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とある廃墟ビルディングにて 〜天国と地獄編〜
第十五話
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ヨウコと白髭の老人は、奥へ続く回廊へ進んでいき部屋は無人のはずだった。
しかし部屋のどこかで空気を振動される何かがあった。
たまたまヨウコたちと一緒に迷い込んだ黒猫は敏感にそれを察知して身をかがめている。
「Booooom....Booooom.... Booooom....」
それは低周波振動のような音で機械音というよりなんらなかの有機体、さもすれば昆虫が羽と体をこすり合わせた時の摩擦音に近いような音だ。
続いて名状しがたい音声が聞こえて来る。
「ᚡᚢᚣᚤᚥᚦᚧᚨᚩᚠᚡᚢᚥᚦᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ・・・・ᚡᚢᚣᚤᚥᚦᚧᚨᚩᚠᚡᚢᚥᚦᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ・・・ᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ」
それは意味不明な言葉、もしくはそれ自体なにか意味を持つ呪文が部屋全体を鳴らした。
「ぎゃあぁぁっ!!」
悲鳴が起き、老人と一緒に奥へ進んだヨウコが奥の方から凄い勢いで戻って来た。間もなく、その後に続いて謎の人影が現れた。
その謎の怪人は、暗い色をした外套を着ていて、フードから覗く顔の部分には、仮面をつけているのか、または皮膚がただれてしまったのか、普通の目鼻のある要望ではなさそうだ。外套のようなコートを身に着けているが、服装も西洋東洋とも形容しがたい異様な恰好をしていて、ヨウコがそれを見て大きな悲鳴を挙げるのも無理はなかった。
その謎の怪人は怯えるヨウコに謎の言語で語りかけた。
「你明白我的意思吗?」
「なに?なんなの!?」ヨウコは緊張した表情で、怒気が込められた言葉を返した。
しかし、謎の怪人は特に威嚇したり怯んだ様子もなく悠然と立っていた。そして怪人は立て続けに幾つか違う国の言語でヨウコに語り始めた。
「Bạn có thể hiểu được những lời này?」
「한국어를 이해하십니까?」
「韓国語は何かわかったけど、日本語しか話せないよ」
突然聞き慣れた日本語の言葉が来て、ヨウコは拍子抜けしたようで、返す言葉が出ない様子だ。
「これならわかる?」
「わかる...でも!あの老人をどうやったの!? 元廃墟のオーナーとか言うあいつは消えちゃったの? あんたは仲間ってこと?」
ヨウコは不安げな表情で、怪人に詰め寄る。一方、怪人は落ち着いた口調で答える。
「まぁ仲間と言われればそうですねぇ。しかしそれももうかなり前のことの話ですが...」
怪人は少し苦笑しながら答える。ヨウコは不安げな表情で詰め寄る。
「いやいやいやもう勘弁してよ! わたしに何のようがあるの?」
「いやいやー謝るのはこちらの方です。あなた方には随分とご迷惑とご心配をお掛けしたようです。帰りたいならば希望通りお帰ししますのでどうか心配しないでください。それにしても日本語は、文法が難解だし語尾の変化がいと多き言語ですねぇ。まぁでももう少し落ち着いてください。ヨウコさん私ともう少し会話が出来ますか?」
怪人は丁寧に語りかける。ヨウコは少し緊張しつつも、その言葉に安心感を感じる。
「終われば...ほんとうに帰してくれるの?」
「ええ、あなたが元いた世界に帰って頂いてけっこうです」
「てかあなたは誰?」
「私は観察者です。世界をひたすら見つめる者...」
「ん?...観察者? 見つめる者ってどういう意味ですか? 人間ではない...ってこと?」
ヨウコは疑問の表情で怪人を見つめる。怪人は少し困ったように答える。
