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不穏な葬儀
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その日の正午過ぎに出発したリューシスらは、快晴の冬空の下を、南西方向のアンラードに向けて飛行した。
ダリアに言われた通り、しっかりと二時間ごとに三十分ほどの休憩を取ったのだが、何とその日の深夜一時過ぎにはアンラードに到着してしまった。
この日は、天がリューシスを憐れんだのか、偶然にも北東の風が吹いていた。その追い風に乗れたとは言え、それでも驚異的な速さであった。
この当時、皇帝の葬礼は夜通し行われる。
葬儀場は、宮城内の北側にある広い一室に設けられる。
ローヤン民族の故郷は北方高原である為、死後に故郷へ帰りやすくなるように、と言う意味がある。
その意味では、ローヤン民族と言うのは、それほどハンウェイ人文化に染まり切っていないのかも知れなかった。
そして、宮城の北門は開け放たれ、葬儀場も開放されて、アンラードの一般市民の弔問も許されていた。
それ故、朝廷の臣たちは、文官武官を問わず、交代をしながら徹夜でそれらの対応に当たっていた。
リューシスはアンラードに到着すると、かつての自身の宮殿に飛龍たちを止め、喪服に着替えてすぐに皆で葬儀場に向かった。
葬儀場に近付くに連れ、女たちの大泣きする声が響いて来る。
皇帝の葬儀に参列する者は、喪主の皇后を始め、皇族や臣下たちも皆、皇帝の死去を悲しんでわざと大袈裟に泣かなければいけない。
それだけでなく、更に葬儀の時に泣くことを専門職とする、泣き女と呼ばれる女たちが周囲に集まって泣きまくる。
これは、ハンウェイ人の文化である。
しかし、リューシスはこの習慣を嫌っていた。
――相変わらず大袈裟な。感情のままに泣けばいいだろうが。
リューシスは鬱陶しく思いながら、葬儀場に入った。
その時、葬儀場の入口には、七龍将軍のダルコ・カザンキナがいた。
ダルコは、リューシスを見て目を瞠って驚いた。
「リューシス殿下……な、何故ここに?」
「おかしいか? 俺は一応父上の長男であり、第一皇子だ。葬礼に来るのは当たり前だろう?」
リューシスは薄笑いで言った。
「そうですが……あのルード・シェン山からもうここまで?」
「うちの飛龍たちは、普通の飛龍とは桁違いの能力なんだよ」
リューシスは笑いながら言うと、もうダルコには構わずに中に入った。
中には、四方の壁と天井に、金銀の刺繍が入った紅い幕が張られている。これはローヤン人の葬儀の伝統である。
更に、中央最奥の壁には、二頭の飛龍が天に向かって昇って行く様を描いた大きな絵が飾られ、その前に段が設置され、その上にイジャスラフの棺が置かれていた。
リューシスは、イェダー、ヴァレリーらを背後に連れて、最奥のイジャスラフの棺に向って真っすぐに歩いて行った。
しかし、その右脇に、喪主を務める皇后ナターシア、次期皇帝となる皇太子にして異母弟のバルタザールを見つけると、まずはそちらに歩み寄って、深々と頭を下げた。
白装束のバルタザールは、まだ本心から泣いており、表情は憔悴していた。
だが、バルタザールはリューシスを見た途端に、顔をひきつらせた。
「あ、兄上……」
「バルタ、久しぶりだな……」
「あ、あ……」
バルタザールは何か言おうとしたが、言葉が出て来ない。
「辛いだろうが、もう明後日にはお前が次の皇帝なんだ。しっかりな。俺は引き続きルード・シェン山にいるが、全力でお前を支えるからな」
リューシスは、バルタザールの両肩を叩いた。
「あ、兄上。わ、私は、私は……あの時……」
バルタザールは泣き顔のまま言葉を詰まらせた。
「言うな」
リューシスは短く言うと、バルタザールを抱きしめた。
