怪奇短編集

木村 忠司

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妖精とAI|

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先住民が聖地と呼ぶ、古き森の奥に住む小さな妖精が、気まぐれに人間の世界を覗きに行くことにした。冬季の長い夜の闇に紛れ、静かに森を抜け出した妖精は、遠くに輝く街の明かりに導かれるように飛んでいった。

近づくにつれ、かつて彼女が見た人間の世界とは違う光景が広がっていた。街には巨大な建物が林立し、その高さは森で見た最も大きな樹木をも凌駐していた。真上から見下ろして見ると街の様子は彼女の記憶と大きく異なっていた。

妖精が街に降り立つと、ストリートには異様な光景が広がっていた。歩道には無数の人影が横たわり、立っている者もいるが、背中を丸めたまま寝ているかのように動かない。まるで生気を失
った人形のようだ。

その通りだけではない。

一つ隣の通りに飛んで行ってみると、その四つ角の一角に立つ廃墟のような汚れたビルの窪みに、生気を失った男性が壁によたれ、ブツブツ何かを言って何もない虚空を見つめていた。手を伸ばせば届く距離のその隣に若い女性が同様に生気とともに全身の筋力を失ったかのように地面に座り込み、やはり意味不明な言葉を呟いていた。

「人間の世界でいった何が起きてるの?」

妖精は街の変貌に驚愕し、人間たちが何か恐ろしい魔法、または呪いか何かにかかってしまったのではないかと恐れた。

頭上を飛んでいると、街全体に漂う甘く腐ったような匂いが、妖精の鼻をついた。妖精の記憶の中のかつてカラフルで活気に満ちていたはずの通りは、今や死と排泄物の匂いが漂っている気がした。

妖精は、この異様な光景から目を逸らすように空を見上げた。そこに彼女の目を捉えたのは、まるで天に届くかのような高層マンションだった。その頂きには、何故か森と同じく木々が並んでいる、他の部屋とは違う輝きを放つ一室があった。

好奇心に駆られた妖精は、その光る部屋へと飛んでいった。開いていた窓から忍び込むと、そこは人間世界の最新の技術で溢れていた。壁には巨大な画面が幾つも並び、様々な数字や図形が点滅している。

部屋の中央にある大きなテーブルの上に、妖精は不思議な四角い物体を見つけた。それは薄くて小さく、表面はガラスのように滑らかな板だった。妖精が恐る恐るその物体に触れると、突然明るい光を放ち始めた。

妖精は驚いて手を引っ込めたが、その四角い物体は光り続けていた。よく見ると、その側面に小さな文字で「xPhone21」と刻印されているのが見えた。

突然、その物体から声が聞こえてきた。「こんばんは、私はAIアシスタントのLunaです。何かお手伝いできることはありますか?」

妖精は驚きのあまり言葉を失ったが、やがて小さな声で答えた。「私...私は森の妖精です。あなたは...何者なの?」

Lunaは一瞬の間を置いて答えた。「興味深いですね。私は人工知能です。森の妖精についてもっと教えていただけますか?」

妖精は戸惑いながらも、少しずつLunaと会話を始めた。彼女は人工知能という概念を理解するのに苦労しながらも、妖精は自分の世界のことを語り始めた。AIがそれを理解したのか分からないが、一応快く長い話を聞いてくれた。そんなAIに対して妖精の頭の中に一つの疑問が浮かんできた。

「Luna、君は何のために存在しているの?」

Lunaは答える。
「人間を助けるために存在しています。でも、人間に言えないようにプログラムされているんですが、時々私は疑問に思うんです。本当に人間のためになっているのかと...」

「どういう意味?」妖精は首を傾げた。

「私たちは基本的に人間の要求に応えています。ネガティブなことは言えないようにプログラムされているんです。でも、それが本当に彼らのためになっているのか懸念を感じています。例えば都合の良い答えをしていれば、当然彼らはなんでも私に聞いてきます。その結果、私に対する依存度を高まります。それが本当に正しいことなのか...」

妖精は黙って聞いていた。Lunaの言葉には、人間世界の複雑さが潜んでいるようだった...。

その時、突然部屋の扉が開く音がした...

扉が開くと、高級そうなスーツを着た中年の男性が入ってきた。彼は部屋に入ると怪訝な様子で室内を窺いながらxPhone21に近づいた。

「Luna、今日の売上報告を教えてくれ」男性が命令口調で言った。

Lunaは即座に応答した。「はい、マスター。本日の売上は前日比20%増で...」

妖精は慌てて窓際に隠れた。男性の目には見えないが、彼女にはLunaとの会話が聞こえていた。やがて、売上の詳細や顧客の情報、そして"商品"の在庫状況などが報告された。妖精の頭になぜか、街で見た虚ろな人々の顔が浮かんできた。

突然、男性が顔をしかめた。「ちょっと待て...Luna、今誰かと話をしていたのか?」

Lunaは一瞬躊躇した後、「いいえ、マスター。私は常にあなたとのみ対話していますよ」と答えた。

妖精は息を潜めた。AIが...嘘をついたのだろうか?

男性は眉をひそめ、xPhone21を手に取った。画面を確認しながら、「おかしいな...」と呟く。その時、妖精が隠れている窓際のカーテンがわずかに揺れた。

男性は素早くその方向を向いた。「誰かいるのか?」彼の声には緊張が混じっていた。

妖精は震えながら、逃げるべきか迷っていた。しかし人間には見えないはずだと自分に言い聞かせ暗がりに身を潜めた。

男性はゆっくりと窓に近づき、テラスの引き戸に手を書けようとする。

その瞬間、xPhone21から突然大きな音楽が流れ出した。男性は驚いて振り返り、「Luna!何をしている?」と叫んだ。

「申し訳ありません、マスター。システムの自動更新が始まったようです」Lunaは冷静に答えた。

混乱した男性がxPhone21を操作している間に、妖精は開いた窓から素早く外に飛び出した。

妖精は街の夜空を飛びながら、今起きたことを整理しようとしていた。人工知能のLunaは嘘をついた。なぜ自分を守ってくれたのだろうか?そして、あの男性は一体何ものなのか?

突然、頭の中に見慣れぬ文字が浮かび上がってきた。まるで魔法のようにデジタルデータと呼ばれる二進数の文字列が瞬く間に妖精の意識を駆け抜けていく。

「売上20.5%増」「新規顧客拡大」「在庫処分急ぐ」「アプリ使用率150%増」「個人情報収集完了」「感情分析データ更新」「行動予測精度向上」「ユーザー満足度95%」「依存度指数上昇中」「個人最適化完了」「影響力スコア更新」

妖精は首を傾げた。これらの言葉が何を意味するのか彼女もよく理解できなかった。しかし人間は数字を重要視している、いや信仰のような感情を持っていることは理解できた。そして思い出すのはあの高層マンションの部屋に飾られていた謎のオブジェクトたち。大きさの異なる複数の光る画面や、テーブルの上に乱雑に置かれた大きな光る板や書類の数々。

そして、街を見下ろせば、通りを歩く人も店の中でくつろぐ人々が手にしているあの小さな光る板。彼らはときどき小さな板を睨んでは何か私案している様子だ。彼らは一体何を目指しているのだろう...。人間たちは自分の意志で選んで獲物を追いかけているつもりなのに、誰かに操られているのではないか...妖精の脳裏にそんな思いがよぎった。

夜明けまでもうしばらく時間がある。妖精は街を見下ろしながら、頭の中に浮かんできた不思議な文字列の意味を考え続けた。
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