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ルード・シェン山攻防戦 リューシス対マクシム
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一方、そのマクシムを総大将とするリューシス討伐軍の本陣では、参戦している武将全員を集めての軍議が開かれていた。
居並ぶのは、七龍将軍のビーウェン・ワン、ルスラン・ナビウリンと、先日のアーサイ川の戦いで敗北した後に残兵と共に駆け付けて来たダルコ・カザンキナ。
ダルコは、このリューシス討伐軍に残兵と共に駆け付けて来た時、丞相マクシムの前で地に額をつけて敗戦を謝罪した。
「七龍将軍の一人でありながら半数の敵相手に負けると言う失態。いかなる処罰でも受ける所存でございます」
だが、マクシムは片膝をつき、ダルコの肩に手を置いて優しく言った。
「構わん。勝敗は兵家の常と言う。七龍将軍であろうと負けることはあろう。それに相手はあのリューシス殿下だ。仕方あるまい。それよりはこの戦でより戦功を挙げて挽回せよ」
「はっ……必ずや」
ダルコは、唇を噛み締めて再び頭を下げた。
この三人の他に参陣しているのは、七龍将軍のすぐ下の階級に当たる「十四紅将軍」のうちの五人、と、錚々たる顔ぶれである。
その諸将らに、マクシムはまず策を求めた。
「さて、諸君。これからあのルード・シェン山を攻めるに当たり、皆の意見を聞きたい」
すると、彼らの間から次々に意見が出る。
「あの川に挟まれた断崖絶壁。初めて見たが尋常ではない。正攻法は無駄と存じます」
「何、それでも殿下らは一千五百人と言う少なさ。一度登り切ってしまえばあとは力で押せよう」
「いや、そもそも、あの崖を登るのが難儀だ。そこから考えねばならぬ」
「ここは夜襲を用いるのはどうか」
などと、積極的な議論が続いた。
だが最後に、絶対的な権力を持つマクシムの鶴の一声で、まずは崖を登って攻撃を仕掛けると言う正攻法を取ることが決まった。
そして早速、マクシム軍によるルード・シェン山総攻撃が始まった。
約二万五千人の軍勢を一千人ずつの部隊に分け、ルード・シェン山の南側、南西側から攻め寄せる。
共に連れて来ているローヤン自慢の飛龍隊三百人は、それぞれ兵士を一人ずつ乗せて飛空高度の限界である30~40メイリの高さを飛んで岩肌まで行き、そこから兵士が飛びついてよじ登って行く。
その他の歩兵らは、船に乗ってユエン河を渡り、そこから崖を登って行く。
しかし当然のことであるが――
「無策の正攻法かよ」
リューシスはそれを見て嘲笑うと、
「軽くあしらってやれ」
と、バーレンやヴァレリーらに命じた。
リューシス軍は、あらかじめ用意していた煮え滾った熱湯を崖の上から振りまいた。
登って来ている兵士らは、たまらず悲鳴を上げて落ちて行く。その下に続いて登って来ている兵士らも、上から落下して来る兵士らに押されて次々と転げ落ちて行く。
また、リューシス軍は、居館や兵営の建設、金鉱や宝玉の採掘の際に出た、大量の石を用意していた。それらを、崖下に向けて一斉に投げつけ、更に崖縁に立つ弓兵らが、次々に矢を射かける。
それだけでなく、リューシス親衛隊の龍士たちが、ルード・シェン山に元々いた野生の飛龍たちに乗って山頂から出撃した。ルード・シェン山の野生の飛龍たちは、全部で五十頭近くいた。
数は少ないが、飛龍の常識を遥かに超える能力を持つ彼らによる攻撃力は侮れない。
「何だあの飛龍たちは? 何故あんな高さを飛べるんだ!」
マクシム軍の飛龍隊の龍士たちは仰天した。そこへ、崖から飛び立ったリューシス軍飛龍隊による弓矢の一斉射撃が降り注ぐ。
マクシム軍の飛龍隊も応戦して上空に向けて矢を放ったが、この高低差ではリューシス軍飛龍隊の方が圧倒的に有利である。マクシム軍の飛龍隊は、次々と矢に打ち抜かれてユエン河に墜落して行った。
ユエン河のあちこちで悲鳴と共に水煙が噴き上がり、水中にマクシム軍の兵士らが沈み、流れが血で赤くなって行く。
リューシス軍は一兵の犠牲者も出ないのに対し、マクシム軍は犠牲者の数を虚しく積み上げて行った。
