怪奇短編集

木村 忠司

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とある廃墟ビルディングにて 〜天国と地獄編〜

第十六話

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ヨウコと黒猫は、壁に開いた大穴を抜けて、もとの廃墟ビルディングに戻った。人間の始祖とか言う謎の人類によって命じられ追従して来た不思議な黒い球も2体、空中に浮いていた。

そこは来た時と同じく五階のメインフロアで、そこは相変わらずカビ臭さと埃っぽい空気が滞留していた。ところどころ割れた窓ガラスを通して、遠くのどこかを走り抜けるクルマの走行音や、線路を走る電車の駆動音が聞こえてきた。そして外は静かに雨が降っているらしく、アスファルトやコンクリート面を打つ弱い雨音が聞こえた。

ヨウコは一緒に逃げ帰ってきた黒猫を見て声をかける。

「あんたも戻ってこれたんだね」

猫は振り返り一声鳴いた。

「それはよかったけど、レイカとあとYouTuberの二人組、あいつらは...?」

残念ながら彼らの姿はなかった。YouTuberのキー&ウッシーは一足先にこっちの世界に逃げ帰ったはずだ。廃墟ビルオーナーの老人の持つ杖の力でネズミに変身させられて居たのだから、今は側溝か草むらなんかを見つけて隠れたのかもしれないと、ヨウコは思った。

そんな時、空に浮いている2つの黒い球の振動音が大きくなってきて、音の間隔も次第に短くなってきて、何かヤバいことを始める気配がジンジンと伝わってくる。

すると黒い球の中央付近に小さな点が生まれた。球自体も回転を始めた。開いた点のような穴を中心に、ちょうど閉じた傘を開くように、マジックで突然現れた傘みたいな感じで、しかしながらそれは傘ではなく、空間そのものが新たに展開されて元あるこの廃墟空間に混ざり合うように、黒い球の周囲を覆っていった。

「これも魔法かなんか!?」

次の瞬間2つの球の一方の下に、一人のセーラー服姿の少女が横たわっていて、それは紛れもなくレイカだった。もう片方の黒い球の下には2人の男が横たわっていた。なぜか2人とも廃

「レイカ!」

ヨウコは倒れているレイカの元に駆け寄って背中に手をやって彼女を抱き起こした。レイカの頬を叩いて起こそうとしている。

二つの黒い球のうちの一つが、壁に開いた大穴の中へと戻っていった。白い部屋へ入るための異界へのゲートであるその大穴を塞ぐように、黒い球は穴の中心で薄く伸ばされた煎餅のように潰れていって、黒い球から二次元の丸に変化していって、気づけば完全に穴を塞いでいた。そこにはいつもの薄暗く汚れたコンクリートの壁があるだけだった。

「レイカ!起きてよ!!」ヨウコはレイカを揺さぶりながらしつこく声をかける。

「うっ...うーん」レイカの表情が少し歪み、声が漏れた。

「生きてる?」

「ん?ヨウコ...?ど、どうしたの?」

「よかった!大丈夫?」

「大丈夫だけどなに?ここ何処?」

「村山台駅近くの廃墟ビルだよ」

「廃墟ビル?なんでこんなところにいるの?」

「もしかして記憶消されたとか?学校終わった帰りにあんたがこの場所の話をしたんじゃん。わすれたの?」

「記憶消されたってか...え!?なんでヨウコがいるの!?」

レイカは重大な何かに気づいたような反応をして、ヨウコの手を振りほどくとまるで幽霊でも見たかのように怯えだし、ササッと後ずさりした。

「な、なに?どうしたの?」ヨウコは反射的に尋ねた。

「だって死んだ...でしょ?」

「えっ?死んだはずってどういう意味?」

「だってあの日、ヨウコたち家族はみんなで新宿に出かけてたって...そしてその日の午後ニ時に落ちた爆弾でみんな跡形なく死んでしまったって聞いたよ...」

レイカの言葉にヨウコは言葉を失う。家族が新宿で爆弾に巻き込まれて死んだというのは事実と違う。しかし、レイカの言葉には真剣さが感じられる。

「え、それって...どういうこと?」


ヨウコは混乱した表情で尋ねる。

「え、それって...どういうこと?」

レイカは恐怖に怯えた目で答える。


「だって核戦争のせいで東京まる焼けになっちゃったでしょ。核爆弾の一発が新宿に落ちて...も、も、もしかして死んだことも気付かないで幽霊になっちゃったの?...本当にゴメン...うっうっうぅ...私なにも出来ないし...」

