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とある廃墟ビルディングにて 〜天国と地獄編〜
第十四話
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「黒猫君には残念だったかもな。しかし私は厄介なネズミがいなくなって清々した気分だよ。もう彼らも来ることもなかろうて」
老人は穴のふさがった白壁を見ながら満足げに呟くと、それからピアノの下の黒猫の方を振り返り笑った。
「フハハハハ...猫のお前さんにとってもこの場所は理想的な楽園になるだろう。たしか、もう遠い昔になるが、楽園実験と称された、ネズミを飼育して社会実験があったはずだが、たしかユニバース21とか言ったかな...。この世界は、仮にパラダイス21とでも名付けようか。しかし実験ではない。この杖で何だって成し遂げることが可能なのだからねぇ」
猫はピアノの下に隠れたまま、老人に警戒を解かずにでてこない。
「猫のお前さんにとっても、ここは理想的な楽園になるだろうて。かなり昔の話だが、1960年代の米国で楽園実験と称される、ネズミを使った社会実験があったはずだ。結果は何度も繰り返しても、最後はネズミは一匹残らず死に絶えた。失敗したのはおそらくネズミしか存在しない環境だったからだろう。それを教訓にここでは多様性を重んじることにしよう。まずは人間の大切な友でもある種の猫にここに居てもらうのは実に有意義なことだ。ヨウコくんの飼い猫だろ?オスなのかな?」
「私の飼い猫じゃないよ」一筋の涙を拭いながらヨウコは答えた。
「なんだ!君の猫じゃないか?...ということは野良猫がドサクサに紛れて入り込んでおったようなねぇ。にしても君はなぜ泣いていんだい?」
「...あんたはそんな感じで自分の思いどおりにやれれば、それで楽しいわけ?」
「なんだヨウコくんご機嫌斜めのようだねぇ。どうか泣かないでくれくれたまえ。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。ただわたしは君に笑って過ごしていてほしいだけなのだよ」
といって、杖を持つ反対の左手でヨウコの頬に触れようとしたが、勢い良くヨウコはそれを跳ね付けた。
老人は左の手でヨウコの頬に触れようとしたが、ヨウコは勢いよくそれを払い払った。
「そんな甘ったるい事言っても騙されないって!あんた人のための振りしてやってることは、結局自分の好きな人間だけ残して自分のための楽園作ってるだけじゃん」
ヨウコは老人の真意を見抜いていた。怒りと憤りが込み上げてくる。
一方、老人は穏やかに語りかける。
「ほう...お前がそう感じるのも無理はないな。確かに私は、君の友人を追い払ってしまったのは事実だ。優しいヨウコ君は、きっとこう思っただろう。ネズミにされた人間の気持ち、追放された人間の気持ちを考えていないのではないか、と」
「いや、ネズミになった人の気持ちなんてわかんないよ。でも、お前がやってることは明らかにおかしいと思う。特に、あの杖の力使う理屈が理解できない。もっと良いことのために、その力使おうって思わないの?」
ヨウコは老人の行動に疑問を呈する。杖の力の使い道に疑問を抱いている。
「そうだな、君の言うとおり、その目標は素晴らしいものだ。しかし、それを実現するには単純な努力や善意じゃ不十分なのだよ。なぜなら、今のインターネット上に溢れるコメントを見れば分かるように、匿名アカウントの言動は極端で攻撃的なものが多いからだ」
ヨウコは首を傾げる。
「それってさっきのTwitterとかYahooのコメントのこと?」
「ああ、その通り。そうした匿名の奴らの言動を見て、君はどう感じる?」
「炎上したり、ヘイトスピーチみたいな過激なのが気になるよ。なんでああなことするのかさっぱりわかんないけど・・・」
「そうだな。匿名の仮面被ると、まさに心理学的に"同調圧力"や"集団極性化"って現象が起きやすい。目立つ奴の発言が集団全体に影響して、極端な方向に誘導されていく。インターネットの中ではその傾向がより顕著に表れるんだ」
老人は深く頷くながら続ける。
「つまり、人間は匿名の仮面かぶることで、普段抑えてる"影の部分"が表に出てきて、自己が変貌するってわけだ。でも、必ずしも攻撃的になるとは限らない。重要なのは、極端に攻撃的な言動をする奴と、それを止めようとする人間の割合だろう」
「そうだな…暴言吐く奴が目立つけど、多分全体の3割くらいじゃないの?半分以上は黙ってるけど、ほとんどの奴がおかしいと思ってるはず」
「その通り。匿名の仮面かぶっても、必ずしも攻撃性を帯びるわけじゃない。でも、あいつらの少数の声が多数に見えるのが恐ろしい。それで、傍観してた普通の奴らも影響を受けちまうんだ」
「でも、傍観しつつも、あれ止めようと動く奴もいるんじゃない?」
「確かに。しかし、そうした誹謗中傷する奴らは、しばしば事実を誤認、もしくは故意にデマをデッチあげる。自分の信じるものに固執して頑なにるとも言えるだろう。そんな時に、もし君が彼らと話し合う立場になったとしたら、彼らの態度を変えたり、止めることが出来るかい?」
ヨウコは考え込むように黙り込む。
「それは・・・多分無理だと思う」
「ああ、その通りだ。君が理不尽な罵詈雑言を浴びせられている誰かを必死に守ろうとして、完全に勘違いに過ぎない思い込みを抱いている相手を気付かせようとしても無駄だ。実は、あれは誤った思い込みというのは正確ではなく、ある意味病魔の影の力に侵食され脳神経が痺れさせ、人間性が去勢されたような状態でもあるんだ。あれはつまり病気なんだよ。インターネットが産んだ精神疾患なんだ」老人はそういってニヤリと笑う。
「病気?」ヨウコに複雑な表情が浮かぶ。
「ああ、その通りだ。インターネット社会の光と影の狭間に生まれた精神病理症状なのだよ。サイバー空間乖離症もしくは、インターネット性人格障害と呼ばれる症状だ。主に境界性人格性の亜種だが、反社会性人格障害と自己愛性人格障害を兼ね備えた異様で複雑な症状を呈する。しかもインターネットの利用率と影響力を考えると、今まで在り得なかった規模の母集団を持つ症候群シンドロームを生成する恐ろしい病気なのだ」
ヨウコはその言葉に戸惑いを隠せない。
「それって...本当に病気って言えるの?」
「それでは実例として挙げてみよう。SNSの誹謗中傷で死に追いやられた人々のことを、君も知っているだろう?実際に死を選ぶほどに追い込まれたネット炎上と言われる事件は世界中で数多起きている。その原因である、人を殺すほどのヘイトを帯びた集団が悪辣かつ執拗な人格攻撃を行う精神状況を、君は正気だと考えるかい?」
