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城門を突破せよ
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混乱は、すでに外城区域にも広がっていた。
リューシスが処刑寸前から逃れ、ミンダーオ広場から脱走したと言う知らせが波のように広がって行くと、好奇に駆られた人々が外に出て来ていたのだが、そのうちに近衛軍や首都警備軍の兵士らが集団であちこちを走り始ると、巻き込まれることを避けようと逃げ始めた。
騒然とした中に、兵士らの怒号と群衆の悲鳴が飛び交っていた。
その中を、リューシスを先頭にした親衛隊約百七十騎が馬蹄を響かせて疾駆する。
前方百メイリ(メートル)ほどに、弓を携えた四十数人の兵士の一団が現われて立ち塞いだ。
「殿下、お止まりください!」
隊長らしき者が叫ぶ。
「この状況で止まれと言われて止まる馬鹿がいるか!」
リューシスは長剣を抜くと、白龍バイランの腹を蹴って「飛翔!」と命令した。
バイランは咆哮しながら空へと舞い上がる。
隊長はそれを見上げると、命令を発した。
「やむをえん、放てっ!」
兵士らが一斉にリューシスに向けて射撃した。
無数の銀色の線が地上から放たれる。中には天法士が混じっているらしい。燃え盛る炎波も飛び、空中で小爆発も起こった。
飛龍の空中からの攻撃は強力である。だが、その一方で、空中にいると、それを遮る物や隠れる所が無い為に、地上からは弓矢や天法術の格好の的となってしまうのが弱点でもある。
しかし、一流の龍士でもあるリューシスは、巧みにバイランを操り、襲い来る矢と天法術の攻撃を避けると、再び横腹を蹴った。
「降下突撃!」
リューシスの命令と同時にバイランが咆哮した。星が降るが如く、白龍が物凄い速度で翔け下りる。
兵士達は堪らずに背を向け、悲鳴を上げて逃げ出した。
しかし、彼らの背を、瞬く間に追いついたバイランの前足が吹っ飛ばし、二本の角が突き刺し、リューシスの長剣が唸りを上げて斬り裂いた。
更にその両脇からバーレン、ネイマン、イェダーらと親衛隊の騎兵が突撃し、逃げる兵士らを全て踏み潰し、斬り倒した。
「よし、このまま北のスウィーダ門に向かうぞ」
駆けながらリューシスが叫ぶと、バーレンが異を唱えた。
「スウィーダ門? 俺達は内城の西門から出ました。ここから真っ直ぐに西の赤陽門に向かうのが良いのでは?」
だが、リューシスは首を振る。
「俺達が内城の西門から出たと言う知らせはすでに届いているはずだ。ならば奴らも俺達が真っ直ぐに西門に向かうと思い、西門に多くの兵を集めるだろう」
「なるほど。お考え、わかりました」
リューシスは続けて早口で命令した。
「そして三人共聞け。ここで兵を二手に分ける。イェダーとネイマンはこの先の蓮花大路を右に曲がってそのまま真っ直ぐに走り、北の城壁にぶつかったら再び右に曲がってそのままスウィーダ門に走れ。俺とバーレンは中山大路を進んで東側に大きく迂回し、城壁沿いに東からスウィーダ門へ向かう。左右から北門に向かうのだ」
「はっ」
「距離的に、イェダーとネイマンらが先にスウィーダ門に着くことになる。そして、スウィーダ門の前には恐らく一隊があって、守りを固めているはずだろう。だが、それを見たら迷うことなく正面から戦え」
「承知仕りました!」
そして、リューシスとバーレン、イェダーとネイマンの二手に分かれ、それぞれの方向を目指した。
リューシス、バーレンらは中山大路を疾駆し、商業地区に入る。
道には住民たちが行き交っていたが、駆けて来るリューシスらを見ると悲鳴を上げて左右に散った。
「すまん、皆どいてくれ! 危ないぞ、どいてくれ!」
リューシスは駆けながら大声で叫ぶ。
やがて、低い家が立ち並ぶ居住地区に入った。
遥か前方の道の脇、見覚えのある黒髪の少女が目に入った。ワンティンであった。
「殿下!」
ワンティンは手を上げて大声で呼びかけた。
「ワンティン、突然こんなことになって悪かった。落ち着いたら知らせを出すから、ひとまず田舎に帰ってろ。その間の俸給なら後で届ける!」
