怪奇短編集

木村 忠司

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女子寮

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その日私は、夕方から深夜まで、大学の近くのコンビニでバイトをしていました。夕方の時間帯は、学生たちのほかにも多くの人々が帰り間際に入ってくるのでとても忙しくなります。その日同僚が急遽休んだので、私は接客と品出し、清掃の仕事などいつも以上に必死にこなさなければなりませんでした。

そして深夜帯になると、客足も途絶えようやく少し落ち着いた雰囲気になりました。でも私の体は疲れ切っていて、正直立っているのがやっとでした。

ようやく閉店時間になり、店内が静かになったとき、私はホッと一息つきました。疲れ果てた体に鞭打って、ようやく寮に帰ってきました。時刻はすでに日付を跨いでいました。

私は他の寝ている寮生に、匂いやら迷惑にならないよう、寮の一番奥にある談話室へと向かいました。深夜真夜中の談話室は、ひっそりと静まり返っていました。

カレーを食べながら、ふと気づくと談話室の奥から微かな物音が聞こえた。私はプラスチックのスプーンを置き、耳を澄ませました。どこからか、かすかな引っかき音のようなものが壁を伝って近づいてくるような音が。

「誰かいるの?」

声を震わせながら問いかけるが、返事はありません。代わりに聞こえてきたのは、湿った音です。何かが床を這っているような不気味な音...。

蛍光灯が突然明滅し始めた。チカチカと点滅するたびになにかの気配が、そして一瞬の完全な暗闇の時間が過ぎました。

灯りが戻って部屋の奥に現れたのは、人とも獣ともつかない姿...。蝋のように光る白い肌、頬まで裂けた赤い口、そしてその目は、漆黒の闇そのものでした。


思わず悲鳴が漏れてしまいました。もうそこにとどまっている場合じゃない。一刻も早くこの場所から逃げ出さなければ!その一心でした。

それでも悟られてはいけない気がして、足音を立てないようにゆっくりと談話室の入口に向かいました。息を殺しながらも、恐怖で私の心臓は高鳴っていました。

談話室の出入り口のドアに急いで辿り着いた私は、ドアノブに手をかけました。でも回してもドアが全く開きません。そんなまさか、施錠されている!?いったい 誰が!?

私はパニックになりながら、扉を力任せに必死に引っ張りました。やっぱりどうやっても開きません。

すると、背後から聞こえて来たのは、這うような音ではなくゆっくりとした足音に変わっていました。

恐る恐る振り返ると、そこには白い肌に赤い口が大きく開いた二足歩行の恐ろしい姿の何かがでした。人とも獣ともつかない姿、蝋のように光る白い肌をして口は三日月のように頬まで裂けて、その目は、ぽっかりとした闇そのものでした。


私は声にならない叫び声を上げると、赤い口の化け物は、無表情の陰湿な顔で、ゆっくりと私に近づいてきます。

なぜか私は動けない、いや動けは出来てもスローモーションのようにすべてがゆっくりなのです。運動神経というより時間感覚が狂っみたいな感じで、死に瀕して走馬灯が巡るとはこういうこと?などという思いが湧いて来て絶望的な気持ちが押し寄せました。

そして赤い口の化け物は、ついに私の目の前まで迫ってきたのです。避ける私の動きよりも早く、その赤い口はゆっくりと大きく開いていきます。その中に歯はなく吐き気を催すような腐敗臭が部屋中に漂い広がっていく感じです。粘液とともに脈動する赤い口はまさに私を呑み込もうとしている、そんな感じでした。

「助けて・・・! 誰か!」

私は金縛りに抵抗して必死に叫びましたが、答えは返ってこず、寮生が周りにたくさんいるはずなのに、人の気配が完全に消えていました。

私はこのまま独りこの謎の存在に飲み込まれてしまう、私はそう覚悟して目を閉じていました。

その時、窓ガラスが激しく揺れ始めたのです。外から何かが騒々しく叩いてくるような音が!

「ガシャン!!」

遂に砕け散るガラス!黒い影が砕けた破片と共に部屋に飛び込んできました。

それは大きなカラスでした。一瞬見えた青黒い目の中、冷たい知性を宿してるような気がしました。

一羽のカラスが白い存在に向かって飛びかかったのです。二つの怪異が激しくぶつかり合う。

説明するとそんな感じだったと思います。あまりの一瞬のことで私は恐怖に震えながら、その光景を飲み込めずに、その場に立ち尽くしてました。

「あっ・・・!」

私は思わず大きな声を上げてもう一度見てみると、床にカラスが横たわっているようでした。

その時談話室の扉が開いて、他の二人の寮生たちが恐る恐る中に入ってきました。

「なに?なにが起きた? 大丈夫?」

彼らは心配そうに見つめてきて、次々と質問を投げかけてきます。

「あ...あのカラスが...」

なんとか事態を説明しようと口を開いたとき、床に横たわっていたカラスがもぞもぞしてむくりと起き上がったのです。

「あっ!」

私たち三人が驚く中、カラスは何事もなかったかのように割れたガラスから深い闇の中へと姿を消したのです。

私たちは言葉を失いしばらくその不可解な光景を見守っていました。

駆け付けてくれた寮生二人が矢継ぎ早に質問してきましたが、私はそれにうまく答えることができす、その場で固まってました。

私は思い出したように、もう一度談話室の中をくまなく見て回ってみたのですが、赤い口の化け物の姿はどこにもありませんでした。

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