「そ、それはそうだけど...」ヨウコは戸惑いの表情を隠せない。
「この現象は社会病理なのだよ。人々がインターネットによって今まで考えられないほどの激しい情報の波に晒された結果、多くの人間が人格障害という精神の異常を来したのだ。光あるところに影あり。光なくば影も存在しない。光と闇、どちらか一方だけを存在させることは出来ない自然の摂理だ」
「つまり・・・それってつまり陰と陽みたいな話?」
「その通り。君の言う陰と陽とは、まさに東洋思想の太極の考え方だが、現代科学でも量子物理学にてその原理が証明されている。上を向くものあれば必ず下向くものあり。右回転は左回転を対に持つ。神は細部に宿るとはよく言ったものだが、人間社会にもまた同じように、好むと好まざるとにかかわらず、神の原理が働いている。例えばインターネット人格障害に陥った人々が、類が友を呼ぶが如く束になると、もう一方で極性が反対の者達が束になり始める。その二曲相反関係は社会の中でも顕在化し軋轢を生む。人々は己に向き合うことを禁忌とし、お互いに罵声を上げるドグマに支配される。それによって陰陽はいっそう引き立つ。それもこれも神の手の上で転がされているに過ぎないのだ。そして正気を保とうと必死に努力する者達の行為も、すべて無駄だ。なぜなら、自分たちはその逆スピンが前提で存在しているからだ。日本人ならば説明は要らないだろう。スピンを解くほどの核爆発のようなショックの激震がなければ、カルトの狂信及び妄執は取り除かれない。それが神の摂理であり、物理学で言うところのパウリの排他原理だ」
ヨウコは老人の言葉に圧倒されたように黙り込む。
「つまり・・・最初から結末は決まっている?」
老人は深く頷いた。
「まさにその通りだ。諸行無常と言った物だが、一万年前の文明や国家が今存在していない事がすべてを物語っている」
ヨウコは不安げな表情で老人を見つめる。
はい、分かりました。原文を尊重しながら、誤字脱字の修正、推敲、そして人物描写の加筆を行います。
老人は深く頷きながら、ヨウコを見つめる。
「量子物理とか言われても高校じゃ範囲外だよ。私文系だし」
ヨウコは少し呆れた表情で老人に言う。
「おっとそれはすまない...。それでは物理はもうやめるよ。とにかくリアルな社会ではインターネットはもはや社会インフラとして外せるものではなかろう。ゆえにIT進化は進む一方でブレーキがない。一方で個人の興味はより細分化して、指向性はよりニッチになりベクトルを異にして先鋭化していった結果、その先にあるのは極端な非人間化の孤立した小集団もしくは分断された個人化だ。そんな社会に適応して生きていくために人は、自分の人間性を乖離させながら、その孤独を紛らすことになるのだよ」
老人は深刻な表情で語る。ヨウコの表情からは、この話題に少し戸惑いを感じているようだ。
「なんかよくわかならないけど、なんか悲観的なかんじだけど....」
ヨウコは首を傾げ、老人の言葉に困惑した様子を見せる。
「知らぬがホトケという言葉があるが、実際近い将来、今以上にその代償行為としてゲームやアニメや異世界モノのフィクションに感情を発露させるしかない哀れな世界がまっている。未来は結婚よりリスクあるものとなり少子化は当然ながら進行し、子どもたちはうるさいと言われ外で遊べず、幼い時からネットに没入するようになり、大人たちは互いに交す挨拶をやめ、男女がそれぞれラブドールと言われるAI搭載の人工の異世界転生キャラクターの愛玩人形を所持し、それにおはようと呼びかける、そんな社会だ。」
老人は暗い表情で、ヨウコに未来の姿を語りかける。ヨウコは聞きながらも不安げな表情を浮かべている。
「なんかもう聞きたくなくなってきた・・・」
「君が理解できなくても当然だよ。現行の時代では認知できるわけがないのだから無理もない。しかし私は今言った通り、絶望の未来のその先にある潜在的未来像すらもすでに垣間見てしまったのだ。その未来はというのは・・・それは形容しがたいというか、絶対零度のような寛容と希望という価値を捨てた氷の世界だ。私の目には、まるで人々がそんな絶望に向かって人々が走り続けているようにさえ思えるのだよ。まるで寓話のハーメルンの笛吹きのように。インターネットのトップインフルエンサーや大物芸人著名人とか言われる笛吹きの音色に先導され、ひたすら追い掛けるだけの知恵のない子どもたちのように」
ヨウコは老人の暗澹たる予言に、不安と恐怖の色を浮かべながらも、ヨウコは老人の真意を敏感に察し取ろうとしている。
「あんたはその未来を嘆いて、だからここに人間らしい他の未来を作ろうって思ったって、こと?」
「さすがヨウコくん!やはり察しがいいねぇ!ここではインターネットや携帯電話のない太古からつづく穏やかな人間の営みを守りながら、人々が互いに敬意を尊重できる社会を作ることが目的でもあるのだよ」
老人は頷きながら、ヨウコの洞察力を認めるように語る。ヨウコの表情からは、少しずつ老人の意図が理解できてきているようだ。
「それだからってさ、なぜレイカやキー&ウッシーを排除する必要があるの?」
ヨウコは老人の行動に疑問を呈する。自分にとって大切な人物を排除したことに、納得できないでいるようだ。
「君にとってレイカくんは大事な存在だったのかもしれない。それはわかる。では私が彼らを追放した訳を率直に言おう。それはねぇ、彼らの目を見てすぐに気づいたのだよ。残念ながら彼はそのインターネットの人格障害に罹っていた。残念ながら彼らは、魂にすでにその病理を根が植え付けられてしまっていたのだよ」
老人は真剣な表情で、さらにレイカらを排除した理由を説明する。
「さっきも言ったとおり、サイバー空間での気が狂ったような人々が繰り出す浅ましい言動と、彼らが生み出す悪意を凝縮した言葉の羅列を君も見てきただろう?彼らはインターネットによって偏向された夥しい混沌情報によって侵されたいわば病的ヒステリー集団だ。まるで多次元の深淵の悪魔がインターネットに憑依し、そこに生きがいを見出した人々の建前の裏に忍ばせた本音の領域を、悪魔たちが巧妙に侵入し、彼らに自分との悪魔的契約の印を刻むかのように。残念ながらレイカくんたちは、すでにそれに汚染してしまっていた。集団の一人なのだ。だから仕方なく私は彼らを追放した。」
そして老人は確信をもってレイカたちがインターネットの病理に侵されていると断言する。
「しかしヨウコ君は汚染されていない。またここに居る他の娘たちも同じく陰性の者たちなのだよ。私は君がここに居ることを認めたのはこのためだ。そして君が居てくれることを選んで喜ばしく思っているわけさ」
「そんなバカな話っていうかさ。あなたの話こそが一番極端だって思うよ。だってレイカが何をしたっていうの?だってさ病気病気って言ってるけど、あなたにはその病気の専門家なわけ?勝手に決めつけてるんじゃないの?」