レイカは悲痛な表情で語る。核戦争によって東京が壊滅したという事実に、ヨウコの死も受け入れられないでいるようだ。

「ちょ、ちょ、ちょっとまって!私生きてるから!!」

ヨウコは慌てて説明しようとする。レイカの認識と現実が大きく食い違っているのが分かる。

「えっ?もしかしてどこか安全なところに隠れてたの!?」

レイカは一瞬希望を見出したようだが、すぐに戸惑いの表情に戻る。

「いやちょっとそれも違うんだけどさ。えーとなんて言ったらいいか...てか一応核戦争が起きたって話は私も知ってたんだけど、今の話だと核爆弾が新宿に落とされたってこと?それで東京都民どうなったの?」

ヨウコは状況を整理しようとする。核戦争の事実は知っていたが、新宿への直接的な攻撃は知らなかったようだ。

「23区全部ほとんどの人たち燃えて亡くなったよ。黒い炭になっちゃって聞いたよ....落ちる前に頑丈な建物にいたり、地下鉄大江戸線みたいな地下深くに逃げて助かった人もけっこう居たらしいけど、外は放射能がきついし食料や水が放射能でダメになってしまってるから、けっきょく少数の人たちしか生きらないて聞いたよ...」

レイカの説明に、ヨウコは呆然とする。東京の壊滅的な状況に、彼女の認識と現実のズレを感じる。

「マジで起きちゃったのか...ってあれ?...あのさぁレイカ覚えてる?杖を持った白ヒゲ白髪のいかつい顔した老人て言って」

ヨウコは何か重要な手がかりを見つけたようだ。

「え?誰?」
レイカは首をかしげる。


「理屈で論破最強みたいなすげぇ嫌な感じの話し方する老人でさ、あんたもそいつに騙されてその核戦争後の世界に行っちゃったでしょ?」

ヨウコはレイカに訊ねるが、レイカは何を言っているのか分からない様子だ。

「いったい何のこと言ってるかよくわかんないんだけど、なんかそれって異世界転生アニメの中盤辺りにでてくr悪役みたいな奴だね。それヨウコ冗談で言ってるよね...?」

レイカは困惑しながらも、ヨウコの話が現実離れしていると感じているようだ。

「てことはやっぱり知らない?」

「うん、そんなおやじ知らんて」

「ってことはもしかしてこれレイカ違いなんじゃあ...?」

「え?なんのこと??」

レイカはちんぷんかんぷんといった様子で、近くにいる全裸の男性2人の存在に気づいて驚く。

一方、ヨウコは何か重大なことに気づいたようで、ひとつ残った黒い球に近づいていく。

「ねぇちょっと話しできる?」

「Booooom....Booooom.... Booooom....」

黒い球は低周波の振動を鳴らし続けている。

「ちょっと黙ってないでさぁ、話がちょっと違うんだけど! レイカはレイカだけど、別レイカじゃないの?」

すると黒い球の表面が歪み始め、最終的には黒い耳と口の形になった。

「はい聞こえています。どうやら人違いだったようですねぇ。ヨグ=ソトース、それはつまりこの黒色球形有機体の呼び名ですが、判別を誤ってもともとその世界に居るべき方のレイカさんを連れてきてしまったようです」

「だよね! やっぱそうだよね!間違った人を連れて行くのはまずいんじゃないの?」

「おっしゃる通り。これはしくじりました....。しかしヨグソトースは二人のレイカさんの違いを見分けることが出来ないようです。いやぁ困りましたねぇ、、、」

「何とかして!元いたレイカを救ってもらわないとこっちが困りますって!!」

「ふーむ...そうですねぇ...それじゃこうしましょう。その猫に特殊な能力を付与する、それによってあなたはその猫をお共に核戦争後の世界に行くことが出来るようになります」