「人間と言えばわたしも人間です。しかし詳しいお話をすることはなかなかどうしてあなた方の時代似あわせた表現で言えば、クリアランスが高く付くというかセンスティブな内容と言いますか...」
「いやあなたがいま会話しようって言ったんでしょ。国の政府の人みたいにでいろいろと秘密だらけってこと??」
ヨウコは少し不満そうに言う。怪人は仕方ないと言わんばかりに答える。
「確かに言いましたね。では仕方ない、率直にお話しましょう。あなたが元の世界に帰って仮に誰かにここでの話をしたとしても、誰も信じないでしょうし」
怪人は少し溜息をついて、ヨウコに真正面から話しかける。
「それよりも、私の友達のレイカに、あと他に二人のユーチューバーって言って・・・意味わかります? 彼らがネズミにされたんですけど、どうなったの?」
ヨウコは不安そうな表情で尋ねる。怪人はゆっくりと答える。
「はい。もちろん把握してます。ネズミにされた男性二人はちゃんと別で保護してるから大丈夫です。ご心配なく」
そう言うと、怪人は手を上げてジェスチャーのような仕草をする。ヨウコはその手の指を見つめる。
指の長さと本数が違う。パット見て鳥か爬虫類の手のようにも見えたが、どちらかというと魚の細かい鱗のようなものに覆われているように見える。そそれはどう見ても人間のものじゃなかった。
ヨウコは怪人に警戒心を抱きながら、不安と好奇心が入り混じった表情で見つめる。
「レイカは?」
「彼女の方も保護しています。もうすぐここへやって来るでしょう」
怪人がそう言うと、今度は白い床の下から黒い物体が泡ぶくのようにむくむくと湧き上がって来たかと思うと、それは宙に浮いて、先に天井から出てきた球と共に対になった。
ヨウコは目を見開いて尋ねる。「この球体の中にいるってこと!? それも魔法の力?」
「そういうことです」と怪人は淡々と答える。
「杖がなくてもできるの?」
「杖ですか? まぁ別に持っていなくても構いませんが...まぁ杖ならここにありますよ」
と言って怪人はローブの中から手慣れたマジックでもするかのように、素早い手さばきで黒い杖を引き出す。
「それってつまりあなたもやっぱりあの老人のお仲間ってことでしょ!?」ヨウコが訝しげに尋ねる。
「いやまぁそうなんですがその点はご心配なく。彼と私は違います。あなたにかなり酷い思いをさせたようですが、彼はもとは素晴らしい感性を備えたよっぽど私よりも優秀な人間でした。しかしどうやら地球の毒気にやられてしまったようですね。しかし彼があのような変貌を遂げていることを気づかずにこの廻間に隠匿していたことを見逃していたことは、私の落ち度でした」
怪人は少し歯切れの悪い口調で説明する。ヨウコはますます混乱した表情を浮かべる。
「な、何言ってるか変わらないけど...とにかくあいつを捕まえてどっかに隔離したって感じな話?」
「その通りです。彼は私のほうで保護しました。なのでもう大丈夫です」
「なるほどって頷きたいけど、こっちに来てからずっと??なこと連発で、まるで悪夢なんですけど、いまのこれって現実なの?って感じで...」
ヨウコは不安げに尋ねる。怪人は静かに答える。
「現実です。しかしながら私にとっても地球に生存する生身の人間に会うなど、あなたと同様に夢みたいな感覚です。この邂逅がどれほど振りなのかもはや正確に思い出せませんが、かれこれもう数十万年は経ってしまっていると思います」
ヨウコは目を見開いて驚く。「数十万年!?」
「はいそうです。私とあなた方人間の時間感覚は違いますが、地球時間で言えばそのくらいになりますねぇ。私の感覚的に言ってもかなり前のことではありますが」
怪人は淡々と説明する。ヨウコは混乱した表情を浮かべる。
「もしかしてあなたが、その...老人なんて言ってたんだっけ?...そうだ! もしかしてあなたがその、人間の始祖とかいう?」
「その呼び方めちゃくちゃ恥ずかしいですねぇ。彼がいってたんですか? 始祖と呼べるかどうかはわかりませんが、確かに私たちがあなた方地球における人間の始まりに関与していますけど」
怪人は少し照れくさそうに答える。ヨウコは驚きの表情を隠せない。