見る見るうちに姿が大きくなって来るワンティンに、リューシスは叫んだ。
「そんなあ! お金なんて絶対に出せないじゃないですか! 私も一緒に行きます!」
「駄目だ、危険だ! じゃあな、故郷で元気で暮らせよ!」
リューシスはすれ違いざまにワンティンに笑いかけた。
だが、ワンティンは泣きそうな顔で叫んだ。
「私、田舎に帰っても居場所ないんですよー!」
しかし、その声は馬蹄の轟きの中にかき消え、リューシスらの姿は土塵の中にあっと言う間に消え去ってしまった。
「もう……!」
十四歳の少女は頬を膨らませた。
北のスウィーダ門では、ボリス・チェンと言う中年の武将が、歩兵二百人、騎兵二百人、合計約四百人の兵を従えて守りを固めていた。
「リューシス殿下とは言え、躊躇うでないぞ。殿下は今や、皇帝陛下を暗殺しようとした上、処刑場から脱走した大罪人なのだ。丞相も、見つけたらすぐに殺せとの命令だ」
ボリスは兵士らにそう言い聞かせていた。
と、西の方より響く馬蹄の音。赤い城壁沿いに砂塵を巻き上げながら疾駆して来る騎兵の一団。
イェダーとネイマンらである。
「む、来たか」
ボリスは身構えたが、その数が百人にも満たないことを見てとると
「たったあれほどか。すぐに片づけられよう」
と、馬鹿にしたように笑い、歩兵らに弓矢の一斉射撃を命じた。
「怯むな!」
それを見たイェダーとネイマン、大声で背後の親衛隊兵士らを鼓舞した。
放たれた無数の矢が、陽光を照り返す銀色の線となって迫る。
イェダーとネイマン、そして親衛隊の兵士らはそれぞれ手槍と剣を振るってそれらを打ち落とすや、怯むことなく突進して行った。
それを見ると、ボリスは素早く歩兵を下がらせた上で、
「騎兵、前へ出ろ!」
と、次の命令を下した。
背後に控えていた騎兵が突出し、イェダーとネイマンらに向かって疾駆した。
両者の騎兵同士はあっと言う間に肉薄し、正面から激突した。
凄まじい馬蹄と地鳴り、馬が猛るいななきと人の怒号、刃が噛み合う音が入り混じって響き合う。
ネイマンは大剣を振り回して馬の頸部を断ち、馬上の兵士の冑を叩き割り、イェダーの戟が旋風を起こして周囲の敵兵を薙ぎ払った。
しかし、二人が目を瞠るほどの奮戦をし、親衛隊の兵士らも激しく勇戦しているのだが、ボリス旗下の騎兵もまた精鋭揃いの上、数の方では上回っている。中々突き崩すことができず、戦況は互角の押し合いであった。
しかしそのうちに、ボリスが頃合いやよし、と見て命じた。
「歩兵、左に回り込んで側面を叩け!」
控えていた歩兵二百人が動いた。
ボリスは勝利を確信した。
しかし、背後から何かが迫る音がする。顔色を変えて振り返ってみれば、そこにはこちらへ真っ直ぐに疾駆して来る騎兵の一団があった。
その少し上空を、白い飛龍が翔けている。鞍上にあるのは太陽に煌めく長剣を手にしたリューシス。東側から迂回して来た為、遅れて今到着したのだ。
「何、背後から? しかもリューシス殿下か! しまった、やけに少なく見えたのはそういうことか、二手に分けておったとは!」
ボリスは悔しがったが、すでに遅かった。
リューシスらがわざと迂回して遅れて到着したのは、ボリスらをイェダーとネイマンらに集中させて背後を空けさせておき、そこに背面突撃を行った上で挟撃する為であった。
「突撃!」
リューシスの大音声の命令が響き渡った。
バーレンを先頭にした親衛隊騎兵たちが、未だ態勢整わずに背を向けている歩兵らに突撃した。
血煙と悲鳴が、生臭く熱くなった空気の中に渦を巻き、歩兵らは次々と踏みつぶされ、突き倒され、斬り伏せられて行った。
やがて歩兵を粗方叩き伏せたリューシスらは、そのままイェダー、ネイマンらと交戦している騎兵の背後にも突撃した。
騎兵らは、当然今更方向を変えることもできない。
背後から攻撃を受け、人馬もろとも倒れて行くボリスの騎兵たち。
「堪えよ! 今少し堪えていれば、聞きつけた他の門を守っている兵士達が駆け付けてくるはずだ!」
ボリスは兵士らを鼓舞しながら、自らも剣を抜き、必死に斬り回った。
