掛かって来た。

「清兵衛どの、俺の後ろから離れるな」

 南条は言うと、飛んで来た二本の剣光を同時に躱して一人を蹴飛ばし、もう一人に突きを入れて下がらせ、その背後から跳躍して来た新手を神速の斬り上げで落とした。
 しかし、清兵衛を庇いながら多人数を相手に戦うのは流石の南条にも厳しかった。しかも、敵はわかっているらしく、明らかに清兵衛を狙うように動いて来るのだ。

 そしてついに、南条の隙を潜って背後に回り込んだ敵の一人が、清兵衛に向かって刀を振り上げた。
 だが、刀は振り下ろされることなく地面に落ち、敵は膝から崩れ落ちた。
 後ろから、全身が土埃つちぼこり血痕けっこんに塗れ、血走った眼で鬼のような形相をした小柄な男が姿を現した。

 必死の斬り合いの真っ最中であったが、気配を察してちらと振り返った南条と新九郎は、共に驚いた。

「一馬!」

 長らく行方がつかめていなかった今井一馬であった。

「生きてたのか!」

 一馬は、はぁはぁと息を乱しながら、

「吉野原で鷹狩りが行われると聞いて、絶対に何かあるはずだと思って密かに向かってたらちょうど……良かった」

 そして剣の血を振り払うと、

「よくわからんが、この人を守ればいいですか? 俺はもう力が残ってないけど一人を守るぐらいならできる。南条さん、新九郎、存分に戦ってくれ」

 と言って、清兵衛を自分の後ろに回らせた。

「助かったぜ、一馬!」

 思わぬ助太刀に南条は喜び、全身も奮い立った。
 南条は半身に構えると、次々に襲い来る影虎組の者たちの攻撃をひらひらと躱しながら、旋風の如く前後左右に刃光を舞わせ、大地に鮮血を降らせて行った。

 新九郎もまた、思わぬところでの一馬との再会で、力を得た思いをした。
 迫って来た敵の袈裟斬りをすれすれで躱すと同時に胴を斬り裂き、右から飛んで来た敵の斬撃を撥ね返すと返す刀で神速の突きを入れた。
 こうして、数では劣勢であったのが、一気に新九郎と南条が押し始めた。
 しかしその時、場の空気が禍々まがまがしく変わった。

「やはり俺が来てよかったか」

 新九郎が斬り伏せた敵の背後、林の奥から濃紺装束の大男が現れた。
 彼らの頭領の虎、であった。

 新九郎の眼前にはまだ濃紺装束の男が一人いた。男が新九郎に斬りかかって来るのと同時、虎も気合いを発して大刀を突いて来た。
 新九郎は飛び退いて避け、更に一段飛び退いて次の攻撃をも躱すと、右に回り込んで虎じゃない方の男の脚を左から右へと斬り、引く刀で胴も斬り裂いた。

「…………」

 新九郎と虎、一対一の形となった。
 互いに睨み合って剣を構えているところへ、南条が駆けつけて来た。それを見て驚いた虎へ、南条が笑って言った。

「てめえの部下は全部片づけた。相手が悪かったな」

 南条の背後には、濃紺装束の男たち六人ばかりが互いの血を混じらせながら倒れていた。

「次はてめえだ」

 と、血振りして剣を構え直した南条に、新九郎が叫んだ。

「南条さん、この男は俺が斬ります。南条さんと一馬は清兵衛どのを連れて早く吉野原へ行ってください!」
「なに?」
「今のでかなり時間を食ってしまってすでに鷹狩りに間に合わない!」
「そうだけどよ、そいつはかなり使うぞ。どうせ遅れてるならここで一緒にそいつを片付けてから行く方がいい」

 南条は鳥原山でも虎を見ているのでわかる。
 怪力を持った巨躯ながらも敏捷性も備え、おまけに忍びの技まで使うこの虎は、南条と新九郎の二人でかからなければ無理であろう。

「いや、南条さんと二人でかかればこいつは必ず逃げる。そして鷹狩りの吉野原に行かせてしまう。そこにはきっとこいつらの仲間がいるはずです。その頭領であるこの男をここで斬っておけば、あの連中の吉野原での動きも少しは抑えられる」
「なるほど、だけどな……」
「それに、俺はこいつと一対一で戦い、俺の手で斬りたいんです。大鳥さまを斬ったこの男を!」

 新九郎の瞳が爛々と燃え、全身から闘気が立ち上った。
 その姿に、藤之津の船の上で鮮やかな技を見せた時の新九郎が重なった。

「わかった、必ず吉野原に来いよ」

 南条は頷くと、一馬と共に清兵衛を連れて街道の先へと走った。
 虎はそれを横目でちらりと見送ると、ふんっと鼻で笑った。

「なめやがって。南条ならともかく、貴様が一人で俺を斬れると思ってるのか?」
「一人じゃない」
「何?」
「斬る前に一つ訊いておきたい。お前は何故流斎さまに従い、その悪事に手を貸してるんだ?」

 新九郎は、平青眼に剣を構えた。
 その切っ先の向こうで、虎がにやっと笑う。

「単純な理由よ。流斎さまが俺を忍びとして使ってくれ、笹川組を復活させてくれるからだ」
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