怪奇短編集

木村 忠司

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酒呑童子の恋|

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  酒呑童子は、京の都から山を登りさらに三つ四つ超えた山深い大江山にいた。

 彼は人々から大江山の鬼の頭領として恐れられていた。 しかし、彼には誰にも話したことのない秘密があった。

 彼はかつて人間だった時に、ひとりの女性に恋をしたことがあったのだ。 その女性とは、花園の中納言の一人娘で、 酒呑童子がまだ人間だった頃に出会った。 二人は互いに惹かれ合い、 密かに逢瀬を重ねた。 

 しかし彼の非凡な超イケメン性があだとなってしまう。女性たち羨望のまなざしを一身に集め、彼に思いを寄せる女性たちから日々多くの恋文が寄せられていた。

 酒呑童子が見もせず読まずに全部燃やして捨てていたことを知った女性たちは、彼を恨らむようになった。それは濃縮した怨念になった。怨念は呪いになり、彼を鬼に変えてしまったのだ。しかし彼が女性の誘いを断ったのは、本当に愛した女性がいたからだった。

 こうして鬼となった酒呑童子は、思い人との恋愛関係を終えてしまったのである。 

 鬼の完全体となった酒呑童子は、大江山に住み着いた。 鬼となった後も酒呑童子はその人間離れした美しさから、多くの女性から求愛されたがすべて断り続けた。 それもやはり別れた姫君を忘れることができなかったからだろう。


 そして花園の姫君もまた、 酒呑童子を忘れることができずにいた。酒呑童子が鬼になってしまったことを知らずに待ち続けていた。

 そのことを知っていた酒呑童子は長年、自分の姿を見せることができない苦しみと、彼女を想う切なさとで悩んでいた。


 そんなある日、酒呑童子は大江山にある洞窟の中の御殿で酒を飲んでいた。

 そこへ、配下の青鬼たちが現れた。

「大将、今夜も京の都から姫君をさらってきましたよ。さあ、一緒に飲みましょう」彼らは酒呑童子に声をかけた。

 酒呑童子は驚いて振り返った。彼らは人間の姫君を連れてきていた。

「私は頭中将と夕顔の娘、玉鬘です。どうかお助けください」
姫君は泣き叫んでいた。

「おまえら何をしてやがる!人間を気安くさらってくるなんて!しかも姫君じゃないか」
酒呑童子は怒って配下の鬼に言い放った。
 
「え?でも大将、あなたも人間が好きじゃなかったですか?この姫君は美しいでし、一緒に食べましょうよ」
配下の鬼は戸惑って言った。

「馬鹿か!?私は人間を食べるような鬼ではない!」
酒呑童子は、配下の鬼を怒って黙らせた。


 彼は姫君に近づいて、優しく声をかけた。
「大丈夫です。あなたはもう危険ではありません。あなたを家に帰します」

 姫君は酒呑童子の顔を見て驚いた。彼はとても美しい人間に見えた。

 彼は鬼ではないのだろうか?彼はなぜ自分を助けてくれるのだろうか?姫君は恐怖と好奇心とで心が揺れた。

 酒呑童子は姫君を抱き上げて、配下の鬼に言った。
「この姫君は俺が連れて行く。今頃姫である玉鬘が居なくなって人間たちが血眼になって探しているぞ。お前たちはここに残って派手なことをせずおとなしくしていろ!」

「え?でも大将、あなたはどこに行くんですか?この姫君と一緒に?」配下の鬼は不満そうに言った。

 酒呑童子は冷たくそれに答えた。
「それはお前たちに関係ないことだ。おれの命令に従え」

 配下の鬼はしゅんとして仕方なくそれに従った。

 酒呑童子は姫君を連れて、大江山を降りていった。

 そして山を下りていく酒呑童子は何も言わずに都に入り、彼女の住む邸宅まで送り届けた。

「あなたはこのまま無事にお家に帰ることができます。青鬼たちの事はどうか許してやてください」酒呑童子は玉鬘の姫君は言った。


「あなたは本当に優しい方です。あなたが鬼だということが信じられません。どうしてあなたは鬼になってしまったのですか?」姫君は感謝しながら尋ねた。


「それを説明するには長い話です。私はかつて人間でしたが、女性たちの重いを無視したことで、恨まれ怨念によって鬼に変えられてしまったのです。私は女性の誘いを断ったのは、本当に愛した女性がいたからです。その女性はこの都に今も多分います」酒呑童子は悲しそうに言った。

「あなたが愛した女性というのはつまり‥‥人間の貴族の娘なのですか?」姫君は驚いて言った。

「そうです。彼女は私が人間だった頃に出会った娘で、私が鬼になってしまったことを知らせずにここから去りました。私は彼女に何度か会おうと思ったが、私と彼女とでは住む世界が違ってしまっていた。私は彼女に会うことが怖かったのです」酒呑童子は頷いて言った。

「つまらない話をしてすみません。お気をつけて」 
酒呑童子はそう言って別れを告げると、姫君の住む邸宅を後にした。

 しかし彼はせっかく都におりてきたのだから、もう一度だけ愛した女性の姿を拝みたいとおもった。

 彼は記憶を頼りに彼女の住んでいた館へ向かった。そして館の敷地に忍び込むと、部屋の窓に近づいて戸を音を立てずに開けてそっと中を覗いてみた。

 彼女はまだその家に住んでいた。彼女はそのとき行燈を焚いて手紙を書いていた。彼女は年を取っていたが、面影は昔のまま凛々しかった。

 鬼になったばかりのころ、一度だけ彼女に会おうと思い立ったことがあったが、きっぱり諦めた。鬼になった自分の姿を見られるだけでなく、鬼と親交があるなどと知れ渡り彼女に迷惑をかけることになると思ったのだ。

 酒呑童子は、彼女の顔をじっと見つめた。彼女は月明かりに照らされて、美しく見えた。
「彼女は私のことを思っているだろうか?いやもうそもそも忘れてしまっているのではないか?」

 人間時代の感情を呼び覚まされた酒呑童子は、彼女に伝えたかった言葉を窓からささやいた。

「私はあなたを忘れません。あなたと一緒になりたかった」その言葉は、風に流されて、彼女に届くことはなかった。

 酒呑童子は、最後の別れのキスをするように障子窓に手を触れた。そして、静かに立ち去った。
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