ヨウコは眉をひそめ、老人の主張に疑問を呈する。レイカに問題がないと信じているようだ。
「君はレイカ君の裏の姿を知らない。彼女がXwtterの裏垢でどんな浅ましいことをポストしているか知ったら君もぞっとすると思うよ。それにインターネット性人格障害という精神疾患は、君のある時代でまだ常識として認知されていないとさっき言ったはずだ。しかし現行世界でも、すでに気付き始めている精神科医もいるのだよ。そして30年後の世界では現実的にそれは認知されることになる。DSMにも症例として追加されたれっきとした病気なのだよ」
老人は真剣な表情で、レイカの問題行動と、インターネット性人格障害の現状について説明する。ヨウコは少し戸惑いながらも、その話に耳を傾けている。
「DSMって何?」
ヨウコは老人の言葉に出てきた専門用語について尋ねる。
「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略だ。国際的精神障害の正式な診断基準だよ。未来の世界で完全に社会問題視されている社会病理なのだよ。インターネットによる精神疾患は、地球沸騰化と言われる異常気象と同じように未来には世界で上位に入る懸念すべき事象としての捉えられている社会問題なのだよ」
老人は丁寧に説明する。ヨウコはその言葉を真剣に聞き入っているようだ。
「それがつまり世界にどう影響するってわけ?」
ヨウコは老人の言葉の意味するところを理解しようと努めている。
「別に個人が気が狂い暴れると言った話しではない。しかしながら本音と建前が乖離し整合性を失った狂気に陥る社会集団の悪影響を想像したまえ。インターネット性人格障害は各国の首長選択選挙にも悪影響を及ぼす事になるのだよ。フェイクニュースを生み出す者達も、それに先導される者もその病気の罹患者だ。そんな中で特にアメリカの大統領選挙に著しい影響を及ぼし、その乱れた選択によって政策は機能不全に陥り、社会システムは歪んで混乱の極みを呈し、特に米国政府はダブルバインドに窮し予算が採決されず、自治サービスが機能不全に陥り困窮した人民たちの怒りが沸点に陥り銃器のトリガーが引かれた。それはセカンドシビルウォーと云われる大きな内戦だ。インターネットのために、死ぬ必要のない人々が大量に犠牲となる歴史的事態となったのだよ」
老人は深刻な表情で、インターネット性人格障害が引き起こした社会的混乱について詳しく説明する。ヨウコは驚きと不安の表情を浮かべながら聞いている。
「なにそれ、聞いたこと無いけど・・・」ヨウコはまゆをひそめて尋ねた。
「そりゃそうさ。君が大人になったずっと後のの話だからねぇ」
老人は苦笑しながら、自分の話が未来の出来事であることを認める。ヨウコはさらに不安そうな表情を浮かべる。
「でもインターネットの影響で戦争ってどういう意味?」
ヨウコは老人の言葉の意味がよくわからないようで、さらに詳しい説明を求める。
「それでは順を追って説明しよう。そもそもインターネットは核戦争が起きたとしても通信網を網の目状にして分断されずに回線をいじする目的で作られた技術だった。しかし米国にとっての真の脅威はロシアでも中国でもなく、自国にいたというわけだ。防衛技術だったインターネットが原因で、しかも自国内の内戦に核兵器など使うわけにいかん。なんとも皮肉な話だねぇ。そのセカンド・シビル・ウォーにおける死者は推定推定500万人と言われている。しかしながらその犠牲によって、インターネットの精神への悪影響を本気で考えなおそうという流れになったわけだ。そしてWHOの専門家たちによる調査が行われ、アメリカ内戦に向かう以前の人々のネット言動についての、細かな精査分析がなされた。その結果、人間の脳にとってインターネットが最も有害な毒だというショッキングな内容が提示された。例えば青酸カリやサリンで500万人殺すなど現実的には無理な話だが、インターネットの毒性により起こってしまったというわけさ」
老人は真剣な表情で、インターネットが引き起こした悲惨な結果について詳細に説明する。ヨウコは恐怖と困惑の表情を浮かべている。
「インターネットが現実に人間の頭をおかしくするって言っても、どうやってそうなるの?ぜんぜんわかんないけど」
ヨウコは老人の話の内容が理解できないようで、さらに疑問を投げかける。
「たしかに君の言うとおり、どのようなダイナミクスと問われれば、インターネットが人の心を混乱させ人格障害まで至るかについて幾つか要因が指摘されている。ひとつは、インターネットのコメントがその場の衝動で言ったとしても永久的に残り続けることに由来していると言われている」
老人は丁寧に説明を続ける。ヨウコは真剣な表情で聞き入っている。
「え?それが問題なの?」
ヨウコは不思議そうに尋ねる。
「人間は忘れることで前に進む。天気が悪くてもいつか晴れるだろう?何かネガティブなことがあっても、他の刺激を受ければ、大抵の過去の悪い記憶は薄らいで、次の日には忘れて気持ちを新たにするだろう?」
老人は優しく語りかける。
「まぁたしかにそうかな・・・」
ヨウコは少し納得したような表情を浮かべる。
「良いことが起きて、次に悪いことが起きて良いことも忘れる。その逆も真なり、当たり前だがそれが自然な摂理だ。しかしインターネットでは、記録が残り続けることで、憎悪が強化されたり、または逆に良いことばかりシェアして、バエル虚栄に囚われたりす。どちらにせよ、それが過激で無遠慮なものほどより注目を向けられてしまうものだ。それを見た大多数の人が影響を受け、見たいものだけ見るようなり、人は己を省みなくなる。インターネットとは、ネガティブフィードバックを抑制するシステムなのだよ。ブレーキのないアクセルだけの自動車を想したまえ。その怖さを理解できるだろうまた、ヨウコくんが先ほど指摘してくれたとおり、インターネットによる匿名性を帯びることで、罵詈雑言集団は意図も簡単にタガの外れた人間に成り果てる。これはインターネットサイバー空間に居ると、まるで自分が異世界の住人かのように勘違いし現実感を失う離人症を呈するようになる。つまりサイバー空間はフィクションなのだから、自分の言動に対して無責任で構わないと勘違いする、とも言えるだろう」
老人は真剣な表情で、インターネットの危険性について詳しく説明する。ヨウコは真剣に聞き入っている。
「つまり人にとって悪影響って言いたいってわけ?」
ヨウコは老人の言葉の意味を確認するように尋ねる。