「猫にそんなことが出来んの?」とヨウコは側にいる黒猫を見る。

「はい、しかもその猫は必然的に特別な素質を持っているようで、人間の話を理解できるようです。なので、ついでに話も出来るように改良してやりましょう。それでは...」

すると、耳と口の付いた不気味な黒い球が黒猫に近づいていき、口から黒い触手が伸びて猫の体に絡みつく。猫は成すがママになって激しい爆発が起き、一瞬白い光が放たれる。

視界が戻ると、ヨウコが猫を見て驚く。

「ちょっとあんたの頭に何かついてる!!」

「え?僕?どうなったって?」黒猫が言葉を発した。

「え!?ちょっすごっ!」ヨウコは驚きながらも笑顔になる。

「え?猫が喋った!?」レイカも驚いて声を上げる。

「僕話してるの?話せるようになったの?」猫自身も驚いて言葉を発する。

「すご!あんたの言葉ちゃんと聞こえてるよ!しかもサイバーパンクみたいな頭になってるよ!フハハッ」

ヨウコは猫の変化に興奮気味だ。

「これでその猫の猫丸が必要な道へと導き連れて行ってくれるでしょう。向こうの世界で目的であるレイカくんを見つけて来るのです。そして今ここにいるレイカくんも元の世界に帰すために連れて行ってやってください」

「わかった!でもどうやったらレイカを見つけられるの?」

ヨウコは、レイカを救出する方法を尋ねる。

「手法はとやかく私が言葉にせずとも、覚醒したその黒猫が共に行けば必ず見つけられるでしょう」

黒い球体は、改造された黒猫の能力を信頼しているようだ。

「でも、レイカを連れて帰れたとしても、ここにいるレイカはどうなるの?そんな酷い世界で生き続けないといけないの?」

ヨウコは、ここにいるレイカの行く末を心配する。

「ん?...私って二人いるの?それってもしかしてドッペルなんとかってやつ!」

レイカは、自分が二人いることに戸惑いながら理解しようとしている。

「その世界ですでに起きてしまった核戦争をなかったことには出来ません。しかし君が言った後にそこで何かをしてやりたいと思うならべつにそれを私は止めません。そのへんはあなたと猫くんにまかせます。私は基本観測するだけの存在であり物事には関与しませんから」

黒い球体は、核戦争の現実を変えられないが、レイカが何かをしたいなら許容すると言う。

「わかったよ。それじゃ行くしか無いね...」

ヨウコは決意を固め、黒猫に向かって話しかける。

レイカは、この状況の異様さに戸惑いながらも、ヨウコの行動に期待を寄せている。

「よし!それじゃ行こうか!!準備OK?」

ヨウコは黒猫に確認し、二人で異世界に向かう準備をする。

「まぁ僕はいつでもいいけど黒い球の人は?」

黒猫は黒い球体にも確認する。

「私はことはお構いなく。君たちの決めるままに行ってください」

黒い球体は、二人の判断に任せると応答する。

ヨウコとレイカは、この異質な状況の中で、お互いに協力して前に進もうとしている。


「それじゃお願い!レイカも準備OK?」
ヨウコはレイカに確認する。

「う、うん....でもなんかもう少しここに居てみたい気もするけどね」
レイカは、この世界に残りたい気持ちも持っているようだ。

「まぁそりゃそっかぁ...核戦争後の世界なんてやだよね。そんな中でもなんとか生きる方法を一緒に見つけようよ。私も手伝うから」

ヨウコは、レイカの気持ちを理解しつつ、一緒に頑張ろうと提案する。

「わかった、ありがとう。なんか違う世界のヨウコっていってもヨウコはヨウコなんだね」

レイカは、ヨウコの優しさに気づき、感謝の言葉を伝えた。

「その言い方褒めてんのかよくわからんけどまぁいいや!それじゃ行くぞ!!」

ヨウコは少し照れながら、前に進もうと呼びかける。

黒猫は特に指示を受けることなく、目がぐるぐる回る感覚の後に、まばゆい光景の中で空飛ぶ猫に変化していた。

その姿は、核戦争後の荒廃した世界の上空を飛んでいる様子だ。黒猫の脳内に映し出されたビジョンでは、新宿から30キロ離れた村山台も被曝しており、傷だらけのビルの内部が浮かび上がる。

黒猫の能力によって、ヨウコとレイカもこの世界に転送されるようだ。

この後、二人はどのような冒険を繰り広げるのだろうか?それはまた別の物語で。

天国と地獄編 End















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