「父上の血を分け合った兄弟は俺とお前の二人だけなんだ」
バルタザールは顔を歪め、嗚咽した。
そして、リューシスは手を放すと、再びバルタザールの肩をぽんぽんと叩いた後、今度はナターシアの方を向いた。
「継母上、お気を落とされぬよう」
ナターシアはもう泣いていなかったが、その両目は赤くなっていた。
「ええ。私なら心配しなくても良いです。リューシス、あなたこそ辛いでしょう」
リューシスがナターシアに会うのは、あのアンラードの事件以来である。
しかし、ナターシアは平然とした顔で言った。
リューシスは、複雑な想いを抱きながら、
「はい、未だに信じられない気持ちです」
「それにしても、随分と早かったですね」
「棺に釘を打ってしまう前に、どうしても父上の顔を見たかったので」
「そうですか。では、是非お顔を見て上げて、陛下と最後のお別れを」
「はい」
リューシスは再び頭を下げると、数段上に置かれたイジャスラフの棺に歩み寄り、その前に立った。
この時代、皇帝、皇族の遺体は、腐敗を防ぐ為に、氷を敷き詰めた棺の中に置かれる。
夏だと氷が溶けてしまい、何度も氷を入れ替えたりして面倒なことになるが、今は厳冬である。氷は溶けることなく、イジャスラフの遺体も状態は良かった。
棺の中のイジャスラフには、死に化粧が施されているせいか、顔色は良く見えた。
また、以前ルード・シェン山で会った時と同じく、頬にも肉があって健康そうに見え、顔は安らかであった。だが、褐色だった頭髪の半分ほどが白くなっていた。
度々来ていたイジャスラフからの手紙の中に、「再び親政を始めて忙しくなったせいか、白髪が増えた」と書いてあったことを思い出した。
――急に無理をし過ぎたのが良くなかったかな
リューシスはそう考えると、
――少しはアンラードへ来て、父上の手伝いをすれば良かった……。
と、自らの怠惰さを悔やんだ。
リューシスは目を閉じて、棺の中のイジャスラフに向かって合掌した。
すると、自然と涙がこぼれてくる。そして、一度涙が出ると、止まらなくなった。
リューシスは、溢れ出る涙を堪えることができず、声を漏らして号泣した。
背後に続いているイェダーとヴァレリー、他の兵士らも泣いていた。
その後、リューシスは涙が止まると、もう一度棺の中のイジャスラフの顔を見て、その頬を撫で、額に触った。
敷き詰められた氷の上にあることと、厳冬であることから、イジャスラフの身体は冷たい。
しかし、リューシスには父親の体温を感じられた気がした。
――父上、お別れですね。どうか安らかに。
リューシスは、心の中で別れの言葉を呟いた。
その後、名残惜しむかのように、しばしイジャスラフの死に顔を見つめた後、想いを振り切るかのように、さっと踵を返し、足早に葬儀場を出た。
すると、葬儀場を出たところで、偶然ビーウェン・ワンに会った。
ビーウェンは七龍将と言う身分にも関わらず、冑こそ被っていないが鎧姿で、部下たちを引き連れて自ら巡視していた。
「おお、これは殿下。随分早いお着きですな」
ビーウェンは、突然見た、久しぶりのリューシスの姿に驚きながら言った。
「明日になったら納棺されてしまう。そうなったら父上の顔は見られないからな。急いで来たんだよ」
「そうでしたか。流石にルード・シェン山の飛龍たちは能力が違いますな」
「まあな……それよりもビーウェン、元気だったか? お前も少し白髪が増えたんじゃないか?」
リューシスは、からかうように言った。
「ははは。しかし、この腕はまだまだ衰えておりませんぞ」
ビーウェンは、甲冑の上から太い腕を擦った。
「そうか、頼むぜ。ローヤン帝国軍の支柱はお前だからな」
「いえいえ、それは今や殿下でしょう」
ビーウェンがすぐに返答すると、リューシスは「まさか。俺はルード・シェン山の合法山賊だ」と、冗談めかして笑った後、