そんな劣勢の指揮を執っていたビーウェンのところに、同じ七龍将のルスラン・ナビウリンが馬を駆ってやって来た。
「なあワンさん。こんな攻め方でいいのかねえ。こっち側の犠牲者ばかりが増えて行くだけだぜ」
言葉の内容とは逆に、ルスランは気楽な調子で言った。
彼は、七龍将の中で最も明るく陽気な男である。例えば、戦場で劣勢な局面の時でも、その持前の陽気さと明るさで兵士らを鼓舞して牽引し、最小限の損害に食い留めて撤退に導く。時には逆転してしまうこともある。
その性格は、髪に白いものが混じり始めた四十七歳でも変わりない。
ダルコのようにハンウェイ人差別意識も全くなく、ビーウェンとも仲が良い。むしろ親友の間柄で、年上のビーウェンのことを親しみを込めて「ワンさん」と呼ぶ。
「正直なところ、あれほどの岩山が相手では、作戦も何もないからな。城ではなく岩山だから、下から穴を掘って中に侵入する、なんてこともできない。……私は、殿下らの軍を何とかしてあの山頂から誘き出して叩くのが一番いいと思うのだが、あの殿下は何をしても出てこないであろうしな」
ビーウェンは、険しい顔で山頂を睨んで言った。
「だけどこのまま正面から攻めるだけじゃなあ」
ルスランは、ルード・シェン山の方を見て溜息をついた。
こうして見ている間にも、岩肌から何人もの兵士が傷を受けて落下して行く。
「丞相は、若い頃こそ何度か戦場に出向いて武功も挙げているが、本来は文官だし、ここ十数年は戦もしていない。言っちゃ悪いが、あの丞相が総大将じゃ不安しかないぜ」
ルスランが笑いながら言うと、ビーウェンは眉をひそめてたしなめた。
「ルスランどの、言葉を慎めなされ」
「おっと、これはいけねえな。聞かれてないよな」
ルスランは周囲を見回したが、その顔はまだ笑っている。
ビーウェンはそれを見て苦笑すると、
「まあ、だが、丞相の胸のうちには何らかの策があると思うぞ」
「策?」
「ああ。元々は文官とは言え、丞相にまでなったお方だ。きっと何か秘策を考えていると思う。ただ、どこからか漏れるのを恐れて今はまだ明らかにしていないだけだろう。今日の丞相を見ていてそう感じた」
「ほう、なるほどな。それは期待しよう」
ルスランは気楽な調子で笑った。
しかし、ビーウェンの考えは違った。
――丞相に秘策があるとしても、果たしてそれが通じるか……リューシス殿下は並の武将ではないのだ。
ビーウェンは険しい顔で山頂を睨み上げた。
だが、その顔が段々と苦悶の表情になって行った。
幼少の頃からリューシスを見て来て、彼の武芸の師匠まで務めていたビーウェンである。
個人的にもリューシスを好んでいるのもあるが、皇子でありながらも驚異的な将才と不思議な人間的魅力を持つリューシスは、ローヤン帝国にはなくてはならない人物だと思っている。それ故、アンラードで処刑されるところを、密かに手を回して救ったのだ。
だが今、そのリューシスを攻めなければならない。
七龍将軍の一人として、命令には逆らえない。
――リューシス殿下……。
ビーウェンは、苦渋の表情で目を閉じた。
マクシム軍の正面からの攻撃は、三日間に渡り続いた。
だが、リューシス軍の防戦に阻まれ、マクシム軍は一人も山頂に到達することができないばかりか、犠牲者の数を山と積み上げて行くだけであった。
この三日間で、マクシム軍の死傷者の数はなんと五千人を超えた。それに対して、リューシス軍は一兵も失っていないどころか、誰一人としてかすり傷すら負っていない。
これに対しては、流石にマクシム軍の諸将の間からも不満の声が上がった。
だが、その三日目の夜の軍議で、マクシムは一つの策を明らかにした。
「無闇に攻めているわけではない。これは私の考えている策を成功させる為の布石だ」
列席している諸将の間から、ざわめきと共に甲冑が擦れる金属音が響いた。
「初日、夜襲と言う案が諸君らから出た。しかし、リューシス殿下とあのルード・シェン山を相手には、ただの夜襲では失敗するであろう。そこで、この三日間、まず諸君らに日中の間だけ、あの山の西南部、南部を中心に攻め、後は東側からも少し攻めさせた。だが、北からは一度も攻めていない。これで、我らの陣営の位置の関係もあり、奴らは北側の防備への意識が薄くなっているはずだ。実際、先程龍士ら数人を密かに北側に偵察に向わせたところ、北側の防備はほとんどしていないように見えたと、報告が来た。これこそ私が狙っていた好機である」
