紅き龍棲の玉座

五月雨輝

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シーザーの計略

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「え、失敗ですか?」
「ああ。本当にシーザーやガルシャワの奴らがその宴を開くならな」
「…………」

 ヴァレリーが飲み込めないような表情となった。

「恐らくこれは罠だと思う。シーザーが反乱分子を炙り出す為のな」

 リューシスが褐色の瞳を光らせた。

「宴自体が罠だと言うことですか?」
「ああ。半月後と言っても、ガルシャワがこのクージンを支配下に収めてから、まだ一月も経っていない。シーザーが、統治体制も固まらず、人心もまだ落ち着いていないこの時期に、ガルシャワ軍幹部だけでなく、全軍の兵士たちにまで酒を振る舞うような大宴会を開くとはちょっと考えにくい」

「あ……」
「ならば、これは兵士にまで酒を振る舞うと言う大きな隙を作ることにより、わざとお前たち反乱勢力に反乱を起こさせ、その機会に反乱勢力を一掃するつもりなのではないか? 宴は、何らかの方法で形だけにして、皆酔っ払って眠ったふりをしながら、実は待ち構える体勢を整え、反乱の兵を挙げたお前たちを一網打尽にする。シーザーの考えている策はこんなところだろう」
「何と……」

 ヴァレリーは愕然とした。

「このクージンは、ベン・ハーベン独断による無血開城だ。お前たちのような不満を抱いている反乱分子がいるであろうことは、シーザーだって当然わかっているだろう。早くクージンの統治体制を安定させたいシーザーにすれば、そう言う連中は早目に炙り出して取り除いておきたいだろう」
「なるほど……言われてみれば確かにその通りかも知れません」

 ヴァレリーは青い顔で冷や汗をかいた。

「危なかった、まんまとシーザーの策にはめられてしまうところでした。言われてみれば単純なことだ。何故気付かなかったのだろう」
「それは仕方ない。策をしかけようとしている者は、自分が逆に策にはめられているとは考えにくいものだからな」
「なるほど。勉強になりました。以後、注意するようにいたします」
「俺もあまり偉そうには言えないけどな……アンラードではマクシムにやられっぱなしだったから」

 リューシスは白目気味で苦笑いをして、

「まあ、だから、今回の作戦はやめておく方がいい」
「はっ。承知いたしました。しかし……折角同志も予想より速く集まっている中、このままガルシャワの支配に甘んじているのも悔しいところです」

 ヴァレリーは、卓の下で拳を握りしめた。
 その震える拳を見て、リューシスは再び真剣な顔となった。

「まあ、そうだな……俺としてもクージンがこのままガルシャワに盗られたままなのはしゃくだ……だが、シーザーが反乱を警戒するどころか、その反乱を起こすのを待っているこの時期に、クージンを奪還するのは並大抵のことじゃない」

 と、思案しながら言葉を継ぐ。

「一番良いのは、俺が自分の領地であるランファンに着いた後に、連絡を取り合い、再び計画を練り直すことだろうな……マクシムが追討軍を差し向けて来るだろうが……俺もランファンに行けば自由に動ける。だが……時間が経てば経つほど、ここの統治体制は安定して行き、奪還は難しくなって行ってしまう……」
「…………」
「まあ……とりあえず、まずはイーハオの救出が先だ。この件はその後に考えよう」
「はっ」


 そして翌日、再びリューシスらはそれぞれ捜索に出た。

 リューシスとネイマンは、城外の貧民街、夜になると闇の店が立つ区域などに行って聞きこみをして回った。しかし、そこでも目ぼしい情報は出て来なかった。

 だが一つだけ、気になることを耳に挟んだ。
 クージンより北、わずか二十コーリーほどの場所にある、ホウロー山と言う山にいる山賊の一人を、昨日街で見かけたと言うのだ。

 見たと言う男は、元々付近の小さな盗賊集団にいたが、捕らえられて牢獄に放り込まれて以後、足を洗い、今は真面目に働いている。
 その男が盗賊集団にいた時の仲間に、無類のスリの名人がいたのだが、噂では今はホウロー山の山賊集団にいると言う。そのスリの名人だった男が、昨日街中で歩いているのを見たと言うのだ。

「なるほど、スリの名人か……しかも昨日。それは怪しいな」

 腕を組んだリューシスに、見たと言う男は首を横に振って続けた。

「だけどねえ、そいつは結構な臆病者なんですよ。それ故にスリなんて言う、盗みの中でもちんけな技に長けたわけですが……。なので、とてもそんな、政庁に忍び込んでご大層なお宝を盗めるような男じゃございません。奴ではないと思いますね」
「そうか……」

 リューシスは顔を曇らせた。

 結局その日も、リューシスらは皆、特に目ぼしい情報は得られなかった。
 一同の胸にじりじりとした焦燥が広がる。

 そして翌日。期限の前日である。

 夕刻近くになって、リューシスとネイマンは、裏社会の情報屋であるジンバオの茶問屋に行った。
 クージンの囚人たち全てに聞き込みを終えた結果、今日も何も成果が得られなかったヴァレリーも同行した。
 