「ビーウェン。手紙では色々と気遣ってくれたが、俺は大丈夫だ。今の俺には安心できる場所があり、信頼できる仲間たちがいる。それよりも、バルタザールを頼む。あいつはまだ十代だ。それなのに次の皇帝にならなければならない。その重圧は尋常じゃないはずだ」
リューシスが真面目な顔で言うと、ビーウェンは力強く両手を組んだ。
「承知しております。身命を賭して新帝陛下にお仕えする所存です」
それから、リューシスら一行は皆、リューシスの宮殿内の部屋に宿泊した。
リューシスの宮殿は、リューシスらがアンラードから出て行った後も、誰かが使用するでもなくそのままにされていた。
しかも、定期的に掃除もされていたと言う。
それらは皆、イジャスラフの指示であった。
「あの馬鹿息子がいつ帰って来ても良いようにな」
イジャスラフはそう言って微笑しながら、自ら掃除の指揮をしていたと言う。
それを聞いて、リューシスは目頭が熱くなった。
「さあ、明日は早い。とっとと寝ようか」
リューシスは涙を拭い、荷を解いた後、早々に床に入った。
「何? リューシス殿下が来た?」
すでに就寝していたマクシムは、深夜にも関わらず扉を叩いて来た側近の報告を聞き、驚いて上半身を起こした。
「ルード・シェン山からここまでは150コーリー(km)以上もある。普通に飛龍を代えて乗り継いでもとても半日で来られる距離ではない。何という恐ろしい飛龍たちだ」
寝ぼけ眼でも、そうやって計算をするマクシムは流石であった。
「いや、そうやってわずか半日で来ようとする殿下の思考の方が恐ろしいか……」
マクシムはそう言ったが、大きなあくびを一つすると、
「好かぬお方であるが、何と言っても第一皇子。一応は挨拶せねばならんかな」
と言ったが、側近は、
「殿下はもうお休みになられたようです」
「そうか。では明日でいいか……」
と、マクシムは言いかけたが、急に鋭い目つきとなり、
「待て。殿下は飛龍に乗って来たんだな? ルード・シェン山の飛龍の能力は確かに桁違いだが、数は多くない。殿下は何人で来たんだ?」
「側近のイェダー・ロウ将軍、ヴァレリー・チェルノフ将軍の二人の他に、二十人の龍士を引き連れて参りました」
「何、二十人だと」
マクシムは妖しく目を光らせた。
そして、明け方近い頃だった。
リューシスは床の中で熟睡していたが、ふと何かを感じ取り、意識を覚醒させた。
――来たか。
リューシスが上半身を起こし、目をやった窓の外では――
月が雲に隠れた夜空の下、黒い覆面で顔を隠し、上下を黒装束に身を包んだ数十人の男達が、息を殺してリューシスの宮殿の中の様子を窺っていた。
やがて、男達は互いに顔を見合わせると、一部は宮殿の入り口へ走り、一部は鉤縄などを使って壁をよじ登り始めた。
彼らは、リューシスの命を狙おうとする刺客たちと思われた。
しかしその時、一本の煌く銀線が闇を斬り裂いて疾り、壁を登っていた一人の男の背に深々と刺さった。
男は小さく悲鳴を上げて転落した。
他の仲間たちが驚いて下を見た。だがそれも束の間、再び数本の雷光が疾り、壁をよじ登って行く男達の背に次々と刺さって行った。
全ての男たちが大地に転落した時、暗闇の中から、のどかな口笛が聞こえた。そして、一人の男が合成弓の弦を指で弾きながら現れた。
甲冑姿のヴァレリー・チェルノフであった。背後には十人の部下を従えている。
「何者だ」
まだ壁を登っていなかった五、六人の男達がヴァレリーに向かって言い、長剣を構えた。
ヴァレリーは鼻で笑った。
「何者だ、とは笑わせる。お主らこそ何者だ。ここはローヤン帝国の第一皇子、リューシスパール殿下の宮殿であるぞ。何をしに来た」
ヴァレリーが余裕の笑みで言うと、男達は長剣を掲げながら無言で走って来た。