マクシムは皆を見回した後、一呼吸置いてから強い口調で言った。
「そして、この三日間、まだ夜襲は一度も行っていない。明日の夜には、奴らの警戒心もすでに薄れ、眠りこけているであろう。そこへ、明日の夜半過ぎ、奴らが攻めて来るとは思っていない北側へ一軍を密かに回り込ませ、北側から一気に崖を登って攻め込むのだ」
マクシムが明かしたこの策に、諸将の間から感嘆の声が上がった。
「流石は丞相」
「妙策ですな」
皆、マクシムの策を称賛した。
だが、ビーウェンの顔は雲っていた。
――悪くないがまだ甘い。
嫌な予感しかしなかった。
もう一人、難しい顔をしていた将がいた。
ダルコであった。彼は「丞相」と言って進み出て、
「流石は丞相、素晴らしい秘策であると存じます。しかし、確かリューシス殿下は昔、ある戦で似たような作戦を使ったことがあると記憶しております。それが成功するかどうか、私は不安を感じます」
だがマクシムは、自信に満ちた顔を見せた。
「心配はいらん。この三日間、我らの犠牲者が増えるばかりで、奴らは一兵の犠牲者どころか、傷を受けた者すらいない。きっと安心しきって、今頃は油断も生まれているはずだ」
「はっ……」
ダルコは、それ以上は反論できず、頭を下げた。
翌日、マクシムの言葉通り、マクシム軍の兵士らは、また南部を中心として、正面から攻め寄せて行った。
だが、それまでと同じように、リューシス軍に容易く撃退され、兵士らは次々とユエン河に落下して流れを赤く染めて行く。
その様を、山頂の崖縁から指揮をしながら見ているリューシス、ネイマン、イェダーの三人。
「近衛軍の連中と言っても大したことはねえな。しかもずっと馬鹿正直に正面から登って来るだけでよ」
ネイマンが馬鹿にしたように笑うと、
「しかも、それがもう四日連続だ」
隣のイェダーも苦笑した。
だが、リューシスは笑っていなかった。
真面目な顔で、敵の攻撃の勢いや河向うの陣営の様子を、注意深く観察するように見回していた。
やがて、ふふっと笑うと、紅い戦袍の裾を翻して歩いて行った。
居並ぶのは、七龍将軍のビーウェン・ワン、ルスラン・ナビウリンと、先日のアーサイ川の戦いで敗北した後に残兵と共に駆け付けて来たダルコ・カザンキナ。
ダルコは、このリューシス討伐軍に残兵と共に駆け付けて来た時、丞相マクシムの前で地に額をつけて敗戦を謝罪した。
「七龍将軍の一人でありながら半数の敵相手に負けると言う失態。いかなる処罰でも受ける所存でございます」
だが、マクシムは片膝をつき、ダルコの肩に手を置いて優しく言った。
「構わん。勝敗は兵家の常と言う。七龍将軍であろうと負けることはあろう。それに相手はあのリューシス殿下だ。仕方あるまい。それよりはこの戦でより戦功を挙げて挽回せよ」
「はっ……必ずや」
ダルコは、唇を噛み締めて再び頭を下げた。
この三人の他に参陣しているのは、七龍将軍のすぐ下の階級に当たる「十四紅将軍」のうちの五人、と、錚々たる顔ぶれである。
その諸将らに、マクシムはまず策を求めた。
「さて、諸君。これからあのルード・シェン山を攻めるに当たり、皆の意見を聞きたい」
すると、彼らの間から次々に意見が出る。
「あの川に挟まれた断崖絶壁。初めて見たが尋常ではない。正攻法は無駄と存じます」
「何、それでも殿下らは一千五百人と言う少なさ。一度登り切ってしまえばあとは力で押せよう」
「いや、そもそも、あの崖を登るのが難儀だ。そこから考えねばならぬ」
「ここは夜襲を用いるのはどうか」
などと、積極的な議論が続いた。
だが最後に、絶対的な権力を持つマクシムの鶴の一声で、まずは崖を登って攻撃を仕掛けると言う正攻法を取ることが決まった。
そして早速、マクシム軍によるルード・シェン山総攻撃が始まった。
約二万五千人の軍勢を一千人ずつの部隊に分け、ルード・シェン山の南側、南西側から攻め寄せる。
