怪奇短編集

木村 忠司

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路肩の自転車

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  ある夜、ある道を自転車で走っていた女性の話です。

 女性は自宅から遠く離れた場所にある友人の家に遊びに行こうとしている途中でした。

 街灯もまばらな暗く人気のない道路で、彼女は友人宅へ急いで自転車をこいでいました。

 すると後から、男の声が聞こえてきました。

「おーい待ってくれよ…」

 女性は声の主は誰だろう?と思って、後ろを振り返りました。

 すると彼女の目に飛び込んできたのは、血まみれの男の顔でした。しかも自分の顔のすぐ後ろに!

 知らない男が彼女の自転車にしがみついていたのです。

 「たのむよ助けてくれぇ」と男は言いました。

 女性は血の気が引いていく感覚に耐えながら、男を振り払おうとしました。しかし、どうあがいても男は強く自転車にしがみついて離れません。

 「お願いだ助けてくれぇ‥‥俺は事故にあったんだ」と男は言いました。

 女性は、その言葉を聞きながら通り過ぎる道路の路肩に転がる物体に気が付きました。

 そこにはなんらかのダメージを受けたのか形の歪んでいるような自転車が倒れていました。

 女性は「確かに男は事故に遭って重傷を負っているだけなのかも」とすこし思い直しました。

 しかしあまりにも恐ろしかったので、彼女はその場に停まって調べる気にならませんでいた。とにかくその場から離れたい一心だったのです。

 しかしどんなに速度を上げても男は引きずるようにしながらもしがみついた手を離さず自転車から離れませんでした。

 やがて女性は人どおりのある道に出ることが出来ました。

 そこで自転車を止めた女性は、警察に電話をしようとおもいました。

 電話をかけている間も「助けてくれ」という後方から聞こえる男の声が止まることはありませんでした。

 女性は110番通報して、受けた警察官に事の次第を話しました。

「私の自転車に、血まみれの男がしがみついているんです!助けてください!」

 警察官は最初この説明を不審に思って、女性と何度か同じような問答を繰り返しましました。しかし女性のあまりの剣幕に、最終的に通報を受け入れて近くにいた警察官をすぐに現場に向かうようにしました。
 

 二人の若い警官が到着したとき、確かに女性とその所有する自転車を確認できましたが、それには誰もしがみついてはおらず、路上にも倒れている人物などもいませんでした。

 しかし自転車の後ろの車輪や、泥除けに、黒い血の跡のようなものが付いていました。警察はそれを見て怪訝に思いました。

 女性の主張する血だらけの男がいたという証言について、警官たちは「見間違えでは無いか?」と確認しました。

 しかし女性は、「確かにいたんです!でもどこに行ったのかわかりませんが本当にわたしの真後ろにいたんです!」と言い張りました。

 ひとりの警察がヒステリー気味に興奮する女性をなだめました。

 もう一人の警官は、女性が見たというひと気の少ない道の路肩に倒れた自転車を調べに行ってみると、確かにその放置された自転車が見つかりました。自転車の車輪のリムとフレームが酷く歪んでいて、確かに交通事故に遭ったと一目でわかるようなダメージを受けていました。

 のちに自転車登録証から持ち主を調べると、彼らは驚くべき事実を知ることになりました。

 事故現場にあったその自転車の持ち主は、一年前に交通事故で亡くなっていたのです。

 交通事故で亡くなった男性は、大きな幹線道路の交差点付近を自転車で走行中にトラックにはねられて即死していました。

 警察は、女性が見た男がその自転車の持ち主の幽霊だったのではないかと推測しました。しかしそれを証明する方法はありませんでしたし、警官が女性にその事実を女性に伝えることはしませんでした。



 女性は、その後も長い間自分の真後ろにあった男の顔やその声を忘れることができませんでした。男性はなぜ女性に助けを求めたのでしょうか?彼は何を言いたかったのでしょうか?そもそも自転車は一年前に起きた死亡事故現場である交差点から遠く離れた人通り少ない道の路肩に放置されていたのか?すべては謎のままです。
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