「つまり人間を作ったっていうことは...神様ってこと?」
「神様ですか? うーん...たしかに私たちはいくつかの宗教や伝承による神話のモチーフにされているようです。プロビデンスの目のシンボルや、万物を見通す目とか言われる存在ははつまり、たしかに私たちのことを暗示しているのでしょう。しかし私は神ではありません。私たちはあくまで観測者です。世界をつぶさに見届けるために存在しています。流浪する万物の移ろいを俯瞰することに至上の喜びとしている者と説明出来るでしょう」
怪人は丁寧に説明する。ヨウコは混乱しながらも、その言葉に耳を傾けて疑問を投げかけた。
「それってどういう意味です?」
ヨウコが疑問を口にすると、怪人は丁寧に説明し始める。
「あなた方にも同じ人間性が備わっているからわかるでしょう? 例えば動物園というものがあります。あなた方はそこに自分以外の様々な種族の動物を集めますよね? そしてその生態を観察して興味深いと面白がったりしてませんか?」
「た、たしかに...」ヨウコは少し戸惑いながら返事をする。
「それと同じです。それがまさしく人間性ですから。そんなことをする種族は人間以外いがい居ないでしょう。つまり私たちの特徴を継承しているわけです」
怪人は穏やかな口調で語る。ヨウコは少し納得したような表情を浮かべる。
「てことはやっぱりあなたは神みたいな存在ってこと?...それじゃあの老人が言ってたとおり、猿に人間性を植えつけたっていうのは本当の話だってこと!?」
「猿人という言い方はあなた方にとって侮蔑的な言い方かもしれませんが、端的に言えばつまりそう言うことです。地球と呼ばれる惑星の他にもにも、ネズミ人間やトカゲ人間にあとアリ人間という種も存在します。しかしそれらの種族は長く繁栄することは出来ず終焉を迎えましたがねぇ」
怪人はさらに詳しく説明する。ヨウコは驚きを隠せない表情だ。
「アリ人間...?」
「そうです。信じられなくて当然でしょう。戯言や与太話だと思って結構ですよ」
怪人は少し苦笑しながら言う。ヨウコは混乱しつつも、さらに聞いてみる。
「いやそこまで言うつもりないですけど、人間を観察するためにあなたは存在しているの?」
「これまでさまざまな種に対して我々の人間性を試しました。良好な経過を観ることもあるば、ただただ幻滅に帰するような結果に終わることもありました」
「見るのが仕事なの?」
「仕事というのも人間ならではの表現ですね。しかしこの場合仕事というよりは目的または本分と言ったところでしょうか」
怪人は少し困ったように答える。ヨウコはその言葉に頷く。
「つまり私たちは観察される実験モルモットと同じってこと?」
「もしくは途方もなく大規模で制限のない動物園の主役と言ったら分かりやすいでしょうか」
怪人は無感情にそう言い放つ。ヨウコは複雑な表情を浮かべる。
「観察することが楽しいわけ?」
「では聞きますが、あなたは何の為に生きて生きているのですか?」
ヨウコは少し戸惑いながら答える。「いや...そう言われれば難しいけど、勉強したり、楽しみを見つけて...」
「私も同じです。それが人間性ですから。子孫を残すのは他の動物と同じです。人間といってもそれぞれ個性がありますが、一日中蟻の巣を観察したり、外国の素晴らしい景観を見るためにいかなる労力を惜しまなかったり、創作物語に意味を求めたり、物語の結末に感傷的になったりまたは逆に苛立ったり。何故かそこに生きる意味を感じるでしょう? それ以上のことはありませんし人間とはそういう不思議な生命ですから」
怪人は哲学的に語る。ヨウコは少し呆れたような表情で聞いている。
「なんか哲学の先生みたいな答え...」
「その感覚いいですね。いま私はあなたを自分の娘のように感じました。これこそ人間です。そしてこうしてあなたという本物の地球の人間に会えたのですから、いま私もかなり良い気分です」
怪人は嬉しそうに述べる。ヨウコは少し戸惑いながらもさらにヨウコは怪人に詰め寄る。