「皆、かかれ」
ヴァレリーは静かに命じた。
それに応じて、背後の部下達も無言で走る。
ダリアに言われた通り、しっかりと二時間ごとに三十分ほどの休憩を取ったのだが、何とその日の深夜一時過ぎにはアンラードに到着してしまった。
この日は、天がリューシスを憐れんだのか、偶然にも北東の風が吹いていた。その追い風に乗れたとは言え、それでも驚異的な速さであった。
この当時、皇帝の葬礼は夜通し行われる。
葬儀場は、宮城内の北側にある広い一室に設けられる。
ローヤン民族の故郷は北方高原である為、死後に故郷へ帰りやすくなるように、と言う意味がある。
その意味では、ローヤン民族と言うのは、それほどハンウェイ人文化に染まり切っていないのかも知れなかった。
そして、宮城の北門は開け放たれ、葬儀場も開放されて、アンラードの一般市民の弔問も許されていた。
それ故、朝廷の臣たちは、文官武官を問わず、交代をしながら徹夜でそれらの対応に当たっていた。
リューシスはアンラードに到着すると、かつての自身の宮殿に飛龍たちを止め、喪服に着替えてすぐに皆で葬儀場に向かった。
葬儀場に近付くに連れ、女たちの大泣きする声が響いて来る。
皇帝の葬儀に参列する者は、喪主の皇后を始め、皇族や臣下たちも皆、皇帝の死去を悲しんでわざと大袈裟に泣かなければいけない。
それだけでなく、更に葬儀の時に泣くことを専門職とする、泣き女と呼ばれる女たちが周囲に集まって泣きまくる。
これは、ハンウェイ人の文化である。
しかし、リューシスはこの習慣を嫌っていた。
――相変わらず大袈裟な。感情のままに泣けばいいだろうが。
リューシスは鬱陶しく思いながら、葬儀場に入った。
その時、葬儀場の入口には、七龍将軍のダルコ・カザンキナがいた。
ダルコは、リューシスを見て目を瞠って驚いた。
「リューシス殿下……な、何故ここに?」
「おかしいか? 俺は一応父上の長男であり、第一皇子だ。葬礼に来るのは当たり前だろう?」
リューシスは薄笑いで言った。
「そうですが……あのルード・シェン山からもうここまで?」
「うちの飛龍たちは、普通の飛龍とは桁違いの能力なんだよ」
リューシスは笑いながら言うと、もうダルコには構わずに中に入った。
中には、四方の壁と天井に、金銀の刺繍が入った紅い幕が張られている。これはローヤン人の葬儀の伝統である。
更に、中央最奥の壁には、二頭の飛龍が天に向かって昇って行く様を描いた大きな絵が飾られ、その前に段が設置され、その上にイジャスラフの棺が置かれていた。
リューシスは、イェダー、ヴァレリーらを背後に連れて、最奥のイジャスラフの棺に向って真っすぐに歩いて行った。
しかし、その右脇に、喪主を務める皇后ナターシア、次期皇帝となる皇太子にして異母弟のバルタザールを見つけると、まずはそちらに歩み寄って、深々と頭を下げた。
白装束のバルタザールは、まだ本心から泣いており、表情は憔悴していた。
だが、バルタザールはリューシスを見た途端に、顔をひきつらせた。
「あ、兄上……」
「バルタ、久しぶりだな……」
「あ、あ……」
バルタザールは何か言おうとしたが、言葉が出て来ない。
「辛いだろうが、もう明後日にはお前が次の皇帝なんだ。しっかりな。俺は引き続きルード・シェン山にいるが、全力でお前を支えるからな」
リューシスは、バルタザールの両肩を叩いた。
「あ、兄上。わ、私は、私は……あの時……」
バルタザールは泣き顔のまま言葉を詰まらせた。
「言うな」
リューシスは短く言うと、バルタザールを抱きしめた。
「父上の血を分け合った兄弟は俺とお前の二人だけなんだ」
バルタザールは顔を歪め、嗚咽した。
そして、リューシスは手を放すと、再びバルタザールの肩をぽんぽんと叩いた後、今度はナターシアの方を向いた。
「継母上、お気を落とされぬよう」
