怪奇短編集

木村 忠司

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とある廃墟ビルディングにて 〜天国と地獄編〜

第十二話

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ヨウコは恐怖に震えながら、自分の身にも同じ運命が降りかかるのではないかと怯えていた。

「君こそ私の理想郷にふさわしい者だ」と老人はヨウコの肩に手を置きながら、優しげな口調で語りかけた。

「本は人殺しでしょ?」とヨウコは絶望に打ちひしがれる。

「人殺し?それは全く正しくないよ。私はこの世界を救うために必要なことをしただけだ。この杖の力で、私の理想を実現するのに誰一人として邪魔はさせないつもりだ」と老人は温かい表情で言った。

ヨウコは恐怖に怯えながらも、老人の言葉の握力と物腰の柔らかい振る舞いのギャップに思わず惑わされそうになっていた。

「ですが、私はあなたを理想郷にふさわしい者だと見込んでいる。この世界を救うために、一緒に歩んでくれないだろうか?」と老人は優しく問いかけた。

その時、ヨウコの目の端に、別の人影が映った。
「え?・・・誰?」老人の隣に立っていたヨウコは、突然現れた人物に気がついて思わずそう声を上げた。

「おい!キー坊!!この前と違う女の子がいるぞ!?」ヨウコの姿を見ながらウッシーが反射的に大きな声を出した。

「あれ?怪異シーカー!?」ヨウコは二人がさっき見たYouTube動画の人物だと気づいた。

「なぜだ!扉は閉じていたはず!!なのになぜ?いったいどうやって入って来たのだ・・・?」老人は自分の想定外のことが起きてしまった現実を受けられないといった様子だった。深いシワの間に刻まれた間に潜む細かった目はいまや大きく見開かれ、その驚きを表明していた。そして老人はもう一度キー&ウッシーに向かって問いかけた。

「どうやって入ったんだい?」

「どうやってって何も・・・。あの廃墟ビルディングの五階の端の方の壁に入り口があったはずだと思って、その壁を押していたらフワッと緩まって、堅いはずの壁をすり抜けて気づいたらこっちにってて感じだよ」ウッシーが答えた。

「一体どういうことだなんだ?・・・もしや量子的重ねあわせ現象が起きたっと言うことか!?そうか!!君たちは何もないはずの壁に、ここにつながる為のワームホールのような時空に開いた穴の存在を知っていた。しかも二人ともだ・・・」老人は唸るような口調でひとりそれを口走っていた。

「僕らは二人一緒に壁を押したんです。そしたら一瞬意識が飛んでしまって、気づいたらここに・・・」キーが後に総説明した。

「そういうことか・・・。君たちは一度ここに来て、異なる世界が存在するという多世界解釈の概念を知ってしまった。そしてあのビルの五階の壁に対する現象に対する観測者として、君ら二人の意識が重ね合わされた状態で量子的重ねあわせが発露された。そして閉ざされた隔壁が無効化されてしまったのかもしれない。私としたことがなんと愚かな・・・」

老人は深く反省するように溜息をついた。

「繰り返し勝手に入って来たみたいな感じですみません。オーナーさんに聞きたいことがありまして」キーは丁寧な口調で尋ねた。

「何だ?」

「この前ここへ来た時、横たわっていた少女がいましたよね?あの時あなたはそれを自分の娘だと言った。そして今ここにはその時とは別の少女がいる。そのコもあなたの娘なのですか?」

「い、いや違う!私は娘じゃないしここにさっききたばっかりだって。この人は女の子を次々誘いこんではこの世界に閉じ込めて洗脳しているんだよ!」ヨウコは訴えるようにキーに答えた。

「なんだって!?やっぱりキーの言うとおりだったのか・・・?」ウッシーも驚きを隠せない様子だ。

「むむ・・・」老人が低い唸り声を上げた。

「村山台駅近くのこの廃墟ビル周辺では、若い女の子が何人も失踪している。今どき家に居場所をなくした家出少女なんか珍しくないし、新宿のトー横にでも行ったのだろうというとネットでは囁かれたりもしていた。でもそれにしても、この村山台に限定した失踪者は他に比べてその数が異常です。それはつまりこういう訳だ。この廃墟ビルディングと、オーナーであるあなたという存在が関係していたというわけですね?」

「私を犯罪者扱いかい?確かにトー横に通っていた娘もここにいる。そんな不安定な子供たちを犯罪者の毒牙に掛かることから保護している私を?」


「この前ここへ来た時、横たわっていた少女がいましたよね?あの時あなたはそれを自分の娘だと言った。そして今ここにはその時とは別の少女がいる。そのコもあなたの娘なのですか?彼女も失踪した少女では?」キーの語気が強まる。