リューシスの目が光る。
(そうなんだ、ここは急いでこいつらを壊滅させなければ、他の城門を守っている兵が来てしまう。そうなれば危うい)
リューシスはバイランの高度を上げ、上空から見回した。
西と東のそれぞれ三つずつの城門から、土煙を巻き上げつつこちらへ向かって来ている一団が見えた。
(もう来ているのか。まずい)
リューシスは眼下へ叫んだ。
「かかれ、かかれ! 急がなければ西門と東門から加勢が来るぞ! バーレン、ネイマン、イェダー! ボリスを狙え!」
そして、自らもバイランを翔け下りさせて降下突撃を敢行、敵兵を突き飛ばし、長剣の切っ先に血飛沫を舞わせた。
「そこにいるのがボリス・チェンどのか!」
乱戦の中を駆けまわっていたバーレンが、ついにボリスを見つけた。
ボリスはバーレンを睨み、手綱を引いて剣を構えた。
「リューシス殿下の部下のチンピラか。勅命に逆らい、罪人である殿下を救うとは恐れ多い奴らよ」
「そちらこそ奸賊の意のままに無実の殿下を陥れようとするとは、それでもローヤン帝国の武人か。恥を知れ!」
「生意気な口を聞きおって。斬り捨ててくれる」
「面白い。行くぞ」
そして、両者は正面から激突した。
だが交錯した瞬間、弾け飛んだ火花の中から、ボリスの右腕が斬り飛ばされて行った。
バーレンの稲妻の如き一閃が、一合と打ち合うことなくボリスに炸裂したのだ。
ボリスは絶叫しながら馬から転げ落ちた。そこへ、馬首を返して再び突進して来たバーレンが、上から激しく斬りつけると、ボリスはついに血だまりの中に動かなくなった。
「ボリス殿、討ち取った!」
バーレンが声を上げると、リューシス親衛隊らはどっと歓声を上げ、逆に統率者を失ったボリスの騎兵らは悲鳴を上げて崩れ立った。ボリスの騎兵はたちまちに壊滅した。
「よし、門を開けろ! ボリスの懐を探れ。鍵があるはずだ!」
リューシスが命令すると、兵士らが下馬してボリスに駆け寄り、その懐を探った。しかし、いくら探しても鍵は見つからなかった。
「殿下、鍵がありません!」
「何?」
リューシスの顔色がさっと変わった。
リューシスが処刑寸前から逃れ、ミンダーオ広場から脱走したと言う知らせが波のように広がって行くと、好奇に駆られた人々が外に出て来ていたのだが、そのうちに近衛軍や首都警備軍の兵士らが集団であちこちを走り始ると、巻き込まれることを避けようと逃げ始めた。
騒然とした中に、兵士らの怒号と群衆の悲鳴が飛び交っていた。
その中を、リューシスを先頭にした親衛隊約百七十騎が馬蹄を響かせて疾駆する。
前方百メイリ(メートル)ほどに、弓を携えた四十数人の兵士の一団が現われて立ち塞いだ。
「殿下、お止まりください!」
隊長らしき者が叫ぶ。
「この状況で止まれと言われて止まる馬鹿がいるか!」
リューシスは長剣を抜くと、白龍バイランの腹を蹴って「飛翔!」と命令した。
バイランは咆哮しながら空へと舞い上がる。
隊長はそれを見上げると、命令を発した。
「やむをえん、放てっ!」
兵士らが一斉にリューシスに向けて射撃した。
無数の銀色の線が地上から放たれる。中には天法士が混じっているらしい。燃え盛る炎波も飛び、空中で小爆発も起こった。
飛龍の空中からの攻撃は強力である。だが、その一方で、空中にいると、それを遮る物や隠れる所が無い為に、地上からは弓矢や天法術の格好の的となってしまうのが弱点でもある。
しかし、一流の龍士でもあるリューシスは、巧みにバイランを操り、襲い来る矢と天法術の攻撃を避けると、再び横腹を蹴った。
「降下突撃!」
リューシスの命令と同時にバイランが咆哮した。星が降るが如く、白龍が物凄い速度で翔け下りる。
兵士達は堪らずに背を向け、悲鳴を上げて逃げ出した。
しかし、彼らの背を、瞬く間に追いついたバイランの前足が吹っ飛ばし、二本の角が突き刺し、リューシスの長剣が唸りを上げて斬り裂いた。
更にその両脇からバーレン、ネイマン、イェダーらと親衛隊の騎兵が突撃し、逃げる兵士らを全て踏み潰し、斬り倒した。
「よし、このまま北のスウィーダ門に向かうぞ」