「まさしくその通り。端的に言うとインターネットは人間の心理を一つのことにこだわるように仕向けるのだ。記録が劣化せず残り続けるというのは人間の生き方に合わないんだ。コンピューターが記録してくれることが良いことだと皆思い込んでいるが、それは反面忘れることを難しくさせ、一つの思いや念に囚われやすくすることを意味する。インターネットでは誰かに対する敵意や憎悪に駆られた人間たちのコメントがあふれているだろう?その現象を心理学的視点からみると、固着する傾向が強められている、とも言える。固着はコミュニケーションの際の心理的齟齬の原因になるし、他人への寛容さや自分自身の精神の柔軟性をも損なわせる。その意味することはつまり、自分にも他人にとっても現実の人間関係において悪い影響しかないと言っておこう」
老人は真剣な表情で、インターネットがもたらす人間関係への悪影響について語る。
「それがそうだったとしても、インターネットが世界から無くなるなんて無理でしょ?」
ヨウコは、インターネットの存在そのものを否定することに疑問を持つ。
「ああそのとおり。その後もインターネットはなくなるどころか進化を続けることになる。つまりインターネットはちょうど麻薬とような存在なのだよ。インターネットに依存し自我を変質させた人格障害者たちは、ちょうど薬物依存者がその薬理の力で人格を変えるように、路上で蜷局(とぐろ)をまいたまま動かぬ蛇のように社会の風通し阻害する悪質な存在だ。しかしながら普通にインターネットを使える者もいる。つまりちょうどアルコールと同じようなモノとも例えられる。しかしながらアルコール中毒者と違いインターネット中毒者らは、千鳥足にもならないし呂律(ろれつ)もちゃんと回る。そしてなりより極性を持ってお互い砂鉄のように引き付け合い大きな集団となり、サイバー空間においてシンドロームを形成する。非常に性(たち)が悪い存在なのだよ。」
老人は、インターネットの依存性と中毒者の特徴について詳しく説明する。ヨウコは真剣に聞き入っている。
「ヨウコ君が素晴らしい聞きてであるためにどうにも話が長くなってしまう。やっぱり高校生にはちょっと難しい内容だかも知れないねぇ?」
老人は物腰柔らかく、ヨウコに配慮した。
「いや・・・・言ってる意味は理解できるよ。確かネットの言動っておかしいところあると思うし、先生が選挙権の説明で、すでに票に影響が出てるかもって、言ってたし。それに生徒の中にも、コミュ症コミュ症ってすぐ言うけど、実際そんな感じの子もけっこういるけど、それがインターネットの影響?なのかな?」
ヨウコは老人の話を真剣に受け止め、自分なりの考えを述べる。
老人は頷きながら、ヨウコの理解度を確認する。
「どうやら少しは理解してくれたみたいだねぇ。インターネットの社会への影響は計り知れないのだよ。しかしながら君の言うとおりもはやこの世にインターネットの無い世界を求めたとしても在り得ないだろう。すべての人および全体としても社会システムが、インターネットに依存しながら主幹となって社会を動かしている。やめようにも、もはや出来やしないだよ。要するに人類は悪魔の技術に完全にとりこまれていて、そこから抜け出すことができないのだよ。彼らが常識的に軽蔑する対象である、慢性アルコール中毒者や薬物中毒者と本質的に変わりないのさ」
老人は、インターネットが人類に及ぼす悪影響について強く訴える。ヨウコは複雑な表情を浮かべる。
「それはちょっと言い過ぎじゃないの?」
ヨウコは老人の言葉に少し疑問を感じているようだ。
「いや同じことさ。アルコールや薬物依存は否認の病と言われるが、そんな中毒者の彼らとそんなに違いはないのだよ。彼らは毒性に侵されているにも関わらず認めることはなく使い続けるわけだ。そしてぎゃんぷるなどのアディクションを含めて、現状において中毒症状が出ていないとしとしても、潜在的に誰しもその可能性を抱えている。そしてそれが進行したその先には確実に悲劇が待っている。それが個人の話に終わらない場合もある。そのわかりやすい大きなイベントがアメリカで500万人死んだ内戦だったというわけだ」
ヨウコは複雑な表情を浮かべて、
「そんなの・・・」そのひとことをヨウコはつぶやくと、ひとつため息を吐いて天井を仰いだ。そしてその先の言葉は出てこなかった。
ヨウコは老人の比喩的な表現に戸惑いを感じているようだ。天井を仰ぎながら、言葉を見つけられないでいる。
「君の気持ちはよく分かるよ。認めたくは無いだろう。私も当初、そんな灰色の未来を見て気が滅入ったものだ。しかしだからこそ、この新世界を築きあげようと決心したのだよ。そのためには感染者とそうでないものを厳密に隔離する必要があるのだ」
老人は、ヨウコの気持ちを理解しつつ、自身の決意を語る。感染者の隔離について触れる。
「レイカは感染してるってわけ?」
ヨウコは、レイカについて老人に尋ねる。
「ああ残念ながらそうだ。しかしながらいま彼女は、インターネットの無い別の意味の絶望の世界だが、ある意味隔離されているような状態だ。もしかするとインターネット抜きを経て居る中で、正気戻る可能性もある。しばらく様子を見ようじゃないか」
老人は、レイカの状況について説明する。ヨウコの表情から、レイカの安全を気にかけていることがわかる。
「レイカの命を保証してくれる?」
ヨウコは、レイカの命を守ってもらえるよう老人に強く求める。
「ああもちろん。君がどう思っているか知らないが、私は本質的には温情ある紳士的な人間なのだよ。レイカくんの命を見守ろるとしよう。とりあえず経過を見てみようじゃないか」
老人は、ヨウコの懸念に丁寧に応答し、レイカの安全を約束する。ヨウコは少し安心した表情を見せる。
「レイカの命を保証してくれる?」
ヨウコは、再び老人に確認する。
「約束するよ。だからもう君も安心したまえ。・・・・ところでこの奥に、さっきいた二人の他にも君と同じ年頃の娘たちがいる。肝を彼女たちに紹介されてくれたまえ。そして君の為に部屋を用意しよう。案内するよ」
「約束するよ。だからもう君も安心したまえ。・・・・ところでこの奥に、さっきいた二人の他にも君と同じ年頃の娘たちがいる。肝を彼女たちに紹介されてくれたまえ。そして君の為に部屋を用意しよう。案内するよ」
老人は優しく語りかけ、ヨウコを奥の部屋へと誘導する。ヨウコは少し力なげな表情で、老人の後を追うように歩いていく。
そう言って老人は、ヨウコの背中に優しく手を置いて、奥の部屋へ続く廊下へと促した。
ヨウコは力なく少し肩を落とした様子でトボトボ歩いて行った。老人はおもむろに後ろを振り返り、もう一度、入り口のあった壁を見やった。しかしそこにはもうあの廃墟ビルへつながる入り口もネズミがくぐるほどの穴もなく、小さな日々一つ無い綺麗な白い壁だった。それを見て安堵したのか老人はニヤリとわずかに口角を釣り上げると、踵を返しヨウコの後に付いて奥へ歩いてゆくのだった。