共に連れて来ているローヤン自慢の飛龍隊三百人は、それぞれ兵士を一人ずつ乗せて飛空高度の限界である30~40メイリの高さを飛んで岩肌まで行き、そこから兵士が飛びついてよじ登って行く。
その他の歩兵らは、船に乗ってユエン河を渡り、そこから崖を登って行く。
しかし当然のことであるが――
「無策の正攻法かよ」
リューシスはそれを見て嘲笑うと、
「軽くあしらってやれ」
と、バーレンやヴァレリーらに命じた。
リューシス軍は、あらかじめ用意していた煮え滾った熱湯を崖の上から振りまいた。
登って来ている兵士らは、たまらず悲鳴を上げて落ちて行く。その下に続いて登って来ている兵士らも、上から落下して来る兵士らに押されて次々と転げ落ちて行く。
また、リューシス軍は、居館や兵営の建設、金鉱や宝玉の採掘の際に出た、大量の石を用意していた。それらを、崖下に向けて一斉に投げつけ、更に崖縁に立つ弓兵らが、次々に矢を射かける。
それだけでなく、リューシス親衛隊の龍士たちが、ルード・シェン山に元々いた野生の飛龍たちに乗って山頂から出撃した。ルード・シェン山の野生の飛龍たちは、全部で五十頭近くいた。
数は少ないが、飛龍の常識を遥かに超える能力を持つ彼らによる攻撃力は侮れない。
「何だあの飛龍たちは? 何故あんな高さを飛べるんだ!」
マクシム軍の飛龍隊の龍士たちは仰天した。そこへ、崖から飛び立ったリューシス軍飛龍隊による弓矢の一斉射撃が降り注ぐ。
マクシム軍の飛龍隊も応戦して上空に向けて矢を放ったが、この高低差ではリューシス軍飛龍隊の方が圧倒的に有利である。マクシム軍の飛龍隊は、次々と矢に打ち抜かれてユエン河に墜落して行った。
ユエン河のあちこちで悲鳴と共に水煙が噴き上がり、水中にマクシム軍の兵士らが沈み、流れが血で赤くなって行く。
リューシス軍は一兵の犠牲者も出ないのに対し、マクシム軍は犠牲者の数を虚しく積み上げて行った。
そんな劣勢の指揮を執っていたビーウェンのところに、同じ七龍将のルスラン・ナビウリンが馬を駆ってやって来た。
「なあワンさん。こんな攻め方でいいのかねえ。こっち側の犠牲者ばかりが増えて行くだけだぜ」
言葉の内容とは逆に、ルスランは気楽な調子で言った。
彼は、七龍将の中で最も明るく陽気な男である。例えば、戦場で劣勢な局面の時でも、その持前の陽気さと明るさで兵士らを鼓舞して牽引し、最小限の損害に食い留めて撤退に導く。時には逆転してしまうこともある。
その性格は、髪に白いものが混じり始めた四十七歳でも変わりない。
ダルコのようにハンウェイ人差別意識も全くなく、ビーウェンとも仲が良い。むしろ親友の間柄で、年上のビーウェンのことを親しみを込めて「ワンさん」と呼ぶ。
「正直なところ、あれほどの岩山が相手では、作戦も何もないからな。城ではなく岩山だから、下から穴を掘って中に侵入する、なんてこともできない。……私は、殿下らの軍を何とかしてあの山頂から誘き出して叩くのが一番いいと思うのだが、あの殿下は何をしても出てこないであろうしな」
ビーウェンは、険しい顔で山頂を睨んで言った。
「だけどこのまま正面から攻めるだけじゃなあ」
ルスランは、ルード・シェン山の方を見て溜息をついた。
こうして見ている間にも、岩肌から何人もの兵士が傷を受けて落下して行く。
「丞相は、若い頃こそ何度か戦場に出向いて武功も挙げているが、本来は文官だし、ここ十数年は戦もしていない。言っちゃ悪いが、あの丞相が総大将じゃ不安しかないぜ」
ルスランが笑いながら言うと、ビーウェンは眉をひそめてたしなめた。
「ルスランどの、言葉を慎めなされ」
「おっと、これはいけねえな。聞かれてないよな」
ルスランは周囲を見回したが、その顔はまだ笑っている。
ビーウェンはそれを見て苦笑すると、
「まあ、だが、丞相の胸のうちには何らかの策があると思うぞ」
「策?」
「ああ。元々は文官とは言え、丞相にまでなったお方だ。きっと何か秘策を考えていると思う。ただ、どこからか漏れるのを恐れて今はまだ明らかにしていないだけだろう。今日の丞相を見ていてそう感じた」
「ほう、なるほどな。それは期待しよう」
ルスランは気楽な調子で笑った。
しかし、ビーウェンの考えは違った。
――丞相に秘策があるとしても、果たしてそれが通じるか……リューシス殿下は並の武将ではないのだ。
