怪奇短編集

木村 忠司

文字の大きさ
上 下
1 / 48

のっぺら|

しおりを挟む
むかしむかし、ある山里に与平という男がいた。与平は炭焼きの仕事をしていた。

ある日、山で仕事を終えた与平は麓の村へ帰る途中だった。日が暮れかけ、山道はだんだん暗くなってきた。木々の間から風がそよそよと吹いてきた。

与平が歩いていると、ふと耳に聞こえてきた。

「たすけて...たすけて...」

どこからともなく聞こえてくる声に、与平は驚いた。立ち止まってよく耳を澄ますと、確かに誰かが助けを求めていた。

「ん?どこかで女性が助けを?」

与平は声のする方へ向かって歩き出した。いつもなら通るはずのない見知らぬ道を進み藪をかき分けていった。

与平は声の方へ急いだ。それが普通でない声だ直感的に思えた彼は心のどこかで引き返せ、という心の声に気づいていたが、助けなければという大きな気持ちに押され、どんどん森の奥へ入っていった。

やがて木々の隙間から月明かりが差し込み、だだっ広い原っぱが現れた。藪から抜け出た与平は息を呑んだ。

原っぱの中央に立つ大木に、一人の女性が縛り付けられていた。朱色の着物は月光に照らされ、なまめかしい輝きを放って見えた。顔は布で覆われていて素顔は分からない。女性の髪は乱れ、首には流れ落ちた血の川、その姿は痛々しかった。

「大丈夫か!」

与平は駆け寄った。女性の体は冷たく、震えていた。縄はきつく、解こうとしても指が滑る。女性の呼吸は荒く、苦しそうだった。

突然、女性の体が痙攣し始めた。与平はぎょっとしながら払い落とすように顔の布を取り払った。

与平が布を取り払った瞬間、時が止まったかのように世界が静まり返った。

月光に照らされた女性の顔は、まるで白い絹のように滑らかで、どこまでも平らだった。目があるべき場所には窪みすらなく、鼻筋も唇も存在しない。ただ、無限に広がる白い平坦な顔が、与平を見つめていた。

その瞬間、女性の体から低い唸り声が漏れ出た。口もないのに奇妙な声は何処から聞こえるのか、何もない頭部がゆっくりと与平の方へ向き直る。

与平の喉から声にならない悲鳴が漏れた。彼の全身から血の気が引き、足がすくんだ。

与平の喉から絞り出すような悲鳴が漏れた。その声は、夜の静寂を引き裂くように響き渡った。

彼は後ずさりしようとしたが、足が震えて思うように動かない。尻餅をつくように倒れ込んだ与平の目に、女性の体が大きく震える様子が映った。

縄が解け、のっぺらぼうとなった女性がゆっくりと立ち上がる。その姿は月明かりに照らされ、長い影を引きずっていた。

与平の頭の中で、理性が恐怖に飲み込まれていく。彼は狂った獣のように逃げ出した。

藪をかき分け枝が顔を引っかくのも気にせず、文字通り一目散に与平は山を駆け下りた。

息も絶え絶えに里に辿り着いた与平の姿は、顔は擦り傷だらけで髪は乱れまくっていた。その尋常でない彼の様子に村人たちは何事かと周りに集まってきた。

「の、のっぺら...ぼうだ...」与平の言葉は途切れ途切れで、全身が震えていた。「山に...あの女が...顔が...」

村人たちは与平の話を半信半疑で聞いていた。誰も彼の話を信じようとせず、山で何か悪いことでもしたのではないかと疑う者もいた。

落胆した与平は家に帰り、恐ろしい光景が頭から離れず、その日眠れぬ夜を過ごした。

数日後、村の狩人が森で女性の遺体を発見した。与平が話したようにそこに木に括られた女性があった。朱色の着物はズタズタであちこち獣に引き裂かれ、顔の元型すら失われていた。

助けを求められた村人たち一行はその惨劇の場所へと向かった。

見分し皆で話し合ったが、結局その女は村人ではなく誰なのか分からなかった。しかしながらおそらく女は旅の途中に山賊に襲われ、木に縛り付けられた挙句に、運悪くやって来た狼に襲われたのだろうと推測した。

亡くなった女性は無縁仏として弔われ、死んだ木の横に小さな鎮魂の石碑が建てられた。


それから数十年経ち年老いた与平は、ことあるごとにその時の事を若い衆たちに話をするようになった。

「山奥の石碑のある大きな原には、のっぺらぼうがおったのじゃ」

その場所は「のっぺら原」と呼ばれるようになったそうな。今もその村に伝承されているという。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

処理中です...