ナターシアはもう泣いていなかったが、その両目は赤くなっていた。
「ええ。私なら心配しなくても良いです。リューシス、あなたこそ辛いでしょう」
リューシスがナターシアに会うのは、あのアンラードの事件以来である。
しかし、ナターシアは平然とした顔で言った。
リューシスは、複雑な想いを抱きながら、
「はい、未だに信じられない気持ちです」
「それにしても、随分と早かったですね」
「棺に釘を打ってしまう前に、どうしても父上の顔を見たかったので」
「そうですか。では、是非お顔を見て上げて、陛下と最後のお別れを」
「はい」
リューシスは再び頭を下げると、数段上に置かれたイジャスラフの棺に歩み寄り、その前に立った。
この時代、皇帝、皇族の遺体は、腐敗を防ぐ為に、氷を敷き詰めた棺の中に置かれる。
夏だと氷が溶けてしまい、何度も氷を入れ替えたりして面倒なことになるが、今は厳冬である。氷は溶けることなく、イジャスラフの遺体も状態は良かった。
棺の中のイジャスラフには、死に化粧が施されているせいか、顔色は良く見えた。
また、以前ルード・シェン山で会った時と同じく、頬にも肉があって健康そうに見え、顔は安らかであった。だが、褐色だった頭髪の半分ほどが白くなっていた。
度々来ていたイジャスラフからの手紙の中に、「再び親政を始めて忙しくなったせいか、白髪が増えた」と書いてあったことを思い出した。
――急に無理をし過ぎたのが良くなかったかな
リューシスはそう考えると、
――少しはアンラードへ来て、父上の手伝いをすれば良かった……。
と、自らの怠惰さを悔やんだ。
リューシスは目を閉じて、棺の中のイジャスラフに向かって合掌した。
すると、自然と涙がこぼれてくる。そして、一度涙が出ると、止まらなくなった。
リューシスは、溢れ出る涙を堪えることができず、声を漏らして号泣した。
背後に続いているイェダーとヴァレリー、他の兵士らも泣いていた。
その後、リューシスは涙が止まると、もう一度棺の中のイジャスラフの顔を見て、その頬を撫で、額に触った。
敷き詰められた氷の上にあることと、厳冬であることから、イジャスラフの身体は冷たい。
しかし、リューシスには父親の体温を感じられた気がした。
――父上、お別れですね。どうか安らかに。
リューシスは、心の中で別れの言葉を呟いた。
その後、名残惜しむかのように、しばしイジャスラフの死に顔を見つめた後、想いを振り切るかのように、さっと踵を返し、足早に葬儀場を出た。
すると、葬儀場を出たところで、偶然ビーウェン・ワンに会った。
ビーウェンは七龍将と言う身分にも関わらず、冑こそ被っていないが鎧姿で、部下たちを引き連れて自ら巡視していた。
「おお、これは殿下。随分早いお着きですな」
ビーウェンは、突然見た、久しぶりのリューシスの姿に驚きながら言った。
「明日になったら納棺されてしまう。そうなったら父上の顔は見られないからな。急いで来たんだよ」
「そうでしたか。流石にルード・シェン山の飛龍たちは能力が違いますな」
「まあな……それよりもビーウェン、元気だったか? お前も少し白髪が増えたんじゃないか?」
リューシスは、からかうように言った。
「ははは。しかし、この腕はまだまだ衰えておりませんぞ」
ビーウェンは、甲冑の上から太い腕を擦った。
「そうか、頼むぜ。ローヤン帝国軍の支柱はお前だからな」
「いえいえ、それは今や殿下でしょう」
ビーウェンがすぐに返答すると、リューシスは「まさか。俺はルード・シェン山の合法山賊だ」と、冗談めかして笑った後、
「ビーウェン。手紙では色々と気遣ってくれたが、俺は大丈夫だ。今の俺には安心できる場所があり、信頼できる仲間たちがいる。それよりも、バルタザールを頼む。あいつはまだ十代だ。それなのに次の皇帝にならなければならない。その重圧は尋常じゃないはずだ」