ビーウェンは険しい顔で山頂を睨み上げた。
だが、その顔が段々と苦悶の表情になって行った。
幼少の頃からリューシスを見て来て、彼の武芸の師匠まで務めていたビーウェンである。
個人的にもリューシスを好んでいるのもあるが、皇子でありながらも驚異的な将才と不思議な人間的魅力を持つリューシスは、ローヤン帝国にはなくてはならない人物だと思っている。それ故、アンラードで処刑されるところを、密かに手を回して救ったのだ。
だが今、そのリューシスを攻めなければならない。
七龍将軍の一人として、命令には逆らえない。
――リューシス殿下……。
ビーウェンは、苦渋の表情で目を閉じた。
マクシム軍の正面からの攻撃は、三日間に渡り続いた。
だが、リューシス軍の防戦に阻まれ、マクシム軍は一人も山頂に到達することができないばかりか、犠牲者の数を山と積み上げて行くだけであった。
この三日間で、マクシム軍の死傷者の数はなんと五千人を超えた。それに対して、リューシス軍は一兵も失っていないどころか、誰一人としてかすり傷すら負っていない。
これに対しては、流石にマクシム軍の諸将の間からも不満の声が上がった。
だが、その三日目の夜の軍議で、マクシムは一つの策を明らかにした。
「無闇に攻めているわけではない。これは私の考えている策を成功させる為の布石だ」
列席している諸将の間から、ざわめきと共に甲冑が擦れる金属音が響いた。
「初日、夜襲と言う案が諸君らから出た。しかし、リューシス殿下とあのルード・シェン山を相手には、ただの夜襲では失敗するであろう。そこで、この三日間、まず諸君らに日中の間だけ、あの山の西南部、南部を中心に攻め、後は東側からも少し攻めさせた。だが、北からは一度も攻めていない。これで、我らの陣営の位置の関係もあり、奴らは北側の防備への意識が薄くなっているはずだ。実際、先程龍士ら数人を密かに北側に偵察に向わせたところ、北側の防備はほとんどしていないように見えたと、報告が来た。これこそ私が狙っていた好機である」
マクシムは皆を見回した後、一呼吸置いてから強い口調で言った。
「そして、この三日間、まだ夜襲は一度も行っていない。明日の夜には、奴らの警戒心もすでに薄れ、眠りこけているであろう。そこへ、明日の夜半過ぎ、奴らが攻めて来るとは思っていない北側へ一軍を密かに回り込ませ、北側から一気に崖を登って攻め込むのだ」
マクシムが明かしたこの策に、諸将の間から感嘆の声が上がった。
「流石は丞相」
「妙策ですな」
皆、マクシムの策を称賛した。
だが、ビーウェンの顔は雲っていた。
――悪くないがまだ甘い。
嫌な予感しかしなかった。
もう一人、難しい顔をしていた将がいた。
ダルコであった。彼は「丞相」と言って進み出て、
「流石は丞相、素晴らしい秘策であると存じます。しかし、確かリューシス殿下は昔、ある戦で似たような作戦を使ったことがあると記憶しております。それが成功するかどうか、私は不安を感じます」
だがマクシムは、自信に満ちた顔を見せた。
「心配はいらん。この三日間、我らの犠牲者が増えるばかりで、奴らは一兵の犠牲者どころか、傷を受けた者すらいない。きっと安心しきって、今頃は油断も生まれているはずだ」
「はっ……」
ダルコは、それ以上は反論できず、頭を下げた。
翌日、マクシムの言葉通り、マクシム軍の兵士らは、また南部を中心として、正面から攻め寄せて行った。
だが、それまでと同じように、リューシス軍に容易く撃退され、兵士らは次々とユエン河に落下して流れを赤く染めて行く。
その様を、山頂の崖縁から指揮をしながら見ているリューシス、ネイマン、イェダーの三人。
「近衛軍の連中と言っても大したことはねえな。しかもずっと馬鹿正直に正面から登って来るだけでよ」
ネイマンが馬鹿にしたように笑うと、
「しかも、それがもう四日連続だ」
隣のイェダーも苦笑した。
だが、リューシスは笑っていなかった。
真面目な顔で、敵の攻撃の勢いや河向うの陣営の様子を、注意深く観察するように見回していた。
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