「あの頭がぶっ壊れた老人ですけど、あいつが自分の娘って呼んでた少女たちはこの後どうなるんですか! かなりの人数この奥のスペースにいるって聞いたんですけど、言ったら神隠しにされたみたいな子たちがいますよね? 彼女たちは帰してくれるんですか?」
「それは難しい話です。残念ながら彼女たちの魂はここにありません。元は地球にいた人間ですが中身がすでに違うものに変わってしまっています。彼女たちは地球に戻ったとしても元の人間として普通の生活をすることは難しいでしょう。再会したとて彼らを待っている人々にとってもそれは不幸なことになるでしょう。残念ですが」怪人は少し憂いを帯びた表情で答える。
「それは心を壊された?とか、そういう意味?」
「そうです。率直に言うと我々はそういうことが出来ます。念の為もう一度言いますが、あなた方にとって脅威的に思えた白髪の老人の男も、本人が望んでああなった訳でないのです。悪運が重なりああなってしまったようです。その結果本来起きるべくもないことが、閉口していたるべきこの場所に引き起きてしまったようです。しかしながら話せるのはここまでです。これ以上の詳細は残念ながら言えません。聞けばあなたも元の世界に戻れなくなりますので」
ヨウコは怪人の言葉を聞いて困惑した表情を浮かべる。
「聞かなくていいです! ちょっと気になっただけ」
「それでは彼女たちのことは保護してその後どうするかは、我々にまかせてください。あなたの方は元の世界に戻って普通の生活を送ることが出来るでしょう」
「でもキー&ウッシーとレイカはさっき言ったとおりちゃんと解放してくれるんですよね?」
「ええ。でも面倒な記憶は残らない方がいいので、彼らは元世界のビルの五階で解放しましょう。それ以外に何か話しておきたいことはありますか?」
ヨウコは怪人に尋ねる。
「えーと...それじゃついでに、変な話かもしれないけど幽霊って実際に存在するんですか?」
怪人は少し困ったような表情で答える。
「それはつまりそれは超常現象や心霊現象と呼ぶ事象についての質問でしょうか? それについて残念ながら私も正しい答えを持っていません。しかし目に見える世界がすべてだと思ったら大間違いです。逆に目に見えない世界に無理やり目を向けろとも言えません。大切なのは内も外もしっかり観察することです。でもすで今あなたは本来見るべきでない埒外の世界を見てしまっているじゃありませんか? あなたがいるこの場所があなたの言う霊界なのかもしれませんよ」
怪人は慎重に言葉を選んで説明する。ヨウコは少し恐縮した表情を浮かべる。
「た、たしかにそっかぁ、変なこと聞いちゃったかも...すみません」
「あやまらなくてもいいです。さらに、もうひとつだけ言葉を付け加えますと、この世界に身を置いたあなたという存在が、元の世界に戻れば、それだけで何かしらの影響を世界に及ぼすことでしょう。それは良いことなのか悪いことか断言できませんが、それを楽しみなさい。そして人間らしく観察するのです」
怪人は少し厳しい口調で語る。ヨウコは少し困惑した表情を浮かべる。
「なんかエグいこと言われてる気がするけど...わかりました」
「私が伝えられるのはそれだけです。それでは黒い球二個をお供にして元の世界にお帰りなさい。元いた世界であなたのお友達三人は元の姿に戻り、球は消えているはずです」
怪人は静かに告げる。ヨウコは少し戸惑いつつも、丁寧に一礼する。
「わ、わかりました。それじゃ...えっと...ありがとうございました」
「あなたと会話が出来て良かったです。最後にこれは忠告ですが、帰ってからここでの話はしないほうがいいでしょう」
怪人は最後に忠告する。ヨウコは頷いて応える。
「わかりました...」
「それでは...」
最後にそういうと、怪人は回廊へと姿を消した。
突然、黒い球が現れ、呼吸をしているかのように規則的に振動しながら宙に浮いていた。その振動は激しくなり、時空が歪み、球は穴になる。その穴の向こうに、あの廃墟ビルディングの寂れた暗い空間が広がっていた。