リューシスが真面目な顔で言うと、ビーウェンは力強く両手を組んだ。
「承知しております。身命を賭して新帝陛下にお仕えする所存です」
それから、リューシスら一行は皆、リューシスの宮殿内の部屋に宿泊した。
リューシスの宮殿は、リューシスらがアンラードから出て行った後も、誰かが使用するでもなくそのままにされていた。
しかも、定期的に掃除もされていたと言う。
それらは皆、イジャスラフの指示であった。
「あの馬鹿息子がいつ帰って来ても良いようにな」
イジャスラフはそう言って微笑しながら、自ら掃除の指揮をしていたと言う。
それを聞いて、リューシスは目頭が熱くなった。
「さあ、明日は早い。とっとと寝ようか」
リューシスは涙を拭い、荷を解いた後、早々に床に入った。
「何? リューシス殿下が来た?」
すでに就寝していたマクシムは、深夜にも関わらず扉を叩いて来た側近の報告を聞き、驚いて上半身を起こした。
「ルード・シェン山からここまでは150コーリー(km)以上もある。普通に飛龍を代えて乗り継いでもとても半日で来られる距離ではない。何という恐ろしい飛龍たちだ」
寝ぼけ眼でも、そうやって計算をするマクシムは流石であった。
「いや、そうやってわずか半日で来ようとする殿下の思考の方が恐ろしいか……」
マクシムはそう言ったが、大きなあくびを一つすると、
「好かぬお方であるが、何と言っても第一皇子。一応は挨拶せねばならんかな」
と言ったが、側近は、
「殿下はもうお休みになられたようです」
「そうか。では明日でいいか……」
と、マクシムは言いかけたが、急に鋭い目つきとなり、
「待て。殿下は飛龍に乗って来たんだな? ルード・シェン山の飛龍の能力は確かに桁違いだが、数は多くない。殿下は何人で来たんだ?」
「側近のイェダー・ロウ将軍、ヴァレリー・チェルノフ将軍の二人の他に、二十人の龍士を引き連れて参りました」
「何、二十人だと」
マクシムは妖しく目を光らせた。
そして、明け方近い頃だった。
リューシスは床の中で熟睡していたが、ふと何かを感じ取り、意識を覚醒させた。
――来たか。
リューシスが上半身を起こし、目をやった窓の外では――
月が雲に隠れた夜空の下、黒い覆面で顔を隠し、上下を黒装束に身を包んだ数十人の男達が、息を殺してリューシスの宮殿の中の様子を窺っていた。
やがて、男達は互いに顔を見合わせると、一部は宮殿の入り口へ走り、一部は鉤縄などを使って壁をよじ登り始めた。
彼らは、リューシスの命を狙おうとする刺客たちと思われた。
しかしその時、一本の煌く銀線が闇を斬り裂いて疾り、壁を登っていた一人の男の背に深々と刺さった。
男は小さく悲鳴を上げて転落した。
他の仲間たちが驚いて下を見た。だがそれも束の間、再び数本の雷光が疾り、壁をよじ登って行く男達の背に次々と刺さって行った。
全ての男たちが大地に転落した時、暗闇の中から、のどかな口笛が聞こえた。そして、一人の男が合成弓の弦を指で弾きながら現れた。
甲冑姿のヴァレリー・チェルノフであった。背後には十人の部下を従えている。
「何者だ」
まだ壁を登っていなかった五、六人の男達がヴァレリーに向かって言い、長剣を構えた。
ヴァレリーは鼻で笑った。
「何者だ、とは笑わせる。お主らこそ何者だ。ここはローヤン帝国の第一皇子、リューシスパール殿下の宮殿であるぞ。何をしに来た」
ヴァレリーが余裕の笑みで言うと、男達は長剣を掲げながら無言で走って来た。
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ヴァレリーは静かに命じた。
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