怪奇短編集

木村 忠司

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洋館の手記〜後編

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「お前たち、いまさらここから出て行けると思うのか?」黒ノ男は言った。

「ごめんなさい。でももう私たち帰りますから」と美咲が答えた。

「帰る?もう遅い。お前たちはもうここから出られない」

「え?ちょ、言ってること滅茶苦茶だって‥‥」緊張にのどを絞り上げられながらもユウはなんとか声を絞り出した。

「滅茶苦茶だって?当然のことだよ。この洋館は俺の物語の舞台だ。お前らは俺の物語に入ってしまったんだよ」

「物語に入った?どういうこと?」と美咲がおびえた声で尋ねた。

「それは読めばわかるさ…」

男は意味不明な台詞を言い放ちながら、不気味に笑った。

「もういい逃げるぞ」悠は美咲に囁くようにそう言うと、二人は玄関ロビーへ向かおうと廊下をダッシュし始めた。


 しかし勢いよくロビーへ駆け出たものの、二人は目の前に唖然とする光景を目の前にして急停止することになった。

 無人だったはずのロビーは群衆がひしめき合っていて、玄関への道はすき間なく人々によって立ちふさがれていた。

 その姿は老若男女さまざま人々で、服装も髪型も統一感がなく、古くは袖の長い和服から、古いスタイルのフォルムのスール姿の紳士や自分たちを違わないラフな格好の若者の姿もあった。ざっと見たところ100人はいると思われた。

「悠‥‥これって」

 悠は美咲の声に答えることが出来ず、目の前の人々を前に押されるように退くしかなかった。蝋人形のように無表情な人々はゆっくりと動き始め、階段方面へと少しずつ近づいてきた。群衆の圧に押し出されるように悠と美咲は階段を二階へと登るしかなかった。二階へと成すすべなく上がると、背後からあの男の声が聞こえて来た。

「いっただろ?もう出られないのだよ」真っ黒な男が笑いながらそう言った。


「入ったことは謝るよ。だから許してくれよ」悠は下手にでて何とか妥協が引き出せないかと思って男へそう語り掛けた。

「ここへ入ってしまった事実と運命をお前たちは受け入れるしかないのだよ」

「運命ってなんのことだよ?俺たちは偶然見つけて入っただけだよ。勝手に入ったのは悪かったけど、これじゃやってることは拉致じゃないか」悠が言った。


「拉致ではないし、偶然でもない。娘、お前の氏姓はなんだ?」

突然切り出られた美咲は聞かれた意味が理解出来なかったが自分の姓を答えた。

「雨宮‥‥雨宮美咲だけど、それがなんなの?」

「やはりな‥‥お前は雨宮家の子孫なのだな。お前は雨宮の業因の末にここへたどり着いたのかもしらんな」


「どういうこと?」と美咲が言った。

「とりあえず読むのだ。お前が読むべき手記があるのだ」

黒ノ男はそういうと、二人を階段の奥にある半円形のスペースへと連れて行った。悠と美咲は互いの顔を見合わせてためらったが、蝋人形の群衆がいて自力で脱出できそうもなく、おとなしく黒ノ男の言う通りに従うことにした。

そこで黒ノ男が示す先にさらに上へ上るための階段があった。それはひと一人が昇れるような小さな幅の急な階段だった。

「ここのさきに書斎がある。そこにこの館の手記があり、お前らはここで俺の紡いできた物語を読むことになる」

「読む?どういうこと?」と美咲が言った。

「ただ読めばいい。ただそれだけのことだ」

黒ノ男は階段を上るように二人を促した。そして、二人が昇り終えると階段を降りる為の扉を閉めて鍵をかけた。

「お前らはもうこの館の物語の一部だ」

最後の黒ノ男の台詞が意味ありげに聞こえてきて、二人は完全に密室に押し込まれたことを悟った。

 黒ノ男が書斎と言った部屋は、灯りもなく一見何もなさそうに見えた。二人は扉を叩いて開けてもらおうとしたが、鍵がかかっていた。

「開けろ!おい開けてくれ!」と悠が叫んだ。

「悠もうやめなよ。たぶん無駄だよ」と美咲が悠をたしなめるように言った。

案の定、黒ノ男の声は帰ってこなかった。もうどこかに行ってしまったようだった。

「どうしよう…どうしよう…」と悠がパニックに陥り繰り返しそう呟いていた。

「大丈夫だよ。必ず助かるから」と悠の肩を抱きながら美咲は言った。

 美咲立ち上がってスマホを取り出してライトをオンにして部屋の中を照らして歩き始めた。

 目が暗闇に慣れてきたのもあって、部屋の様子が見えて来た。確かに書斎と言った風な部屋だったが、すべてが二回り年号を巻き戻したような古めかしいものであふれていた。その中で大きな本棚があり、本棚にはたくさんのノートが並んでいた。それらはたぶん黒ノ男がいっていたここの館に関する物語のようだった。

「これが…あいつのいっていた物語?」美咲がひとり呟いた。

「そうみたいだね」肩越しで見ながら悠がそう言った。

「読んでみる?」と美咲が言った。

「読むって読んでそうするんだよ」と悠が言った。

「もうそうするしかないでしょ?」



二人は迷ったが、朱色のカバーの付いたノートを手に取った。それが始まりの物語の手記のようだ。

読み始めると、手記にはこの洋館に関する物語が書かれていた。洋館の歴史やこの建物を着工した住人たちの人物について書かれていた。その一族は大正時代に隆盛を極めその一財産によってこの館を築いたらしい。そこに新たな一家やって来て、維新後に華族になった明治政府に貢献した一族だったらしい。彼らがなぜ一緒にここで暮らす世になったかよく分からなかった。その後文化的な才能を持つ若い書生のパトロンとなり幾人かの才能のある若者たちがやって来たて下宿したり、またこの館の一族の持つ権威と利権にあずかろうとする野心と下心のある商人たちや、色仕掛けで張り込もうとする情婦や毒婦もこの館に張り込んでくることもあった。そこにはさまざまな人々によって引き起こされる情念同士の軋轢と歪をうみ、反対に成功と快楽と放蕩の物語でもあった。


 「現実は小説よりも奇なり」の言葉通り、それは現実に起きたと思われぬほど摩訶不思議で恐ろしい物語だった。悠と美咲はその物語に次第に引き込まれていった。

次々に手記を取り換えながら読み進めるうちに、二人は気づいた。この物語には自分たちにも関係があるということに。美咲の姓である雨宮と言う姓の人物が登場していたのだが、それがどうにも他人のこととは思えないのだった。おそらく昭和初期の物だったようだが、雨宮と言う召使の女性が館の様々な人々との営みの中で登場していた。

 それはともかく、本をとっかえひっかえ読み進めてついに最近書かれた新しい手記まで来て、そのある章に書かれていることに二人は驚愕することになった。

 自分たちがここへ向かい館に入ってから起こったことがすべて書かれていたのだ。しかもシャンデリアの落下で悠が死ぬことになっている個所の文章は、すでに斜線が惹かれて物語は二人とも生存していてこの本を驚きと共に読んでいるないようへと訂正されていたのだった。

「これって…どういうこと?」と美咲が言った。

「まさか…あいつがいっている物語って?」と悠が言った。

「それなら…つまりこの先の私たちについても書かれてるの?」と美咲が言った。

悠は答える言葉が見つからず生唾を飲んだ。

そして二人は恐る恐る次のページをめくった。すると、そこには……。
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