そこからは陰気さと共にカビ臭さが漂っていて、その匂いにヨウコは現実の空気を感じた。それは人間たちの本来生きるべき世界に戻ることを物語っていた。
つづく
しかし部屋のどこかで空気を振動される何かがあった。
たまたまヨウコたちと一緒に迷い込んだ黒猫は敏感にそれを察知して身をかがめている。
「Booooom....Booooom.... Booooom....」
それは低周波振動のような音で機械音というよりなんらなかの有機体、さもすれば昆虫が羽と体をこすり合わせた時の摩擦音に近いような音だ。
続いて名状しがたい音声が聞こえて来る。
「ᚡᚢᚣᚤᚥᚦᚧᚨᚩᚠᚡᚢᚥᚦᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ・・・・ᚡᚢᚣᚤᚥᚦᚧᚨᚩᚠᚡᚢᚥᚦᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ・・・ᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ」
それは意味不明な言葉、もしくはそれ自体なにか意味を持つ呪文が部屋全体を鳴らした。
「ぎゃあぁぁっ!!」
悲鳴が起き、老人と一緒に奥へ進んだヨウコが奥の方から凄い勢いで戻って来た。間もなく、その後に続いて謎の人影が現れた。
その謎の怪人は、暗い色をした外套を着ていて、フードから覗く顔の部分には、仮面をつけているのか、または皮膚がただれてしまったのか、普通の目鼻のある要望ではなさそうだ。外套のようなコートを身に着けているが、服装も西洋東洋とも形容しがたい異様な恰好をしていて、ヨウコがそれを見て大きな悲鳴を挙げるのも無理はなかった。
その謎の怪人は怯えるヨウコに謎の言語で語りかけた。
「你明白我的意思吗?」
「なに?なんなの!?」ヨウコは緊張した表情で、怒気が込められた言葉を返した。
しかし、謎の怪人は特に威嚇したり怯んだ様子もなく悠然と立っていた。そして怪人は立て続けに幾つか違う国の言語でヨウコに語り始めた。
「Bạn có thể hiểu được những lời này?」
「한국어를 이해하십니까?」
「韓国語は何かわかったけど、日本語しか話せないよ」
突然聞き慣れた日本語の言葉が来て、ヨウコは拍子抜けしたようで、返す言葉が出ない様子だ。
「これならわかる?」
「わかる...でも!あの老人をどうやったの!? 元廃墟のオーナーとか言うあいつは消えちゃったの? あんたは仲間ってこと?」
ヨウコは不安げな表情で、怪人に詰め寄る。一方、怪人は落ち着いた口調で答える。
「まぁ仲間と言われればそうですねぇ。しかしそれももうかなり前のことの話ですが...」
怪人は少し苦笑しながら答える。ヨウコは不安げな表情で詰め寄る。
「いやいやいやもう勘弁してよ! わたしに何のようがあるの?」
「いやいやー謝るのはこちらの方です。あなた方には随分とご迷惑とご心配をお掛けしたようです。帰りたいならば希望通りお帰ししますのでどうか心配しないでください。それにしても日本語は、文法が難解だし語尾の変化がいと多き言語ですねぇ。まぁでももう少し落ち着いてください。ヨウコさん私ともう少し会話が出来ますか?」
怪人は丁寧に語りかける。ヨウコは少し緊張しつつも、その言葉に安心感を感じる。
「終われば...ほんとうに帰してくれるの?」
「ええ、あなたが元いた世界に帰って頂いてけっこうです」
「てかあなたは誰?」
「私は観察者です。世界をひたすら見つめる者...」
「ん?...観察者? 見つめる者ってどういう意味ですか? 人間ではない...ってこと?」
ヨウコは疑問の表情で怪人を見つめる。怪人は少し困ったように答える。
「人間と言えばわたしも人間です。しかし詳しいお話をすることはなかなかどうしてあなた方の時代似あわせた表現で言えば、クリアランスが高く付くというかセンスティブな内容と言いますか...」
「いやあなたがいま会話しようって言ったんでしょ。国の政府の人みたいにでいろいろと秘密だらけってこと??」
