怪奇短編集

木村 忠司

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一緒に来て|

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深夜、ある若い男が山奥の某廃墟ホテルに向かっていた。彼は心霊系探索動画生主としてまぁまぁ知られた銀の盾を持つYouTuberで、この日はコ〇ナ明けに行う久しぶりの本格的な廃墟探索の遠征だった。

彼は今回もライブ配信しながら、数々幽霊の噂が囁かれる廃墟ホテルに、未発見の面白い何かを見つかれば十分な取れ高だと思っていた。つまり彼は正直心霊現象を信じておらず、どちらかというと現実的なスタンスからオカルトを見るタイプの配信者だった。

彼はいつものように、廃墟の中を歩き回りながら屋内の荒廃度合いをカメラに向かって実況したり、この廃ホテルの過去に探索した時の様子についての視聴者からの質問コメントに答えたりした。

そんなとき不意に彼の耳元で、女性の声が聞こえた。

「こっちへ来て...」

彼は焦って振り向いた。真っ暗な廊下にライトを向ける。誰もいない。

「いやいやうそじゃない!本当に何か聞こえたぞ...聞こえなかった?みんな聞こえた?」とカメラにムキになって語り掛けながら、声がした方へと近づいてゆく。

すると、カメラを向けた20メートルほど離れたあたりに女性が立っていた。

黒の服を着ていて綺麗なストレートの黒髪の女の横顔だ。

彼はおもわず呼吸がとまり、懐疑派ながら幽霊の姿を希求していた彼は興奮もしていた。

しかしあまりにハッキリと姿が見えたので、冷静な自分を取り戻し、先回りしたファンのイタズラなんじゃないか?とか思いながら、どのみち動画配信者としてチャンスだと考えて、彼女に更に近づいて行った。

しかし赤い洋服の女性は近づくたびに距離置くように遠ざかる。そうして彼を廃ホテルの奥へと誘導していった。
姿に魅了されると同時に、このシーンを逃しまいとカメラの画角に夢中になった彼は、石ころか何かに躓いた。カメラも手から滑り落ちる。
「いってぇ!」

彼は足元を確認してから、前方を見直すと女性の姿が消えてしまっていた。

「ちょっと待ってくれよ!」男性は消えた女性に向かって叫んだが返事はなかった。

次にカメラに向かって、
「みんなあの女性見えただろ?」とLiveを見ている視聴者に向かって語り掛けた。

男性は立ち上がろうとしたが、足首に強烈な痛みを感じて立てない。男は顔をゆがめながら右のズボンのすそをまくり触ってみた。

「くそっ痛ってぇ!」

そしてカメラに向かって語り掛けた。
「誰か助けてくれ!骨折したみたいだ。ここは○○県の△△ロッジだから!場所わかる人!頼む、警察や救急車呼んでほしい」

男性が助けを求めた直後、突然カメラの画面がノイズで乱れ始めた。そして、画面の向こうから低い笑い声が聞こえてきた。男性は恐怖で体が硬直する。

カメラの映像が戻ると、赤黒いドレスの女性が男性のすぐ目の前に立っていた。彼女の顔は、髪の毛で隠れていて見えない。

「一緒に...来て...」女性の声が、まるで頭の中で響くように聞こえた。

男性が悲鳴を上げようとした瞬間、女性の髪が蛇のように動き、彼の体に絡みついていく。彼は抵抗しようとするが、足の痛みで動けない。

カメラには、闇の中に廊下を男性が引きずられていく姿が映り間もなく男の姿がその場から消えてしまった、そして...それをみる視聴者の画面はクルクルがとまらなくなり配信が止まってしまった。


一時間後—

一台のパトカーが山の中の真っ暗な駐車場に停まる。サイレンは鳴らさず赤色灯が回転してその赤い光が辺りを照らした。
「あれ?この辺じゃなかったか?」
「地図ではそうだけど...」
「まったくなんで深夜にこんな山奥にいくんだよ...」「心霊スポットでライブ配信してたらしいです。だれでも動画配信出来る世の中ですからねぇ...」
ライブ配信の視聴者の誰かが警察へ通報をして、ちょうど二人の警官が現場に到着したところだった。

二人の警察官はクルマから降りて周囲を見回した。すると林の中にひっそりと佇む廃墟ホテルのシルエットが見えた。

「あそこだな?」
「ああ、思ったよりデカいな。よし行こう」

二人は懐中電灯を持って廃墟に向かった。

建物に入るなり、二人の警官は異様な雰囲気に包まれた。廊下の壁には不気味な影が揺らめき、足音が異常に響く。

懐中電灯で照らしながら慎重に歩いてゆく。すると一階の廊下の奥の階段近くに穴の空いた床があり、下を覗いてみると、真下の地下一階の床の上に何かを見つけた。ビデオカメラのようだ。

「例のYouTuberのカメラか?」
「そうみたいですけど、本人がいませんね...」

二人は階段を降りて行って地下一階へ向かった。短い廊下の奥に懐中電灯を向けると、扉のない部屋の奥にボイラーの残骸が見えた。もう一人の警官がその間の廊下に落ちたカメラを拾う。画面を覗きこんでみると、最後のライブ配信したまま電源が入りっぱなしになっていて、転落後もカメラが回り続けていたようだ。巻き戻して見ると、映像は下からのアングルで斜め上を向いていた。

いくつか飛ばし見いると、画面に何かが入り込んむシーンを見つけた。それは人の足のようだった。

二人の警官は息を呑んで画面を見つめた。映像の中で、人の顔だと思われる部分に焦点を合わせようとしたが、暗くてはっきりとは見えない。それでも華奢な肩幅、長い髪が垂れ下がっているのがわかり、女性らしいことはわかった。

そこで小さな声が録音されていた。
「一緒に来て...」
そして微かな笑い声が流れた後、姿は画面から消えていった。

映像を見た二人の警官は顔色を変えて互いの顔を見合わせた。
「今の聞いたか...?」
「はい、誰ですかね...」

二人の警官は慎重にボイラー室に近づいた。錆びた鉄の扉を開きっぱなしだった。それぞれの懐中電灯の光を暗闇にむける。

「おい、見ろ...」一人の警官が震える声で言った。

光の先に、後ろ向きで宙吊りになった人影が見える。

二人は息を殺して近づいた。懐中電灯の光が揺れ、壁に大きな影を作る。天上の配管にひもを通して首を吊ったようだ。
「なんで?」
驚愕しながら顔を見合わせる。一人の警官が反対側に回って男の顔を確認してみる。

若い男だと分かったが、顔は全体的に膨れ上がり青黒くむくんでいる。目はと閉じられていたが、口は口角が上がったまま下あごが開かれていて、何処となく笑っているように見えた警官は、その不気味さに背筋が寒くなり懐中電灯を外し入り口側に戻った。

「いったいなぜこいつ首を吊っったんだ?」
「訳がわかりません...」

その時、男の首が不自然にゆっくりと回転し始めた。警官たちは目の前の事が信じられないと言った感じに呆然とそれ見つめた。

やがて顔が警官たちの正面でとまると、目が開いた。その目は真っ黒で、底なしの闇を思わせた。
そして一言、かすれた声で
「一緒に...来て...」
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