怪奇短編集

木村 忠司

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ぬらりひょんの孫

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 ぬらりひょんは、妖怪の世界の影のリーダーであり、他の妖怪たちからは恐れられ同時に尊敬されていた。

 自分が妖怪であることは知られぬようにしながら、ぬらりひょんは下々の人間が生活する場所に訪れて、彼らが困窮し自信を無くしている様子を目にした。

 彼は自分の力を使って人々を助けて、この島国を世界がうらやむ美しい国にしようと決意し、配下の妖怪たちを率いて人間界の政にも入り込み徐々にその頭角を現していた

 ぬらりひょんの妖力とは、人々の関係性に入りこむ人たらし力、人の本質見抜く眼力と、無意識レベルで人間を意のままに操る念力だ。その妖力を使って国政レベルで今までなし得なかった物事を次々に達成していった。

 ぬらりひょんは、自ら築き上げた美しい国に、自らの一族の確固たる立場を築き上げて、永久的に自分の思い描く理想郷を作ることに邁進したのであった。

 しかしある時からぬらりひょんは表舞台から消えた。突然全く姿を見せなくなったのである。

 しかしぬらりひょんには息子がいて、その子の孫もいた。

 彼は人間と妖怪のハーフで、シンゾウという名前だった。彼は人間の姿をしていたが、危機に陥ると妖怪の力が目覚めて、眼が血走り異常に眼球が泳ぎ始めるという特徴があった。

 彼は自分の正体を隠しながら学校に通っていたが、妖怪や悪霊に憑りつかれた生徒たちに絡まれることも多かった。そのたび嫌な気持ちがして、その鬱憤を傘に八つ当たりして、何本もボロボロにしてダメにした。

 また時には、祖父であるぬらりひょんから受け継いだ妖力で自分に歯向かう子供へ使って戦うことあった。しかし戦うだけでなく時に、懐柔や嘘をついて人々を操る術も学んだ。

 しかしシンゾウは、内心自分が祖父の妖怪の血を恐れていて、ぬらりひょんの血を引き継ぐ父にも反発していた。

 ぬらりひょんは孫のシンゾウに会うことを望んでいた。彼は孫に自分の過去や想いを伝えたかった。彼は孫に自分の理想や人間の幸せについても教えたかった。しかし祖父はシンゾウに会うことを拒否していた。

 祖父はシンゾウがが妖怪界の支配者になる資質がないと感じていたからだった。また人間の力を軽視しているとも思っていたからだ。つまり先見の明とバランス感覚の欠如を見抜いていたのだ。

 そんなある日、シンゾウは学校で友人から聞いた話に興味を持った。それは近くの山にある廃屋に住む妖怪の話だった。

 老人の姿をしている妖怪は、夜な夜な井戸の近くで立っていて遠い星々と交信しているという。月明かりに照らされながらひとりブツブツ何かをつぶやく姿は不気味で背筋が寒くなるという。

 その山は誰の所有地は不明で、通常誰も近寄らせないように塀で囲われていて厳重に閉ざされており、ただの金持ちの隠居爺さんと言うものもいるが、その正体は誰も何者なのかわからないという。

 シンゾウはその老人が祖父であるぬらりひょんだと思いこんで、会いに行こうと決めた。

 彼は祖父に対する好奇心と、自分の正体について知りたいという思いがあったからだ。彼は友人に内緒で、放課後に山へと向かった。山道を登っていくと、高い塀が現れた。しかし子供でも乗り越えようと思えばできないこともなく、その敷地内に入り込んだ。

 敷地内は広く、シンゾウは竹林を抜けて更にしだれ柳の並木を進むと目の前に廃屋のような家屋が見えた。家屋は古く人が住んでいる気配はなかった。シンゾウは勇気を出して、玄関の扉を開けた。

 中に入ると、暗くて何も見えなかった。シンゾウは懐中電灯を持っていなかったので、手探りで進んだ。すると、奥の部屋から声が聞こえてきた。

「誰だ?ここに何の用だ?」

 シンゾウはその声に驚いた。それは老人の声だったが、祖父であるぬらりひょんの声とはちょっと違っていた。

 シンゾウは「すみません、間違えました」と言って引き返そうとした。しかし、その時、部屋に光が差し込んだ。窓から月が昇ってきたのだ。

 シンゾウは思わず部屋の中を見た。そこには老人が一人座っていた。老人は行燈を付けた。

 その光に照らし出された老人は白髪で顔にしわが刻まれており、普通の老人に見えた。しかし、シンゾウはその老人の目を見て息を呑んだ。その目は赤く光っており、それは妖怪の目であることを示していた。

 老人もシンゾウの目を見て驚いた。
「お前は……」老人は言葉を失った。

何とシンゾウの目も赤く光っており、まさしくそれは妖怪の目だった。

二人はしばらく言葉を交わさなかった。やがて、老人が口を開いた。
「お前はもしやシンゾウか?」

シンゾウは頷いた。
「あなたは祖父ですか?」

老人は首を振った。
「違う。私はぬらりひょんオリジナルではない」

シンゾウはその言葉に戸惑った。
「では、あなたは誰なんですかですか?」

老人は苦笑した。
「私はエイサクだ。ぬらりひょんの弟だよ」

 弟分だった彼もまたずっと昔に人間界から去っていた。彼は自分の罪を償うために、山奥の廃屋に隠れ住んでいたのだった。彼は人間と妖怪の間に生まれた甥のことを知っていたが、会うことはなかった。

 彼は、人間としての人生を終えて死んだことになっていたが、この地に隠匿しながら自分が先導してきた誤りを軌跡の修正する画策していた。彼の配下の妖怪たちが今も政界に入り込み、裏での影響力を保っているのだった。

 しかし、今日は違っていた。彼は姪孫の顔を見て、驚きと感動を覚えた。姪孫は兄にも似ていたが、彼自身にもやはり似ていた。

彼は甥に話しかけた。
「お前は私の姪孫だ。私はお前の行く末を心配していたのだ」

 それを聞いてシンゾウは頬に涙がこぼれるのを感じた。

 シンゾウはエイサクに話しかけた。
「あなたもぬらりひょんの血を引いた一人なのですね。ぼくもあなたを覚えてています」

 二人は抱き合った。二人ははやり家族だった。二人は妖怪だったが、人間でもあった。

突如後方からから声が聞こえて来た。
「そんな劣情のなれ合いは無用の長物です‥‥おやめなさい」

 月明りを背後にした窓枠に、一人の人影があった。影の中で二つ巨大な赤い目が睨みつけるように光っていた。

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