ヨウコは少し不満そうに言う。怪人は仕方ないと言わんばかりに答える。
「確かに言いましたね。では仕方ない、率直にお話しましょう。あなたが元の世界に帰って仮に誰かにここでの話をしたとしても、誰も信じないでしょうし」
怪人は少し溜息をついて、ヨウコに真正面から話しかける。
「それよりも、私の友達のレイカに、あと他に二人のユーチューバーって言って・・・意味わかります? 彼らがネズミにされたんですけど、どうなったの?」
ヨウコは不安そうな表情で尋ねる。怪人はゆっくりと答える。
「はい。もちろん把握してます。ネズミにされた男性二人はちゃんと別で保護してるから大丈夫です。ご心配なく」
そう言うと、怪人は手を上げてジェスチャーのような仕草をする。ヨウコはその手の指を見つめる。
指の長さと本数が違う。パット見て鳥か爬虫類の手のようにも見えたが、どちらかというと魚の細かい鱗のようなものに覆われているように見える。そそれはどう見ても人間のものじゃなかった。
ヨウコは怪人に警戒心を抱きながら、不安と好奇心が入り混じった表情で見つめる。
「レイカは?」
「彼女の方も保護しています。もうすぐここへやって来るでしょう」
怪人がそう言うと、今度は白い床の下から黒い物体が泡ぶくのようにむくむくと湧き上がって来たかと思うと、それは宙に浮いて、先に天井から出てきた球と共に対になった。
ヨウコは目を見開いて尋ねる。「この球体の中にいるってこと!? それも魔法の力?」
「そういうことです」と怪人は淡々と答える。
「杖がなくてもできるの?」
「杖ですか? まぁ別に持っていなくても構いませんが...まぁ杖ならここにありますよ」
と言って怪人はローブの中から手慣れたマジックでもするかのように、素早い手さばきで黒い杖を引き出す。
「それってつまりあなたもやっぱりあの老人のお仲間ってことでしょ!?」ヨウコが訝しげに尋ねる。
「いやまぁそうなんですがその点はご心配なく。彼と私は違います。あなたにかなり酷い思いをさせたようですが、彼はもとは素晴らしい感性を備えたよっぽど私よりも優秀な人間でした。しかしどうやら地球の毒気にやられてしまったようですね。しかし彼があのような変貌を遂げていることを気づかずにこの廻間に隠匿していたことを見逃していたことは、私の落ち度でした」
怪人は少し歯切れの悪い口調で説明する。ヨウコはますます混乱した表情を浮かべる。
「な、何言ってるか変わらないけど...とにかくあいつを捕まえてどっかに隔離したって感じな話?」
「その通りです。彼は私のほうで保護しました。なのでもう大丈夫です」
「なるほどって頷きたいけど、こっちに来てからずっと??なこと連発で、まるで悪夢なんですけど、いまのこれって現実なの?って感じで...」
ヨウコは不安げに尋ねる。怪人は静かに答える。
「現実です。しかしながら私にとっても地球に生存する生身の人間に会うなど、あなたと同様に夢みたいな感覚です。この邂逅がどれほど振りなのかもはや正確に思い出せませんが、かれこれもう数十万年は経ってしまっていると思います」
ヨウコは目を見開いて驚く。「数十万年!?」
「はいそうです。私とあなた方人間の時間感覚は違いますが、地球時間で言えばそのくらいになりますねぇ。私の感覚的に言ってもかなり前のことではありますが」
怪人は淡々と説明する。ヨウコは混乱した表情を浮かべる。
「もしかしてあなたが、その...老人なんて言ってたんだっけ?...そうだ! もしかしてあなたがその、人間の始祖とかいう?」
「その呼び方めちゃくちゃ恥ずかしいですねぇ。彼がいってたんですか? 始祖と呼べるかどうかはわかりませんが、確かに私たちがあなた方地球における人間の始まりに関与していますけど」
怪人は少し照れくさそうに答える。ヨウコは驚きの表情を隠せない。
「つまり人間を作ったっていうことは...神様ってこと?」