ヨウコは不安げな表情を浮かべながら、老人の後に続いていく。老人の表情には、満足げな様子が窺えた。二人は奥の部屋へと向かっていくのだった。
つづく
老人は穴のふさがった白壁を見ながら満足げに呟くと、それからピアノの下の黒猫の方を振り返り笑った。
「フハハハハ...猫のお前さんにとってもこの場所は理想的な楽園になるだろう。たしか、もう遠い昔になるが、楽園実験と称された、ネズミを飼育して社会実験があったはずだが、たしかユニバース21とか言ったかな...。この世界は、仮にパラダイス21とでも名付けようか。しかし実験ではない。この杖で何だって成し遂げることが可能なのだからねぇ」
猫はピアノの下に隠れたまま、老人に警戒を解かずにでてこない。
「猫のお前さんにとっても、ここは理想的な楽園になるだろうて。かなり昔の話だが、1960年代の米国で楽園実験と称される、ネズミを使った社会実験があったはずだ。結果は何度も繰り返しても、最後はネズミは一匹残らず死に絶えた。失敗したのはおそらくネズミしか存在しない環境だったからだろう。それを教訓にここでは多様性を重んじることにしよう。まずは人間の大切な友でもある種の猫にここに居てもらうのは実に有意義なことだ。ヨウコくんの飼い猫だろ?オスなのかな?」
「私の飼い猫じゃないよ」一筋の涙を拭いながらヨウコは答えた。
「なんだ!君の猫じゃないか?...ということは野良猫がドサクサに紛れて入り込んでおったようなねぇ。にしても君はなぜ泣いていんだい?」
「...あんたはそんな感じで自分の思いどおりにやれれば、それで楽しいわけ?」
「なんだヨウコくんご機嫌斜めのようだねぇ。どうか泣かないでくれくれたまえ。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。ただわたしは君に笑って過ごしていてほしいだけなのだよ」
といって、杖を持つ反対の左手でヨウコの頬に触れようとしたが、勢い良くヨウコはそれを跳ね付けた。
老人は左の手でヨウコの頬に触れようとしたが、ヨウコは勢いよくそれを払い払った。
「そんな甘ったるい事言っても騙されないって!あんた人のための振りしてやってることは、結局自分の好きな人間だけ残して自分のための楽園作ってるだけじゃん」
ヨウコは老人の真意を見抜いていた。怒りと憤りが込み上げてくる。
一方、老人は穏やかに語りかける。
「ほう...お前がそう感じるのも無理はないな。確かに私は、君の友人を追い払ってしまったのは事実だ。優しいヨウコ君は、きっとこう思っただろう。ネズミにされた人間の気持ち、追放された人間の気持ちを考えていないのではないか、と」
「いや、ネズミになった人の気持ちなんてわかんないよ。でも、お前がやってることは明らかにおかしいと思う。特に、あの杖の力使う理屈が理解できない。もっと良いことのために、その力使おうって思わないの?」
ヨウコは老人の行動に疑問を呈する。杖の力の使い道に疑問を抱いている。
「そうだな、君の言うとおり、その目標は素晴らしいものだ。しかし、それを実現するには単純な努力や善意じゃ不十分なのだよ。なぜなら、今のインターネット上に溢れるコメントを見れば分かるように、匿名アカウントの言動は極端で攻撃的なものが多いからだ」
ヨウコは首を傾げる。
「それってさっきのTwitterとかYahooのコメントのこと?」
「ああ、その通り。そうした匿名の奴らの言動を見て、君はどう感じる?」
「炎上したり、ヘイトスピーチみたいな過激なのが気になるよ。なんでああなことするのかさっぱりわかんないけど・・・」
「そうだな。匿名の仮面被ると、まさに心理学的に"同調圧力"や"集団極性化"って現象が起きやすい。目立つ奴の発言が集団全体に影響して、極端な方向に誘導されていく。インターネットの中ではその傾向がより顕著に表れるんだ」
老人は深く頷くながら続ける。
「つまり、人間は匿名の仮面かぶることで、普段抑えてる"影の部分"が表に出てきて、自己が変貌するってわけだ。でも、必ずしも攻撃的になるとは限らない。重要なのは、極端に攻撃的な言動をする奴と、それを止めようとする人間の割合だろう」
「そうだな…暴言吐く奴が目立つけど、多分全体の3割くらいじゃないの?半分以上は黙ってるけど、ほとんどの奴がおかしいと思ってるはず」
「その通り。匿名の仮面かぶっても、必ずしも攻撃性を帯びるわけじゃない。でも、あいつらの少数の声が多数に見えるのが恐ろしい。それで、傍観してた普通の奴らも影響を受けちまうんだ」
「でも、傍観しつつも、あれ止めようと動く奴もいるんじゃない?」
「確かに。しかし、そうした誹謗中傷する奴らは、しばしば事実を誤認、もしくは故意にデマをデッチあげる。自分の信じるものに固執して頑なにるとも言えるだろう。そんな時に、もし君が彼らと話し合う立場になったとしたら、彼らの態度を変えたり、止めることが出来るかい?」
ヨウコは考え込むように黙り込む。
「それは・・・多分無理だと思う」
「ああ、その通りだ。君が理不尽な罵詈雑言を浴びせられている誰かを必死に守ろうとして、完全に勘違いに過ぎない思い込みを抱いている相手を気付かせようとしても無駄だ。実は、あれは誤った思い込みというのは正確ではなく、ある意味病魔の影の力に侵食され脳神経が痺れさせ、人間性が去勢されたような状態でもあるんだ。あれはつまり病気なんだよ。インターネットが産んだ精神疾患なんだ」老人はそういってニヤリと笑う。
「病気?」ヨウコに複雑な表情が浮かぶ。
「ああ、その通りだ。インターネット社会の光と影の狭間に生まれた精神病理症状なのだよ。サイバー空間乖離症もしくは、インターネット性人格障害と呼ばれる症状だ。主に境界性人格性の亜種だが、反社会性人格障害と自己愛性人格障害を兼ね備えた異様で複雑な症状を呈する。しかもインターネットの利用率と影響力を考えると、今まで在り得なかった規模の母集団を持つ症候群シンドロームを生成する恐ろしい病気なのだ」
ヨウコはその言葉に戸惑いを隠せない。
「それって...本当に病気って言えるの?」
「それでは実例として挙げてみよう。SNSの誹謗中傷で死に追いやられた人々のことを、君も知っているだろう?実際に死を選ぶほどに追い込まれたネット炎上と言われる事件は世界中で数多起きている。その原因である、人を殺すほどのヘイトを帯びた集団が悪辣かつ執拗な人格攻撃を行う精神状況を、君は正気だと考えるかい?」
「そ、それはそうだけど...」ヨウコは戸惑いの表情を隠せない。
「この現象は社会病理なのだよ。人々がインターネットによって今まで考えられないほどの激しい情報の波に晒された結果、多くの人間が人格障害という精神の異常を来したのだ。光あるところに影あり。光なくば影も存在しない。光と闇、どちらか一方だけを存在させることは出来ない自然の摂理だ」
