怪奇短編集

木村 忠司

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とある廃墟ビルディングにて 〜赤い目の女編〜

第二話

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四つ角を右に曲がると、ヨウコとレイカは、京武線と並行に延びる道路をしばらく歩いて行った。集合住宅や古い商店や小規模のオフィスビルが立ち並ぶその道路をしばらく歩いて行くと、右手に目的の廃墟ビルが見えてきた。

そのビルは長い間放置されており、風化と汚れで様相を変えていた。しかし無機質な建築物のはずが、長年風雨に耐えて来たビルの見た目は、巨大な節足動物の放置された死骸や抜け殻を想起させた。

両側に立つ新しいビルの狭間に、縦に立つ廃墟ビルは場違いな存在感を放っていた。その場所だけ時が止まったかのように、異様な空気感を醸し出し、荒涼とした無情な時代の流れを感じさせる。しかし、この廃墟ビルの異様さは言葉では言い表せないほど強く、廃墟マニアの中には、次元の違う存在とさえ感じさせる、と言うものもいる。

かつては一般的な雑居ビルで、各階にテナントが入居していた。しかし、ある時期からオーナーの姿が見られなくなり、事件に巻き込まれたとの噂も流れた。その後、管理が滞り、次第に入居者が去っていき、二十年程前にには無人の廃墟となった。


壁には落書きや汚れが目立ち、コンクリートはあちこち傷んでいる。二三階には割れたガラス窓が見える。その暗闇の中に誰かが潜んで外を覗いているという目撃談や、幼児のような小さな子供がコンクリートの床を走り回っているような足音、ひとり楽しそうに遊んでいるような笑い声が聞こえるなど怪しい噂が後を絶たない。

一階の玄関付近は、ステンレス製の金網のフェンスで囲まれている。フェンスには「立入禁止」の看板が掛けられているが、一部のワイヤーが切れて風に揺れている。金網も一部が破れており、人が侵入できる大きさの隙間ができている。

そして、その先にある一階の玄関口は、ベニヤ板で封鎖されていた。しかし、誰かによってこじ開けられ、修理の跡が見られるものの、再び引き剥がされていて、侵入はそれほど難しくはない状態のようだ。
「しかし思ってたよりも古いしかなり荒らされてるみたいじゃない?」 ヨウコは呆れたような表情で言った。

「噂よりも実物はもっと怖いかんじだね・・・やっぱわたし無理かも」レイカは不安げに語りかける。

「なんだよレイカ、あんたが来ようって言ったんじゃない。怖いもなにもただの古びたビルだって」 ヨウコは軽めの口調で言い返す。

「じゃあヨウコ入ってみてよ」レイカは懸念しつつも、ヨウコに入るよう促す。

「はいはいっそれじゃあ入って見ようか」 ヨウコは決意を見せつつ、周囲の状況を確認する。

「って、え?マジで入るつもり?」レイカは驚きを隠せない表情だ。

いちおう道路の左右をキョロキョロと確認してから、ヨウコはどう入ろうかと辺りを見て回り始めた。

「本当に入っちゃうの?」レイカは不安げに尋ねる。

「うん、入るでしょ」ヨウコは淡々と答えた。

ヨウコはフェンスの割れ目を見つけると、「気をつけて。ここ針金出てるから」と声をかける。

「うん・・・・」レイカは頷きつつも、ビクビクとした様子でフェンスの隙間をくぐり抜けた。

ヨウコは腰に手を当てながら、目の前の廃墟ビルを見上げる。

「よしフェンスクリア! そしたらふぅ~ん、なかなか様になってる廃墟だね!かなり時間立ってるみたいだけど、こういう所って若者のストレス発散のターゲットにされるんよね」ヨウコは自分のことを棚に上げながら、玄関のバリケードを調べ始める。

「当然これも壊されてるぽいよ。こっちのベニアを動かせば手前側にずれせるみたい。こっから中に入れそうだよ」ヨウコは自信を持って語る。

「ホントに入るつもりなの・・・? カメラとか付いててケーサツとか来ない?」レイカは不安げに尋ねる。

「これ廃墟だよ。電気通ってないし平日の夕方だし別に誰も来やしないって。暗くなる前に出れば大丈夫だってば」ヨウコは、レイカの心配を和らげるように言葉を続ける。

「そうかなぁ...なかで誰かいたり、ワンチャン本当に赤い目が見えたらどうするの?」レイカは不安げな表情で尋ねる。

「そんなの廃墟探索した時にたまたま誰かいて、ビビって逃げた奴が勘違いしてネットで拡散して、みたいな大抵そんなもんだよ。つまりこれは噂と現実の検証するチャンスだよ」ヨウコは自信を持って語る。

「まぁ言い出したのは私だしね。わかった行くよ」レイカは少し意を決したように頷く。

三分の恐怖心と七分の好奇心を胸に秘めて、ヨウコが先行するかたちでベニア板を横にめくり、開いた隙間から中へと入り込む。それに習ってレイカが後に続いた。

中は暗く湿気がこもり、空気が悪かった。廊下にはゴミや瓦礫が散らばり、壁には電気配線や水道管が露出していて、不規則に水滴の落ちる音が聞こえてくる。

「ここ、本当に人が住んでたの?」ヨウコが尋ねる。

「住居スペースってよりも色々な店が入ったみたいだよ。前におばさんにここのこと聞いたんだけど、昔は美容院とかあと託児所とかも入ってたらしいよ...あと他に会社のオフィスとかなのかな?」レイカが説明する。