駆けながらリューシスが叫ぶと、バーレンが異を唱えた。
「スウィーダ門? 俺達は内城の西門から出ました。ここから真っ直ぐに西の赤陽門に向かうのが良いのでは?」
だが、リューシスは首を振る。
「俺達が内城の西門から出たと言う知らせはすでに届いているはずだ。ならば奴らも俺達が真っ直ぐに西門に向かうと思い、西門に多くの兵を集めるだろう」
「なるほど。お考え、わかりました」
リューシスは続けて早口で命令した。
「そして三人共聞け。ここで兵を二手に分ける。イェダーとネイマンはこの先の蓮花大路を右に曲がってそのまま真っ直ぐに走り、北の城壁にぶつかったら再び右に曲がってそのままスウィーダ門に走れ。俺とバーレンは中山大路を進んで東側に大きく迂回し、城壁沿いに東からスウィーダ門へ向かう。左右から北門に向かうのだ」
「はっ」
「距離的に、イェダーとネイマンらが先にスウィーダ門に着くことになる。そして、スウィーダ門の前には恐らく一隊があって、守りを固めているはずだろう。だが、それを見たら迷うことなく正面から戦え」
「承知仕りました!」
そして、リューシスとバーレン、イェダーとネイマンの二手に分かれ、それぞれの方向を目指した。
リューシス、バーレンらは中山大路を疾駆し、商業地区に入る。
道には住民たちが行き交っていたが、駆けて来るリューシスらを見ると悲鳴を上げて左右に散った。
「すまん、皆どいてくれ! 危ないぞ、どいてくれ!」
リューシスは駆けながら大声で叫ぶ。
やがて、低い家が立ち並ぶ居住地区に入った。
遥か前方の道の脇、見覚えのある黒髪の少女が目に入った。ワンティンであった。
「殿下!」
ワンティンは手を上げて大声で呼びかけた。
「ワンティン、突然こんなことになって悪かった。落ち着いたら知らせを出すから、ひとまず田舎に帰ってろ。その間の俸給なら後で届ける!」
見る見るうちに姿が大きくなって来るワンティンに、リューシスは叫んだ。
「そんなあ! お金なんて絶対に出せないじゃないですか! 私も一緒に行きます!」
「駄目だ、危険だ! じゃあな、故郷で元気で暮らせよ!」
リューシスはすれ違いざまにワンティンに笑いかけた。
だが、ワンティンは泣きそうな顔で叫んだ。
「私、田舎に帰っても居場所ないんですよー!」
しかし、その声は馬蹄の轟きの中にかき消え、リューシスらの姿は土塵の中にあっと言う間に消え去ってしまった。
「もう……!」
十四歳の少女は頬を膨らませた。
北のスウィーダ門では、ボリス・チェンと言う中年の武将が、歩兵二百人、騎兵二百人、合計約四百人の兵を従えて守りを固めていた。
「リューシス殿下とは言え、躊躇うでないぞ。殿下は今や、皇帝陛下を暗殺しようとした上、処刑場から脱走した大罪人なのだ。丞相も、見つけたらすぐに殺せとの命令だ」
ボリスは兵士らにそう言い聞かせていた。
と、西の方より響く馬蹄の音。赤い城壁沿いに砂塵を巻き上げながら疾駆して来る騎兵の一団。
イェダーとネイマンらである。
「む、来たか」
ボリスは身構えたが、その数が百人にも満たないことを見てとると
「たったあれほどか。すぐに片づけられよう」
と、馬鹿にしたように笑い、歩兵らに弓矢の一斉射撃を命じた。
「怯むな!」
それを見たイェダーとネイマン、大声で背後の親衛隊兵士らを鼓舞した。
放たれた無数の矢が、陽光を照り返す銀色の線となって迫る。
イェダーとネイマン、そして親衛隊の兵士らはそれぞれ手槍と剣を振るってそれらを打ち落とすや、怯むことなく突進して行った。
それを見ると、ボリスは素早く歩兵を下がらせた上で、
「騎兵、前へ出ろ!」
と、次の命令を下した。
背後に控えていた騎兵が突出し、イェダーとネイマンらに向かって疾駆した。
両者の騎兵同士はあっと言う間に肉薄し、正面から激突した。
凄まじい馬蹄と地鳴り、馬が猛るいななきと人の怒号、刃が噛み合う音が入り混じって響き合う。
ネイマンは大剣を振り回して馬の頸部を断ち、馬上の兵士の冑を叩き割り、イェダーの戟が旋風を起こして周囲の敵兵を薙ぎ払った。