「つまり・・・それってつまり陰と陽みたいな話?」
「その通り。君の言う陰と陽とは、まさに東洋思想の太極の考え方だが、現代科学でも量子物理学にてその原理が証明されている。上を向くものあれば必ず下向くものあり。右回転は左回転を対に持つ。神は細部に宿るとはよく言ったものだが、人間社会にもまた同じように、好むと好まざるとにかかわらず、神の原理が働いている。例えばインターネット人格障害に陥った人々が、類が友を呼ぶが如く束になると、もう一方で極性が反対の者達が束になり始める。その二曲相反関係は社会の中でも顕在化し軋轢を生む。人々は己に向き合うことを禁忌とし、お互いに罵声を上げるドグマに支配される。それによって陰陽はいっそう引き立つ。それもこれも神の手の上で転がされているに過ぎないのだ。そして正気を保とうと必死に努力する者達の行為も、すべて無駄だ。なぜなら、自分たちはその逆スピンが前提で存在しているからだ。日本人ならば説明は要らないだろう。スピンを解くほどの核爆発のようなショックの激震がなければ、カルトの狂信及び妄執は取り除かれない。それが神の摂理であり、物理学で言うところのパウリの排他原理だ」
ヨウコは老人の言葉に圧倒されたように黙り込む。
「つまり・・・最初から結末は決まっている?」
老人は深く頷いた。
「まさにその通りだ。諸行無常と言った物だが、一万年前の文明や国家が今存在していない事がすべてを物語っている」
ヨウコは不安げな表情で老人を見つめる。
はい、分かりました。原文を尊重しながら、誤字脱字の修正、推敲、そして人物描写の加筆を行います。
老人は深く頷きながら、ヨウコを見つめる。
「量子物理とか言われても高校じゃ範囲外だよ。私文系だし」
ヨウコは少し呆れた表情で老人に言う。
「おっとそれはすまない...。それでは物理はもうやめるよ。とにかくリアルな社会ではインターネットはもはや社会インフラとして外せるものではなかろう。ゆえにIT進化は進む一方でブレーキがない。一方で個人の興味はより細分化して、指向性はよりニッチになりベクトルを異にして先鋭化していった結果、その先にあるのは極端な非人間化の孤立した小集団もしくは分断された個人化だ。そんな社会に適応して生きていくために人は、自分の人間性を乖離させながら、その孤独を紛らすことになるのだよ」
老人は深刻な表情で語る。ヨウコの表情からは、この話題に少し戸惑いを感じているようだ。
「なんかよくわかならないけど、なんか悲観的なかんじだけど....」
ヨウコは首を傾げ、老人の言葉に困惑した様子を見せる。
「知らぬがホトケという言葉があるが、実際近い将来、今以上にその代償行為としてゲームやアニメや異世界モノのフィクションに感情を発露させるしかない哀れな世界がまっている。未来は結婚よりリスクあるものとなり少子化は当然ながら進行し、子どもたちはうるさいと言われ外で遊べず、幼い時からネットに没入するようになり、大人たちは互いに交す挨拶をやめ、男女がそれぞれラブドールと言われるAI搭載の人工の異世界転生キャラクターの愛玩人形を所持し、それにおはようと呼びかける、そんな社会だ。」
老人は暗い表情で、ヨウコに未来の姿を語りかける。ヨウコは聞きながらも不安げな表情を浮かべている。
「なんかもう聞きたくなくなってきた・・・」
「君が理解できなくても当然だよ。現行の時代では認知できるわけがないのだから無理もない。しかし私は今言った通り、絶望の未来のその先にある潜在的未来像すらもすでに垣間見てしまったのだ。その未来はというのは・・・それは形容しがたいというか、絶対零度のような寛容と希望という価値を捨てた氷の世界だ。私の目には、まるで人々がそんな絶望に向かって人々が走り続けているようにさえ思えるのだよ。まるで寓話のハーメルンの笛吹きのように。インターネットのトップインフルエンサーや大物芸人著名人とか言われる笛吹きの音色に先導され、ひたすら追い掛けるだけの知恵のない子どもたちのように」
ヨウコは老人の暗澹たる予言に、不安と恐怖の色を浮かべながらも、ヨウコは老人の真意を敏感に察し取ろうとしている。
「あんたはその未来を嘆いて、だからここに人間らしい他の未来を作ろうって思ったって、こと?」
「さすがヨウコくん!やはり察しがいいねぇ!ここではインターネットや携帯電話のない太古からつづく穏やかな人間の営みを守りながら、人々が互いに敬意を尊重できる社会を作ることが目的でもあるのだよ」
老人は頷きながら、ヨウコの洞察力を認めるように語る。ヨウコの表情からは、少しずつ老人の意図が理解できてきているようだ。
「それだからってさ、なぜレイカやキー&ウッシーを排除する必要があるの?」
ヨウコは老人の行動に疑問を呈する。自分にとって大切な人物を排除したことに、納得できないでいるようだ。
「君にとってレイカくんは大事な存在だったのかもしれない。それはわかる。では私が彼らを追放した訳を率直に言おう。それはねぇ、彼らの目を見てすぐに気づいたのだよ。残念ながら彼はそのインターネットの人格障害に罹っていた。残念ながら彼らは、魂にすでにその病理を根が植え付けられてしまっていたのだよ」
老人は真剣な表情で、さらにレイカらを排除した理由を説明する。
「さっきも言ったとおり、サイバー空間での気が狂ったような人々が繰り出す浅ましい言動と、彼らが生み出す悪意を凝縮した言葉の羅列を君も見てきただろう?彼らはインターネットによって偏向された夥しい混沌情報によって侵されたいわば病的ヒステリー集団だ。まるで多次元の深淵の悪魔がインターネットに憑依し、そこに生きがいを見出した人々の建前の裏に忍ばせた本音の領域を、悪魔たちが巧妙に侵入し、彼らに自分との悪魔的契約の印を刻むかのように。残念ながらレイカくんたちは、すでにそれに汚染してしまっていた。集団の一人なのだ。だから仕方なく私は彼らを追放した。」
そして老人は確信をもってレイカたちがインターネットの病理に侵されていると断言する。
「しかしヨウコ君は汚染されていない。またここに居る他の娘たちも同じく陰性の者たちなのだよ。私は君がここに居ることを認めたのはこのためだ。そして君が居てくれることを選んで喜ばしく思っているわけさ」
「そんなバカな話っていうかさ。あなたの話こそが一番極端だって思うよ。だってレイカが何をしたっていうの?だってさ病気病気って言ってるけど、あなたにはその病気の専門家なわけ?勝手に決めつけてるんじゃないの?」
ヨウコは眉をひそめ、老人の主張に疑問を呈する。レイカに問題がないと信じているようだ。