 奥の部屋に通されると、ジンバオは何冊も帳面を重ねた机の前に座って待っていた。
 だが、その顔は晴れやかではなかった。

「これはリュースさん、どうも」

 と、挨拶したジンバオの浮かない顔を見て、リューシスはすぐに悟った。

「駄目だったか」
「ええ。すみません。使える筋を全て使って調べてみたんですが、特にこれと言った情報はなかったのですよ」
「そうか……」

 リューシスは溜息をついて椅子に座った。
 ジンバオが、茶を淹れて差し出した。

「申し訳ございません」
「いや、構わない。仕方ない」

 リューシスは、茶を一口飲んだ後、

「だがジンバオどの、ホウロー山の山賊はどうだ? 何か聞いていないか?」
「ホウロー山?」
「ああ。今日、色々と訊いて回ったんだが、昔盗賊団にいたと言う男が、昔の仲間で今はホウロー山にいるスリの名人を街中で見たと言っていてな」
「なるほど、ホウロー山の賊。しかしそれはどうですかねえ。ホウロー山の連中は不思議な奴らで、民を襲ったり、街を襲ったりと言うことを一切しないのですよ」
「何?」

 リューシスが眉を動かすと、横からヴァレリーが言った。

「そう、およそ四年ほど前から現れたホウロー山の山賊どもは、どういうわけか民や街を襲うと言う山賊らしいことを一切しないのです。それどころか、盗みの類もしないのです。それ故に我らも、ガルシャワの侵攻に備えねばならぬこともあり、変な連中だが特に害が無いのならば後回しにしてもよいだろう、とのことで、討伐軍を出さずに放置しておいたのです」
「しかし……民や街を襲わない山賊など聞いたことがない。じゃあ、どうやって食ってるんだ? まさか山の中で自給自足か?」
「かもしれないですが……そこまでは詳しくは調べておりません」

 すると、ジンバオが言った。

「ホウロー山については、どういうわけかこの私もいまいち繋がりを持てませんでね……よくわからないのですよ。しかし、噂では禁制である塩の密売をしていると聞いたことがあります」
「塩? なるほど、そうか」

 リューシスが膝を叩いた。

「ええ。それが本当なら、民や街を襲わなくてもやって行けるでしょうな。塩の密売は莫大な利益を上げられますからな」
「そうか……俄然、怪しくなって来たな。ホウロー山か。」

 だが、ジンバオが首を横に振った。

「ですが、それにしてもです。ホウロー山の賊が、その覇王の何とかを狙ったとしても、無理だと思いますがね」
「うん?」
「まあ、私も今朝になって思ったんですがね……これはそもそもとても無理な話ですよ」
「無理?」

「ええ。よく考えてみますとね、天下第一とも言われるようなそれほどのお宝であったら、クージンの政庁内で厳重に管理されているはずです。恐らく、宝物庫ではなく、天法術ティエンファーが使えぬような地下の一室などにね。そんな物を気付かれずに盗み出して来るなんて、どんなに盗みの達人でも無理ですよ」
「…………!」

 その時、リューシスは電撃的に何かに閃き、目を光らせた。

「ですが、そこでまた、こうも思ったんですよ」

 と、ジンバオが言いかけたところに、リューシスが早口で言った。

「内部の人間と言うことか?」
「おお、鋭いですな。ええ、そうです。外からはとても無理ですが、内部の人間なら可能であるかも知れません」

 話は、そこで終わった。

 ジンバオの茶問屋の外に出ると、ヴァレリーが呻いた。

「なるほどな……内部の人間か……」
「言われてみればそれが一番可能性が高いかもなあ」

 ネイマンが言った。

「…………」

 リューシスは鋭い目つきとなり、虚空の一点を睨んで何か考え込んでいた。
 と、リューシスは突然周囲を見回した。また、何者かの視線を感じたような気がしたのである。
 しかし、人影まばらなその小路には、やはり怪しい人間は誰もいなかった。

「内部の人間だとしたら、これはまた私にしかできませんな。今からすぐにでも政庁に行き、調べてみましょう」

 ヴァレリーがリューシスに言った。
 だが、リューシスはそれに答えず、虚空を睨んだままであった。

「おい、どうした」

 ネイマンが不審がって訊くと、リューシスはネイマンとヴァレリーを見て言った。

「行かなくてもいい。政庁にどれだけの人間がいると思っている。今からじゃ、とても明日の日没までには間に合わない」
「しかし……」

 ヴァレリーが眉をしかめると、リューシスはまた一瞬無言で何か考えた後、

「無用だ。俺にはもう真犯人が誰だかわかった。玉璽のありかもな」

 と、大きな声で言った。

「何、本当かよ?」

 ネイマンが驚いた。

「ああ、人に聞かれるとまずい。ちょっと耳を貸してくれ」

 リューシスは、ネイマンとヴァレリーを近寄らせ、その耳元にひそひそと何か囁いた。
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