「神様ですか? うーん...たしかに私たちはいくつかの宗教や伝承による神話のモチーフにされているようです。プロビデンスの目のシンボルや、万物を見通す目とか言われる存在ははつまり、たしかに私たちのことを暗示しているのでしょう。しかし私は神ではありません。私たちはあくまで観測者です。世界をつぶさに見届けるために存在しています。流浪する万物の移ろいを俯瞰することに至上の喜びとしている者と説明出来るでしょう」
怪人は丁寧に説明する。ヨウコは混乱しながらも、その言葉に耳を傾けて疑問を投げかけた。
「それってどういう意味です?」
ヨウコが疑問を口にすると、怪人は丁寧に説明し始める。
「あなた方にも同じ人間性が備わっているからわかるでしょう? 例えば動物園というものがあります。あなた方はそこに自分以外の様々な種族の動物を集めますよね? そしてその生態を観察して興味深いと面白がったりしてませんか?」
「た、たしかに...」ヨウコは少し戸惑いながら返事をする。
「それと同じです。それがまさしく人間性ですから。そんなことをする種族は人間以外いがい居ないでしょう。つまり私たちの特徴を継承しているわけです」
怪人は穏やかな口調で語る。ヨウコは少し納得したような表情を浮かべる。
「てことはやっぱりあなたは神みたいな存在ってこと?...それじゃあの老人が言ってたとおり、猿に人間性を植えつけたっていうのは本当の話だってこと!?」
「猿人という言い方はあなた方にとって侮蔑的な言い方かもしれませんが、端的に言えばつまりそう言うことです。地球と呼ばれる惑星の他にもにも、ネズミ人間やトカゲ人間にあとアリ人間という種も存在します。しかしそれらの種族は長く繁栄することは出来ず終焉を迎えましたがねぇ」
怪人はさらに詳しく説明する。ヨウコは驚きを隠せない表情だ。
「アリ人間...?」
「そうです。信じられなくて当然でしょう。戯言や与太話だと思って結構ですよ」
怪人は少し苦笑しながら言う。ヨウコは混乱しつつも、さらに聞いてみる。
「いやそこまで言うつもりないですけど、人間を観察するためにあなたは存在しているの?」
「これまでさまざまな種に対して我々の人間性を試しました。良好な経過を観ることもあるば、ただただ幻滅に帰するような結果に終わることもありました」
「見るのが仕事なの?」
「仕事というのも人間ならではの表現ですね。しかしこの場合仕事というよりは目的または本分と言ったところでしょうか」
怪人は少し困ったように答える。ヨウコはその言葉に頷く。
「つまり私たちは観察される実験モルモットと同じってこと?」
「もしくは途方もなく大規模で制限のない動物園の主役と言ったら分かりやすいでしょうか」
怪人は無感情にそう言い放つ。ヨウコは複雑な表情を浮かべる。
「観察することが楽しいわけ?」
「では聞きますが、あなたは何の為に生きて生きているのですか?」
ヨウコは少し戸惑いながら答える。「いや...そう言われれば難しいけど、勉強したり、楽しみを見つけて...」
「私も同じです。それが人間性ですから。子孫を残すのは他の動物と同じです。人間といってもそれぞれ個性がありますが、一日中蟻の巣を観察したり、外国の素晴らしい景観を見るためにいかなる労力を惜しまなかったり、創作物語に意味を求めたり、物語の結末に感傷的になったりまたは逆に苛立ったり。何故かそこに生きる意味を感じるでしょう? それ以上のことはありませんし人間とはそういう不思議な生命ですから」
怪人は哲学的に語る。ヨウコは少し呆れたような表情で聞いている。
「なんか哲学の先生みたいな答え...」
「その感覚いいですね。いま私はあなたを自分の娘のように感じました。これこそ人間です。そしてこうしてあなたという本物の地球の人間に会えたのですから、いま私もかなり良い気分です」
怪人は嬉しそうに述べる。ヨウコは少し戸惑いながらもさらにヨウコは怪人に詰め寄る。
「あの頭がぶっ壊れた老人ですけど、あいつが自分の娘って呼んでた少女たちはこの後どうなるんですか! かなりの人数この奥のスペースにいるって聞いたんですけど、言ったら神隠しにされたみたいな子たちがいますよね? 彼女たちは帰してくれるんですか?」