ヨウコとレイカは、かつての賑わいを失い、今は廃墟と化した無人の建物の中を慎重に進んでいった。

「ふーん・・・今じゃ想像もうできないね。この雨漏りの音は諸行無常の響きって感じ?」ヨウコは少し感慨深げに言う。

「ヨウコは怖くないの?」レイカが尋ねる。

「ジメジメ暗くて私もちょっとは怖いけどさ、中は朽ちてるけど荒らされてないし、案外ここそこまで危なくなさそうだよ。誰かがいても大声出してダッシュすれば大丈夫だよ。あっ、この右に階段あったわ!」ヨウコはリードする。

「え!? どこまでいくの? 上はマジで危ないんじゃない? 罠とかあったらどうするの?」レイカは不安げに言葉を返す。

「それってレイカ、DBDのやり過ぎだよ、こんなところに罠なんてありえんて。 てかボケかましてないで、スマホのライトつけてよ。そうすれば階段上って上にいけるでしょ、気をつけながら行こうよ」ヨウコは軽めの口調で言い返す。

二人は階段を上り始める。コンクリートが老朽化しているものの、まだ耐久性は十分ありそうだった。途中のフロアは頑丈に塞がれていて入れなかった。

「つうか途中のフロアはちゃんと封じてるんだね? なんか階段を上にはいけるみたいだけど・・・・」ヨウコは状況を確認する。

「や、やっぱりさ・・・・やめた方がよくない?」レイカは不安げに提案する。

「何言ってるの! ここまできて行くでしょ」ヨウコは意を決して進もうとする。

「やっぱガチのオカルト勢にはかなわないわ」レイカは諦めるような口調だ。

「まぁそういうことよ! いいから黙って足元をちゃんと照らしとけってば」ヨウコは気を引き締めて、階段を上っていく。

最上階はバリケードがなく、フロアが大きく開放されていた。部屋の奥の窓からは、落ちる前の太陽が差し込む鮮やかなオレンジ色の光が入り込んでいる。

「ここ何階だろ?」ヨウコが尋ねる。

「わからないけど七階か八階じゃない?」レイカが推測する。

「うわぁ! 見て窓の向こう...」レイカが驚きの声を上げる。

「うわ! すご!」ヨウコも同じように目を見張る。

二人は思わずその光景につられて窓際に駆け寄り、外の景色を見渡した。

高い建物がなく、遠くに山や緑が広がっている。目立つのは高い煙突で、その先端から白煙がたなびいている。夕日に染められた煙が、まるで昭和の時代を彷彿とさせる趣のある景色だった。

「なんか懐かしい感じだね。まるで昭和の風景みたい」ヨウコは感慨深げに語る。

「そうだね・・・こんな感じだったかな・・・」レイカも同じような思いを抱いているようだ。

二人は窓の外の景色に見入り、しばらく黙り込んでいた。時間の流れを感じさせない、静謐な雰囲気に包まれている。

「ねえ、ヨウコ。このビルって何か・・・特別な場所なのかな?」レイカが小さな声で尋ねる。

「確かに変だよね・・・まる幻覚でも見てるみたい。この建物って村山台の中でも特別なのかな?だから取り壊されないで残ってる、とか?」そう言いながらヨウコは、夢でも見ている心持になっている自分に気づき、眼をこすりながら冷静さと取り戻す。

「きれい・・・」レイカは窓の外の景色に見入り、呟く。

「ってか、どこにも村山台駅が無くない?」ヨウコが疑問を口にする。

「え? あれ見て! あれじゃない・・・? てかあんなに小さいわけないか・・・。いやでも、いちおう小さい建物を突き抜けて線路が一本通ってるぽけどねぇ」レイカも不審そうに話す。

「だね・・・。でもここって武蔵野の町中だし、もっと栄えてるはずでしょ? ってわかりきった言ってるけど、これじゃでも、まるで昔の田舎の風景って感じじゃない?」ヨウコは不思議そうに言う。

「うん、でもなんか懐かしいよね。なんでだろ? あたしなんだかこの感じ好きかも」レイカは不思議そうな表情で語る。

「いやちょっと待って・・・。よくわかんないけどこれって何かマズいこと起きてるんじゃない?・・・」ヨウコは当惑しながら、この光景に違和感を感じ始めている。

二人は窓の外の景色に夢中になりながら、しばらくそのまま見入っていた。

しかし、ヨウコがふと横から誰かの視線を感じて反射的にそちらへ目をやると、そこに驚くべき存在が立っていた。

「あっ!!」ヨウコが思わず叫んだ。

ヨウコとレイカが目を向けると、わずか3メートルほど離れた場所に、赤い眼光を放つ女が立っていた。その女の表情は闇に包まれており、わからないが、地獄の苦しみを知った者のような暗澹たる気配が漂っている。

そして、その赤い瞳は、ヨウコとレイカを激しく睨みつけている。まるで憎しみと怒りに満ちているかのような、鋭い視線が二人を貫いていく。

二人は言葉も出せず、震える足で動けなくなっていた。あまりの恐怖と衝撃に、身体が全く反応しない。ただ、その赤い目を見つめるしかできない。

その目は赤く光り、まるでレーザーかのように二人を射抜いた。二人はしばらくその場に凍り付いたように動くことができず、まるでその謎の女に心を見透かされたような錯覚に陥っった。

そしてヨウコとレイカは、これが赤い目の女なのだと悟った。そしてその異様な雰囲気に包まれた女に、心までも捕まえられてしまうような、いままで感じたことのない恐怖に襲われた。

この廃墟の中に潜む恐ろしい何かがついに顕現した瞬間だった。二人はその恐ろしい力に怯え赤い目の女との間に無言の時間が過ぎてゆく。

つづき



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