「君はレイカ君の裏の姿を知らない。彼女がXwtterの裏垢でどんな浅ましいことをポストしているか知ったら君もぞっとすると思うよ。それにインターネット性人格障害という精神疾患は、君のある時代でまだ常識として認知されていないとさっき言ったはずだ。しかし現行世界でも、すでに気付き始めている精神科医もいるのだよ。そして30年後の世界では現実的にそれは認知されることになる。DSMにも症例として追加されたれっきとした病気なのだよ」
老人は真剣な表情で、レイカの問題行動と、インターネット性人格障害の現状について説明する。ヨウコは少し戸惑いながらも、その話に耳を傾けている。
「DSMって何?」
ヨウコは老人の言葉に出てきた専門用語について尋ねる。
「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略だ。国際的精神障害の正式な診断基準だよ。未来の世界で完全に社会問題視されている社会病理なのだよ。インターネットによる精神疾患は、地球沸騰化と言われる異常気象と同じように未来には世界で上位に入る懸念すべき事象としての捉えられている社会問題なのだよ」
老人は丁寧に説明する。ヨウコはその言葉を真剣に聞き入っているようだ。
「それがつまり世界にどう影響するってわけ?」
ヨウコは老人の言葉の意味するところを理解しようと努めている。
「別に個人が気が狂い暴れると言った話しではない。しかしながら本音と建前が乖離し整合性を失った狂気に陥る社会集団の悪影響を想像したまえ。インターネット性人格障害は各国の首長選択選挙にも悪影響を及ぼす事になるのだよ。フェイクニュースを生み出す者達も、それに先導される者もその病気の罹患者だ。そんな中で特にアメリカの大統領選挙に著しい影響を及ぼし、その乱れた選択によって政策は機能不全に陥り、社会システムは歪んで混乱の極みを呈し、特に米国政府はダブルバインドに窮し予算が採決されず、自治サービスが機能不全に陥り困窮した人民たちの怒りが沸点に陥り銃器のトリガーが引かれた。それはセカンドシビルウォーと云われる大きな内戦だ。インターネットのために、死ぬ必要のない人々が大量に犠牲となる歴史的事態となったのだよ」
老人は深刻な表情で、インターネット性人格障害が引き起こした社会的混乱について詳しく説明する。ヨウコは驚きと不安の表情を浮かべながら聞いている。
「なにそれ、聞いたこと無いけど・・・」ヨウコはまゆをひそめて尋ねた。
「そりゃそうさ。君が大人になったずっと後のの話だからねぇ」
老人は苦笑しながら、自分の話が未来の出来事であることを認める。ヨウコはさらに不安そうな表情を浮かべる。
「でもインターネットの影響で戦争ってどういう意味?」
ヨウコは老人の言葉の意味がよくわからないようで、さらに詳しい説明を求める。
「それでは順を追って説明しよう。そもそもインターネットは核戦争が起きたとしても通信網を網の目状にして分断されずに回線をいじする目的で作られた技術だった。しかし米国にとっての真の脅威はロシアでも中国でもなく、自国にいたというわけだ。防衛技術だったインターネットが原因で、しかも自国内の内戦に核兵器など使うわけにいかん。なんとも皮肉な話だねぇ。そのセカンド・シビル・ウォーにおける死者は推定推定500万人と言われている。しかしながらその犠牲によって、インターネットの精神への悪影響を本気で考えなおそうという流れになったわけだ。そしてWHOの専門家たちによる調査が行われ、アメリカ内戦に向かう以前の人々のネット言動についての、細かな精査分析がなされた。その結果、人間の脳にとってインターネットが最も有害な毒だというショッキングな内容が提示された。例えば青酸カリやサリンで500万人殺すなど現実的には無理な話だが、インターネットの毒性により起こってしまったというわけさ」
老人は真剣な表情で、インターネットが引き起こした悲惨な結果について詳細に説明する。ヨウコは恐怖と困惑の表情を浮かべている。
「インターネットが現実に人間の頭をおかしくするって言っても、どうやってそうなるの?ぜんぜんわかんないけど」
ヨウコは老人の話の内容が理解できないようで、さらに疑問を投げかける。
「たしかに君の言うとおり、どのようなダイナミクスと問われれば、インターネットが人の心を混乱させ人格障害まで至るかについて幾つか要因が指摘されている。ひとつは、インターネットのコメントがその場の衝動で言ったとしても永久的に残り続けることに由来していると言われている」
老人は丁寧に説明を続ける。ヨウコは真剣な表情で聞き入っている。
「え?それが問題なの?」
ヨウコは不思議そうに尋ねる。
「人間は忘れることで前に進む。天気が悪くてもいつか晴れるだろう?何かネガティブなことがあっても、他の刺激を受ければ、大抵の過去の悪い記憶は薄らいで、次の日には忘れて気持ちを新たにするだろう?」
老人は優しく語りかける。
「まぁたしかにそうかな・・・」
ヨウコは少し納得したような表情を浮かべる。
「良いことが起きて、次に悪いことが起きて良いことも忘れる。その逆も真なり、当たり前だがそれが自然な摂理だ。しかしインターネットでは、記録が残り続けることで、憎悪が強化されたり、または逆に良いことばかりシェアして、バエル虚栄に囚われたりす。どちらにせよ、それが過激で無遠慮なものほどより注目を向けられてしまうものだ。それを見た大多数の人が影響を受け、見たいものだけ見るようなり、人は己を省みなくなる。インターネットとは、ネガティブフィードバックを抑制するシステムなのだよ。ブレーキのないアクセルだけの自動車を想したまえ。その怖さを理解できるだろうまた、ヨウコくんが先ほど指摘してくれたとおり、インターネットによる匿名性を帯びることで、罵詈雑言集団は意図も簡単にタガの外れた人間に成り果てる。これはインターネットサイバー空間に居ると、まるで自分が異世界の住人かのように勘違いし現実感を失う離人症を呈するようになる。つまりサイバー空間はフィクションなのだから、自分の言動に対して無責任で構わないと勘違いする、とも言えるだろう」
老人は真剣な表情で、インターネットの危険性について詳しく説明する。ヨウコは真剣に聞き入っている。
「つまり人にとって悪影響って言いたいってわけ?」
ヨウコは老人の言葉の意味を確認するように尋ねる。
「まさしくその通り。端的に言うとインターネットは人間の心理を一つのことにこだわるように仕向けるのだ。記録が劣化せず残り続けるというのは人間の生き方に合わないんだ。コンピューターが記録してくれることが良いことだと皆思い込んでいるが、それは反面忘れることを難しくさせ、一つの思いや念に囚われやすくすることを意味する。インターネットでは誰かに対する敵意や憎悪に駆られた人間たちのコメントがあふれているだろう?その現象を心理学的視点からみると、固着する傾向が強められている、とも言える。固着はコミュニケーションの際の心理的齟齬の原因になるし、他人への寛容さや自分自身の精神の柔軟性をも損なわせる。その意味することはつまり、自分にも他人にとっても現実の人間関係において悪い影響しかないと言っておこう」