「それは難しい話です。残念ながら彼女たちの魂はここにありません。元は地球にいた人間ですが中身がすでに違うものに変わってしまっています。彼女たちは地球に戻ったとしても元の人間として普通の生活をすることは難しいでしょう。再会したとて彼らを待っている人々にとってもそれは不幸なことになるでしょう。残念ですが」怪人は少し憂いを帯びた表情で答える。
「それは心を壊された?とか、そういう意味?」
「そうです。率直に言うと我々はそういうことが出来ます。念の為もう一度言いますが、あなた方にとって脅威的に思えた白髪の老人の男も、本人が望んでああなった訳でないのです。悪運が重なりああなってしまったようです。その結果本来起きるべくもないことが、閉口していたるべきこの場所に引き起きてしまったようです。しかしながら話せるのはここまでです。これ以上の詳細は残念ながら言えません。聞けばあなたも元の世界に戻れなくなりますので」
ヨウコは怪人の言葉を聞いて困惑した表情を浮かべる。
「聞かなくていいです! ちょっと気になっただけ」
「それでは彼女たちのことは保護してその後どうするかは、我々にまかせてください。あなたの方は元の世界に戻って普通の生活を送ることが出来るでしょう」
「でもキー&ウッシーとレイカはさっき言ったとおりちゃんと解放してくれるんですよね?」
「ええ。でも面倒な記憶は残らない方がいいので、彼らは元世界のビルの五階で解放しましょう。それ以外に何か話しておきたいことはありますか?」
ヨウコは怪人に尋ねる。
「えーと...それじゃついでに、変な話かもしれないけど幽霊って実際に存在するんですか?」
怪人は少し困ったような表情で答える。
「それはつまりそれは超常現象や心霊現象と呼ぶ事象についての質問でしょうか? それについて残念ながら私も正しい答えを持っていません。しかし目に見える世界がすべてだと思ったら大間違いです。逆に目に見えない世界に無理やり目を向けろとも言えません。大切なのは内も外もしっかり観察することです。でもすで今あなたは本来見るべきでない埒外の世界を見てしまっているじゃありませんか? あなたがいるこの場所があなたの言う霊界なのかもしれませんよ」
怪人は慎重に言葉を選んで説明する。ヨウコは少し恐縮した表情を浮かべる。
「た、たしかにそっかぁ、変なこと聞いちゃったかも...すみません」
「あやまらなくてもいいです。さらに、もうひとつだけ言葉を付け加えますと、この世界に身を置いたあなたという存在が、元の世界に戻れば、それだけで何かしらの影響を世界に及ぼすことでしょう。それは良いことなのか悪いことか断言できませんが、それを楽しみなさい。そして人間らしく観察するのです」
怪人は少し厳しい口調で語る。ヨウコは少し困惑した表情を浮かべる。
「なんかエグいこと言われてる気がするけど...わかりました」
「私が伝えられるのはそれだけです。それでは黒い球二個をお供にして元の世界にお帰りなさい。元いた世界であなたのお友達三人は元の姿に戻り、球は消えているはずです」
怪人は静かに告げる。ヨウコは少し戸惑いつつも、丁寧に一礼する。
「わ、わかりました。それじゃ...えっと...ありがとうございました」
「あなたと会話が出来て良かったです。最後にこれは忠告ですが、帰ってからここでの話はしないほうがいいでしょう」
怪人は最後に忠告する。ヨウコは頷いて応える。
「わかりました...」
「それでは...」
最後にそういうと、怪人は回廊へと姿を消した。
突然、黒い球が現れ、呼吸をしているかのように規則的に振動しながら宙に浮いていた。その振動は激しくなり、時空が歪み、球は穴になる。その穴の向こうに、あの廃墟ビルディングの寂れた暗い空間が広がっていた。
そこからは陰気さと共にカビ臭さが漂っていて、その匂いにヨウコは現実の空気を感じた。それは人間たちの本来生きるべき世界に戻ることを物語っていた。
つづく
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