しかし、二人が目を瞠るほどの奮戦をし、親衛隊の兵士らも激しく勇戦しているのだが、ボリス旗下の騎兵もまた精鋭揃いの上、数の方では上回っている。中々突き崩すことができず、戦況は互角の押し合いであった。
しかしそのうちに、ボリスが頃合いやよし、と見て命じた。
「歩兵、左に回り込んで側面を叩け!」
控えていた歩兵二百人が動いた。
ボリスは勝利を確信した。
しかし、背後から何かが迫る音がする。顔色を変えて振り返ってみれば、そこにはこちらへ真っ直ぐに疾駆して来る騎兵の一団があった。
その少し上空を、白い飛龍が翔けている。鞍上にあるのは太陽に煌めく長剣を手にしたリューシス。東側から迂回して来た為、遅れて今到着したのだ。
「何、背後から? しかもリューシス殿下か! しまった、やけに少なく見えたのはそういうことか、二手に分けておったとは!」
ボリスは悔しがったが、すでに遅かった。
リューシスらがわざと迂回して遅れて到着したのは、ボリスらをイェダーとネイマンらに集中させて背後を空けさせておき、そこに背面突撃を行った上で挟撃する為であった。
「突撃!」
リューシスの大音声の命令が響き渡った。
バーレンを先頭にした親衛隊騎兵たちが、未だ態勢整わずに背を向けている歩兵らに突撃した。
血煙と悲鳴が、生臭く熱くなった空気の中に渦を巻き、歩兵らは次々と踏みつぶされ、突き倒され、斬り伏せられて行った。
やがて歩兵を粗方叩き伏せたリューシスらは、そのままイェダー、ネイマンらと交戦している騎兵の背後にも突撃した。
騎兵らは、当然今更方向を変えることもできない。
背後から攻撃を受け、人馬もろとも倒れて行くボリスの騎兵たち。
「堪えよ! 今少し堪えていれば、聞きつけた他の門を守っている兵士達が駆け付けてくるはずだ!」
ボリスは兵士らを鼓舞しながら、自らも剣を抜き、必死に斬り回った。
リューシスの目が光る。
(そうなんだ、ここは急いでこいつらを壊滅させなければ、他の城門を守っている兵が来てしまう。そうなれば危うい)
リューシスはバイランの高度を上げ、上空から見回した。
西と東のそれぞれ三つずつの城門から、土煙を巻き上げつつこちらへ向かって来ている一団が見えた。
(もう来ているのか。まずい)
リューシスは眼下へ叫んだ。
「かかれ、かかれ! 急がなければ西門と東門から加勢が来るぞ! バーレン、ネイマン、イェダー! ボリスを狙え!」
そして、自らもバイランを翔け下りさせて降下突撃を敢行、敵兵を突き飛ばし、長剣の切っ先に血飛沫を舞わせた。
「そこにいるのがボリス・チェンどのか!」
乱戦の中を駆けまわっていたバーレンが、ついにボリスを見つけた。
ボリスはバーレンを睨み、手綱を引いて剣を構えた。
「リューシス殿下の部下のチンピラか。勅命に逆らい、罪人である殿下を救うとは恐れ多い奴らよ」
「そちらこそ奸賊の意のままに無実の殿下を陥れようとするとは、それでもローヤン帝国の武人か。恥を知れ!」
「生意気な口を聞きおって。斬り捨ててくれる」
「面白い。行くぞ」
そして、両者は正面から激突した。
だが交錯した瞬間、弾け飛んだ火花の中から、ボリスの右腕が斬り飛ばされて行った。
バーレンの稲妻の如き一閃が、一合と打ち合うことなくボリスに炸裂したのだ。
ボリスは絶叫しながら馬から転げ落ちた。そこへ、馬首を返して再び突進して来たバーレンが、上から激しく斬りつけると、ボリスはついに血だまりの中に動かなくなった。
「ボリス殿、討ち取った!」
バーレンが声を上げると、リューシス親衛隊らはどっと歓声を上げ、逆に統率者を失ったボリスの騎兵らは悲鳴を上げて崩れ立った。ボリスの騎兵はたちまちに壊滅した。
「よし、門を開けろ! ボリスの懐を探れ。鍵があるはずだ!」
リューシスが命令すると、兵士らが下馬してボリスに駆け寄り、その懐を探った。しかし、いくら探しても鍵は見つからなかった。
「殿下、鍵がありません!」
「何?」
リューシスの顔色がさっと変わった。
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