怪奇短編集

木村 忠司

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合鍵|

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 ある夜、一人暮らしの女性が自宅のマンションの一室でもう眠ろうかとしていた時の話です。

 携帯電話に着信がありました。通知の電話番号に見覚えがなく、電話帳に登録されていませんでした。

 女性は迷いましたが結局電話に出ました。

 「もしもし?」

 すると、電話の向こうから男の声がきこえてきました。
 「やあ、元気かい?」

 女性は声を聞いて困惑しました。それは馴れ馴れしい声でしたが初めて聞く声でした。誰かが間違えてかけてきたのかと思いました。
 「すみません、誰ですか?」

 「僕だよ、俺と君は運命の出会いなんだよ」

 女性はそのその男のセリフに根拠のない自信を感じて恐怖に震えました。

 「な、何を言ってるんですか?あなたを知りません・・・」

 「知らないなんて言わないでくれ…君は僕の運命の人なのに…」

 その後電話越しにしばらく沈黙が続きました。彼女の背筋に寒いものが走りました。

 「‥‥とういうつもり?何なの?」

 「実は…ドアを開けてほしいんだ」

 女性は後ろを振り返り玄関を凝視しました。

 「そこにいるの!?警察に通報しますよ!」

 「だってさあ…君が住んでる部屋・・・・以前僕が住んでた部屋だったんだよ。君を初めて見た日に後を追ってそれはもうびっくりしたんだ。これは運命だってね。もう・・・僕は君の好みもちゃんと知ってる。君が行くスーパーも美容院も僕は知ってんだから…」

 彼女は携帯電話を手にしながら玄関に向かい様子を伺いました。しかしドアを開けませんでした。そしてまもなく、彼女は警察に電話しました。

 しかし警察が到着する前に、ドアは開いてしまいました!

 彼はその部屋に住んでいた元住人です。そのときの合鍵を捨てずに持っていたのです。
 
 彼女は部屋の中で逃げ回りました。いかし男はついに彼女を捕まえて無理やり抱きしめながら言いました。

 「やっと会えた…君は僕のものだ…」

 彼女がバカなことはやめるように諭しても、男は全く耳を貸しません。

 力で適う訳もなく押し倒されたあとも、すり傷を作りながら彼女は必死に抵抗しました。

 しかし事態はそれ以上エスカレートせずにすみました。放り出された携帯電話が床で通話のままになっていて、それを聞いていた警察が、緊急で駆けつけて男を逮捕しました。

 彼女は無事でしたが、肉体的に精神的にもショックを受けてしばらく入院しました。

 男は刑事事件として起訴され裁判で有罪判決を受けました。不法侵入、暴行、強要罪などで、執行猶予付きの懲役刑判決および、彼女への接近禁止命令を命じられました。

 一方、彼女は事件から立ち直ろうとしていました。

 施錠専門店に頼んで部屋の鍵を変えて二重施錠にしてもらいました。

 彼女入院中にケアしてくれた心理カウンセラーと話すことで少しずつ元気になりました。カウンセラーの男性は優しくて頼りがいのある人でした。彼女とカウンセラーの男性にお互いに惹かれていきました。

 そして半年ほどたったある日、カウンセラーの男性から告白されました。

 「君が好きなんだ…ひとりの男としてもっと君の力になりたい。よかったら僕と付き合ってくれませんか?」

 彼女は驚き同時に喜びを感じました。災い転じて服と成す。カウンセラーの男性は、一緒にいて心から笑い合える人物だと思いました。

 二人は交際するようになり、彼女はカウンセラーの彼に変えたばかりの合鍵を渡しました。

 彼を連れて彼女が自分の部屋に招いた日にそれは起こりました。


 カウンセラーの彼はもらったばかりの合鍵を使い、彼女の部屋の扉を開けようとしました。その鍵を鍵穴に差そうとしたそのとき、彼の手は止まったまま動かなくなりました。

以上に気づいた彼女が見ると、彼の顔は血の気が引いて真っ青でした。

「君をまもり・・・たい・・・」彼はそう言いいながら、苦悶の表情を浮かべたまま前のめりにその場に倒れ込みんでしまいました。

 
 彼女の悲鳴が廊下に短くこだましました。

 その階の通路の奥の端にある非常階段の出入り口の壁に何者かの人影が彼女に視線を送っています。


 しかし彼女はそれに気付かず、携帯電話で救急車を呼びました。

 カウンセラーの男性は病院搬送後に死亡しました。

 検視の結果、多少のタリウムが検出されました。急性タリウム中毒で亡くなったのです。

 警察は毒物混入事件として捜査し、真っ先に疑いを受けたのは交際相手の彼女のでした。

 捜索令状を持ってきた警察が彼女の部屋を捜索すると、ベランダの観葉植物のプランターの陰に無造作に置いてあった容器が見つかりました。それはタリウムの薬品容器でした。

 彼女はまったく身に覚えがなかったので否認しましたが、自分の部屋にあったことは間違いがなく容疑を晴らすことは困難でした。

 彼女の職業は医科大学勤務の研究助手だったのです。彼女はタリウムを扱うことが出来る環境にいました。

 しかも運悪くその大学の薬品庫からタリウムの瓶が出庫不明のまま消えていたことが警察の捜査でわかります。

 彼女は無実を証明するために弁護士を雇い、まもなく裁判に臨むことになります。

 でも彼女はまだ知りません。

 裁判所の傍聴席にはあの男が座って後ろから見つめられている未来を‥‥。
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