「い、いや違う!私は娘じゃないしここにさっききたばっかりだって。この人は女の子を次々誘いこんではこの世界に閉じ込めて洗脳しているんだよ!」ヨウコは訴えるようにキーに答えた。
「村山台駅近くのこの廃墟ビル周辺では、若い女の子が何人も失踪している。今どき居場所をなくした家出少女なんか珍しくないし、トー横にでも行ったのだろうというとネットでは囁かれたりもしていた。でもそれにしても、この村山台に限定した失踪者は他に比べてその数が異常だった。それはつまりこういう訳だ。この廃墟ビルディングと、オーナーであるあなたという存在が関係していたというわけですね?」

「失踪とはなんと馬鹿なことを・・・フハハハハッ」老人は狂気じみた笑いを漏らした。

「あなたはかつてあのビルのオーナーだった。しかしいつからか、不思議な力を手に入れたあなたは、自分の欲望を満たす場所を作ろうと目論んだのだ」

それに対し老人は冷たい目で言った。
「確かに、この世界は私が築き上げたものだ。私は望むままに、この世界を自在に操ることができる。そして、ここに迷い込んできた者たちも、私の思い通りに操ることができるのだ」

老人の声には強い自負と狂気が感じられた。キーたちは固唾を呑んで、次の言葉を待った。

「この世界から二度と出ていけなくなるのだ。私の思い通りに動いてもらえば、快適な毎日を過ごせるはずだ。拒否するなら、君たちの思い出さえも私のものにしてしまおう」

老人は不気味な笑みを浮かべながら、キーたちを睨みつけていた。ヨウコは恐怖で震えていた。

「...楽園?あんた善意でやってるということ自体が嘘じゃないか!女の子たちをもとの世界に返せ」ウッシーが怒気をあらわに叫んだ。

「君は元の世界が善意だとでも言うのかい?私が悪だと言うが、そもそも自分が善性だと主張する大人たちは、迷える不安定な子どもたちを連れ戻すために、自分たちの住む世界が地獄ではなく楽園だと子どもたちに思わせることに必死なだけじゃないのかい?」老人は嘲笑うように語った。

「何いってんの!?それはあんたのことでしょう?少女たちを救う!?あんたレイカをあんな酷い世界に追いやったくせに!!」レイカは怒りに肩を震わせながら異を唱えた。


「レイカだって?それって他にも女の子がいるってことか?」とウッシーがヨウコに尋ねた。

「私の友達も一緒にここに来てしまったんだけど、そのレイカは...こいつによってこことまた別の核戦争の起きた世界に突き落とされてしまったの!」とヨウコは訴えるように言った。

「レイカくんは...残念だったが、この世界に混乱を生み出しかねない問題児だと私は判断したのだ。確かに彼女には酷いことをしたかもしれないが、それもすべてこの世界をサステナブルな場所にするための処置なのだ」と老人は冷酷に語った。

「なにを言ってるの...?」とヨウコは愕然としながら青ざめた顔で老人を見つめた。

「ヨウコくん。君はまだわかっていない。しかし、この世界が真の楽園となった時には、君もわかってくれるだろう。なにせ君は賢い子だからね」と老人は嘲笑うように言った。

その時、キーがウッシーに小声で囁いた。「まだ奴の手の内がわかってない。もう少し情報を引き出したい」

ウッシーが答えた。「もし強行突破するなら、俺が仕掛ける。相手は老人だ。不意をつけば力で押さえつけることも簡単そうだぞ」

「ああだがまだ待ってくれ。もう少し話を伸ばしたい...」とキーは慎重に言った。

「君たち何をヒソヒソ話しているんだ?詰まらぬことは考えないほうが身のためだよフフフッ」と老人は杖を床に軽く打ちつけながら言った。

「ああ、わかってますよ。あなたがこの世界に理想郷を作ろうとしているということはわかりました。ならば、そのために必要なことがあれば僕たちも力を貸しますよ」とキーが応じた。

「その必要はない。全てはこの杖一本のみで事足りているのだよ」と老人は自信ありげに言った。

「杖?...その杖に何か力が?」とキーが尋ねる。

「そのとおり。この杖と私の精神がすべてを構成し理想を成し遂げるための源泉なのだよ。つまり君たちに何も期待していないし、やってもらうこともない。本来ここに居てもらう必要性もないということだ」老人は語った。


「なるほど。では帰ったほうが良さそうですね。だがそのまえに、僕たちは個人ユーチューバーなんですが、実は超常現象について研究しているんです。なのでその杖の力というものに興味深々なんですが...そんなものをいったいどこで手に入れたんですか?」とキーが尋ねた。