老人は真剣な表情で、インターネットがもたらす人間関係への悪影響について語る。
「それがそうだったとしても、インターネットが世界から無くなるなんて無理でしょ?」
ヨウコは、インターネットの存在そのものを否定することに疑問を持つ。
「ああそのとおり。その後もインターネットはなくなるどころか進化を続けることになる。つまりインターネットはちょうど麻薬とような存在なのだよ。インターネットに依存し自我を変質させた人格障害者たちは、ちょうど薬物依存者がその薬理の力で人格を変えるように、路上で蜷局(とぐろ)をまいたまま動かぬ蛇のように社会の風通し阻害する悪質な存在だ。しかしながら普通にインターネットを使える者もいる。つまりちょうどアルコールと同じようなモノとも例えられる。しかしながらアルコール中毒者と違いインターネット中毒者らは、千鳥足にもならないし呂律(ろれつ)もちゃんと回る。そしてなりより極性を持ってお互い砂鉄のように引き付け合い大きな集団となり、サイバー空間においてシンドロームを形成する。非常に性(たち)が悪い存在なのだよ。」
老人は、インターネットの依存性と中毒者の特徴について詳しく説明する。ヨウコは真剣に聞き入っている。
「ヨウコ君が素晴らしい聞きてであるためにどうにも話が長くなってしまう。やっぱり高校生にはちょっと難しい内容だかも知れないねぇ?」
老人は物腰柔らかく、ヨウコに配慮した。
「いや・・・・言ってる意味は理解できるよ。確かネットの言動っておかしいところあると思うし、先生が選挙権の説明で、すでに票に影響が出てるかもって、言ってたし。それに生徒の中にも、コミュ症コミュ症ってすぐ言うけど、実際そんな感じの子もけっこういるけど、それがインターネットの影響?なのかな?」
ヨウコは老人の話を真剣に受け止め、自分なりの考えを述べる。
老人は頷きながら、ヨウコの理解度を確認する。
「どうやら少しは理解してくれたみたいだねぇ。インターネットの社会への影響は計り知れないのだよ。しかしながら君の言うとおりもはやこの世にインターネットの無い世界を求めたとしても在り得ないだろう。すべての人および全体としても社会システムが、インターネットに依存しながら主幹となって社会を動かしている。やめようにも、もはや出来やしないだよ。要するに人類は悪魔の技術に完全にとりこまれていて、そこから抜け出すことができないのだよ。彼らが常識的に軽蔑する対象である、慢性アルコール中毒者や薬物中毒者と本質的に変わりないのさ」
老人は、インターネットが人類に及ぼす悪影響について強く訴える。ヨウコは複雑な表情を浮かべる。
「それはちょっと言い過ぎじゃないの?」
ヨウコは老人の言葉に少し疑問を感じているようだ。
「いや同じことさ。アルコールや薬物依存は否認の病と言われるが、そんな中毒者の彼らとそんなに違いはないのだよ。彼らは毒性に侵されているにも関わらず認めることはなく使い続けるわけだ。そしてぎゃんぷるなどのアディクションを含めて、現状において中毒症状が出ていないとしとしても、潜在的に誰しもその可能性を抱えている。そしてそれが進行したその先には確実に悲劇が待っている。それが個人の話に終わらない場合もある。そのわかりやすい大きなイベントがアメリカで500万人死んだ内戦だったというわけだ」
ヨウコは複雑な表情を浮かべて、
「そんなの・・・」そのひとことをヨウコはつぶやくと、ひとつため息を吐いて天井を仰いだ。そしてその先の言葉は出てこなかった。
ヨウコは老人の比喩的な表現に戸惑いを感じているようだ。天井を仰ぎながら、言葉を見つけられないでいる。
「君の気持ちはよく分かるよ。認めたくは無いだろう。私も当初、そんな灰色の未来を見て気が滅入ったものだ。しかしだからこそ、この新世界を築きあげようと決心したのだよ。そのためには感染者とそうでないものを厳密に隔離する必要があるのだ」
老人は、ヨウコの気持ちを理解しつつ、自身の決意を語る。感染者の隔離について触れる。
「レイカは感染してるってわけ?」
ヨウコは、レイカについて老人に尋ねる。
「ああ残念ながらそうだ。しかしながらいま彼女は、インターネットの無い別の意味の絶望の世界だが、ある意味隔離されているような状態だ。もしかするとインターネット抜きを経て居る中で、正気戻る可能性もある。しばらく様子を見ようじゃないか」
老人は、レイカの状況について説明する。ヨウコの表情から、レイカの安全を気にかけていることがわかる。
「レイカの命を保証してくれる?」
ヨウコは、レイカの命を守ってもらえるよう老人に強く求める。
「ああもちろん。君がどう思っているか知らないが、私は本質的には温情ある紳士的な人間なのだよ。レイカくんの命を見守ろるとしよう。とりあえず経過を見てみようじゃないか」
老人は、ヨウコの懸念に丁寧に応答し、レイカの安全を約束する。ヨウコは少し安心した表情を見せる。
「レイカの命を保証してくれる?」
ヨウコは、再び老人に確認する。
「約束するよ。だからもう君も安心したまえ。・・・・ところでこの奥に、さっきいた二人の他にも君と同じ年頃の娘たちがいる。肝を彼女たちに紹介されてくれたまえ。そして君の為に部屋を用意しよう。案内するよ」
「約束するよ。だからもう君も安心したまえ。・・・・ところでこの奥に、さっきいた二人の他にも君と同じ年頃の娘たちがいる。肝を彼女たちに紹介されてくれたまえ。そして君の為に部屋を用意しよう。案内するよ」
老人は優しく語りかけ、ヨウコを奥の部屋へと誘導する。ヨウコは少し力なげな表情で、老人の後を追うように歩いていく。
そう言って老人は、ヨウコの背中に優しく手を置いて、奥の部屋へ続く廊下へと促した。
ヨウコは力なく少し肩を落とした様子でトボトボ歩いて行った。老人はおもむろに後ろを振り返り、もう一度、入り口のあった壁を見やった。しかしそこにはもうあの廃墟ビルへつながる入り口もネズミがくぐるほどの穴もなく、小さな日々一つ無い綺麗な白い壁だった。それを見て安堵したのか老人はニヤリとわずかに口角を釣り上げると、踵を返しヨウコの後に付いて奥へ歩いてゆくのだった。
ヨウコは不安げな表情を浮かべながら、老人の後に続いていく。老人の表情には、満足げな様子が窺えた。二人は奥の部屋へと向かっていくのだった。
つづく
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