怪奇短編集

木村 忠司

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告白|

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夜の都心、人通りが少なくなってきた頃、タクシー運転手はある男性を乗せた。男は運転手に「奥多摩にあるM霊園までお願いします...」と言った。

運転手は「酔ってはいるがおかしな人物ではない」と判断して、男の云う通り奥多摩に向かうことにした。

男は後部座席でときどき落ち着かない様子を見せたが、とにかくかなりのアルコール量を摂取したようで酩酊と言うべき状態だった。しかしおとなしい様子の男はそのうち脱力しようにシートに身を任せていた。

タクシーは長い時間を経て奥多摩地域に入った。そのあいだにタクシー運転手と客の男の間に特に会話はなかった。

M霊園まで来ると、男はタクシー運転手に細かい道順を伝えて、ある区画の墓地に入った。

タクシー運転手は指示通りの場所に到着すると、がら空きの駐車場に停車させた。

「お客さん、到着しました」
 
停車してからしばらく沈黙が続いた。タクシー運転手は黙ったまま返事を待った。


「実はそこの墓に、ある女が眠っているんです」 

そして男は、堰を切ったように自分の話をし始めた。

「その女とは、男が三年付き合っていた女性でした。二人は出会ってからお互いに尋常ではない強さで惹かれ合い付き合うようになり、男は彼女に対して今まで感じたことのない強い愛情を感じていました。それはいままで付き合った女性にはなかった特別な感情で、恋愛というよりも、自分に似た存在、家族の感覚に近いのではないかとひそかに疑問を感じていたのです・・・・」

男は子供時代を孤児の養護院で過ごたと語った。

「自分でも何故そうしたのか‥‥」と、そう動機について話したが、おそらく彼女との出会ったことによって結婚も念頭にありそうおもたのだろう。ずっと蓋をしていた自分の出生についての謎を調べることにした。

すると自分には両親以外に実の姉が一人いて、それが実は三年付き合っていた彼女である女性だとわかったのだ。

それを知ってしまってから、男は病むほど悩んだ。そして別れることを決断したつもりが、気持ちと裏腹に簡単に彼女と離れることができなかった。女性は彼女であり姉である。そのあまりにも衝撃的な真実をどう話したらよいかわからなかった。

真実を話せずに数週間経ったある週末、二人は△△温泉にいた。

男はどこで話すを切り出すか考えながら、温泉からほど近くにある○○大滝に立ち寄って、女性と連れ立って二人は滝つぼへ下っていく遊歩道を歩いていた。

土と砂利と踏み石が混在する下りの斜面は、前日の雨でぬかるんでいて、運悪く彼女は足を滑らせてしまった。そのとき態勢を立て直そうと足を踏ん張った場所が更に運悪く、彼女はもう一度滑ってしまった。そして上体が浮くように大きく崖側へと放り投げられたような状況になった

 男は反射的に助けようと手を伸ばし、なんとか彼女の手を掴んだ。

二人の手は強く握られ、男は彼女の体重を感じながらなんとか引き戻そうとした。二人を包む間に、まるで時が止まったような数秒が流れた。彼女の体の重心は崖の向こうにあり、その顔には刹那の恐怖が浮かんでいた。

目と目があった。

 「自分でもどうしてそうしたのか‥‥」と男はその時のことをそう回想した。

握っていた男の手は力が抜けて、手と手が離れていき、彼女の表情は恐怖から驚きに変わり、短い悲鳴と共にそのまま崖から滑落していった。彼女の身体はそのまま崖から滑り落ちて死んだ。




その後まもなく近くにいた観光客から通報を受けた警察がやってきた。

交際していた男は真っ先に事情聴取をされた。彼は任意同行を承諾して警察署に同行して長い取り調べを受けた。取り調べの中で男は自然にあふれる涙を流しながら「彼女を殺す気など私にできるはずがない」と警察官に話をしました。それはその時まぎれもない彼の本心だった。

取り調べの結果、警察は事件性はないと判断して、男は釈放された。

事件ではなく偶発的な事故死と扱われ、間もなく死んだ彼女の遺体は火葬され、この墓地に納骨された。

この出来事は、男の心に深い影を落とすこととなった。男の心の中に女性がついて離れなくなった。

夜に枕元に現れては男を見つめ、職場でも廊下の隅に姿を現すようになった。男は常に女性の幽霊の存在を感じ、恐怖と罪悪感に怯えていた。

「いまもこの後部座席に...私の横に彼女の幽霊が乗っているんです」

男は、必死に運転手に訴えかけた。


 タクシー運転手は、男の話を聞くまでもなく、ずっと薄気味が悪いと思っていた。そして話を聞きながら、ここまで乗せて来たことを後悔していた。しかし話の途中からそれは次第に同情に変わっていった。男が、ここまで十分なほど後悔と罪悪感で苦しんできたのだろうと想像できたからでした。

「あなたの気持ちはよくわかります。私にも同じような経験があるんです」

運転手は、男の心情に寄り添うように語りかけた。

「だいぶ前の話ですが、父が亡くなった後、私も同じように苦しんでいました。父とは長年、疎遠になっていましたが、最期に会った時に私は何も言えずにいたのをしばらく悔やんでいました」

それから三ヶ月後、タクシー運転手の父は亡くなった。死後、彼の心にあった恨みが罪悪感に変わり、いつしかそれは針の筵となり彼の心を責めた。

タクシー運転手はその時の気持ちを思い出し、男を責める気になれなかった。


「このまま元の場所に帰ることもできますが...それともここで降りますか?」タクシー運転手は尋ねた。
 
男は無言のままに、窓の外に広がる真っ暗な墓地へ目を向けた。

そこは無数の墓石が遠くまで並んでた。

タクシー運転手は黙って、ヘッドライトの光の照らす先をみながら、男の返事を待っていた。
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