「それを君たちにそれを話したところで意味をなさんだろうし、余計なことをされても困る。そもそもここにすべての人間を入れるつもりは無いのだよ」と老人は答えた。

「僕たちははやり招かざる客ということですか?」とキーが尋ねると、

「そうだ。しかしこのまま帰ってもらっては結局また君たちは懲りずに三度でもやって来そうだねぇ。また突然好き勝手に来られては困る」と老人は言った。

その時、ウッシーがキーに目で合図をした。キーはそれに気づいて頷いた。

「わかりました。もうこの場所に来ませんし忘れるようにします。しかし最後に隣の少女に最後に確認させてください」とキーが言った。

「これ以上話したとて無駄だろうと私は思うが...」と老人が応じる。

「その制服ってたしか雛城高校だよね。君の名前は?」とキーがヨウコに尋ねた。

「ヨウコ」と少女が答えた。

「君はこの場所にいたいのか?」

「私...居たくなんかないよ。でもここに居ると約束しちゃったし、それよりなにより友達のレイカを残してひとりだけ帰れないよ」とヨウコは訴えるように言った。

「レイカというのは君の友達だよね。さっきその子が地獄に落とされたと言ったが、彼女のところに助けに行くことは?」とキーが尋ねる。

「それは...」ヨウコは口ごもった。


「そのへんでもう終わりにしよう。これ以上会話をしても時間の無駄だろう。君たちはもう帰りなさい」と老人は言った。

その時、キーがウッシーを見て合図した。それを見逃さずにウッシーが猛ダッシュした。

老人は口元に余裕の笑みを浮かべていた。ウッシーが近づいてくるのを待っていたかのように、右手に持つ杖を振り上げて、目の前に新たな空間を呼び寄せ、瞬時に見えない壁を作った。ウッシーはそれに気づくことが出来ずに、顔面から壁に激突すると、大きな衝撃音を鳴らしながら後方に大袈裟にひっくり返った。

「いってぇ...」とうめき声をもらしたウッシーは、鼻から血を流しながら痛みに耐えていた。

「大丈夫か!?」とキーがウッシーの止血をするために手探りをした。

「つまらぬことは考えなるな、と先ほど言ったはずだよ。と言っても君たちはとにかく痛い思いをしなければわからないようだねぇ」と老人は嘲笑うように言った。

「ちくしょう!!」とウッシーは悔しさをにじませた。

「これを使ってくれ」とキーはハンカチをウッシーの鼻に当ててやった。

「どうしたらいいの...」と不安げにつぶやくヨウコは、老人に掴まれていて何も出来ずにいた。

「オーナーさん...あなたは確かに本当に魔法のような力を持っているみたいだ。参りましたよ。おとなしく退散します」とキーは気持ちが折れたように両手を上げた。

「素直であることは良い心がけだ。だがそうだなぁ。せっかく来たんだ、帰る前に君たちにはもう一階この杖の力を見せてやろう」と老人は言って、何かをぶつぶつ念じながら虚空に複雑な軌道を描くように杖を振るった。

すると、ウッシーとキーがそれぞれ悲鳴に似た短い嗚咽を残して居なくなってしまった。消えたあとには、彼らの衣服と装備が、人の形を崩すように落下していた。


ヨウコは消えてしまった二人の姿を求めるように見つめ、言葉を失っていた。老人はその様子を眺めながら、満足げに口元を緩めている。

「あなた...一体何をしたの?」とヨウコは震える声で尋ねた。

「ただ、この杖の力を見せてやっただけだ。この杖は、私の意思を反映して、あらゆるものを自在に操ることができるのだよ」と老人は得意げに語った。

「で、で、でも...キーさんやウッシーさんは一体どうなったの?消えちゃったんだよ!?」とヨウコは必死に尋ねる。

「ああ、あの二人か。私の杖の力で、彼らの肉体は完全に消滅させてしまったな。今はただの衣服と装備品が残っているだけだ」と老人は淡々と説明する。

「消滅!?そんな...どうして...」とヨウコは悲しみと恐怖に押し潰されそうになる。

「なぜかと聞くかね。それは簡単だ。あの二人は私の理想郷を乱す邪魔者だったからだ。この世界を浄化するためには、そういった不純物は一掃しなければならない」と老人は冷酷に語る。

「そんな...あなたは人殺しなの!?」とヨウコは絶望に打ちひしがれる。

「人殺し?そうは思わないな。私はこの世界を救うために必要なことをしただけだ。この杖の力で、私の理想を実現するのに誰一人として邪魔はさせないつもりだ」と老人は強い口調で言った。

ヨウコは恐怖に震えながら、自分の身にも同じ運命が降りかかるのではないかと怯えていた。

「そして、君も私の理想郷に相応しくない者だと判断したので、君にも同じ運命が待っているのだよ」と老人は冷たく告げた。

ヨウコは絶望の叫びを上げながら、老人に掴まれたまま、杖の前に立たされる。そして老人が杖を振り上げるのを、恐怖に怯えながら見つめる。

この先、ヨウコにはどのような運命が待っているのか...?

つづく
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