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第六章 互いの傷痕

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 差しこんでくる光が、いつの間にか橙色に変わっている。

 今日一日を城の復興の手伝いに費やしていたフィルロードは、移動していた廊下でふと足を止めた。

「フィルロード」

 見計らったように名前を呼ばれ、フィルロードの赤い目がそちらを向く。廊下の先で、見知った顔がヒラヒラと手を振っていることに気づき、彼は微笑を浮かべた。

「ヒューゼル殿」
「今日の作業が一息ついたのなら、ちょっと軽くつき合わないか?」

 ヒューゼルが、何かを握って傾ける仕草をしてくる。
 それが何を示すか理解したフィルロードは、苦笑しながら「わかりました」と答えた。

 ヒューゼルの案内でやってきたのは、城下町にある一軒の酒場だった。
 慣れたようにウェイトレスやマスターに手をあげて挨拶をしてから、ヒューゼルは一番奥にあるバーテーブルへフィルロードを招いた。

 フィルロードは、戸惑い気味に辺りを見わたしながらヒューゼルについていく。

 二人がバーテーブルに並ぶと同時に、並々と酒の入れられた大きな持ち手のついた木の杯が二つ、テーブルに置かれた。溢れた白い泡が、杯から滴り落ちて白い線を描く。

 その一つを掴んだヒューゼルが、フィルロードに差し出してくる。

「まずは、お互いに生き残れたことに乾杯だな」
「はい」

 フィルロードも持ち手を握ると、持ちあげた。
 二つの杯が、空中で乾いた音を立てる。

 ヒューゼルはグイと杯を傾けて、豪快に喉へ流しこんでいく。
 ぷはあ、と気持ちよさげな息を吐いてから手の甲で口元をぬぐう様子に、あっけにとられていたフィルロードも慌てて口をつけた。

「貴殿は、飲む方か?」

 杯を振っておかわりを頼みながら、ヒューゼルが問いかける。

「そうですね、人並程度には」
「なら次は、勝利を祝っての乾杯だな」

 新しく運ばれてきた杯を、ヒューゼルはフィルロードの持った杯にぶつける。またすぐに飲み干してしまうヒューゼルに感化されるように、フィルロードもまた杯を空にした。

 「お、いいねえ」と口笛混じりに言いながら、ヒューゼルは次を頼む。

 三度目の乾杯をしてから、「で」とヒューゼルがテーブルに片肘をついた。

「これから、貴殿たちはどうするつもりだ?」
「とりあえず、わたし以外の仲間たちは明日にでも本国に戻る予定です。報告もありますし、このまま国のことを放置しておくわけにもいきませんから」
「貴殿は?」

 手にした杯で、ヒューゼルがフィルロードを指す。
 フィルロードは杯の中身を一口流してから、かぶりを振った。

「わたしは……、姫のご様子がもう少し安定してからと思っています」
「そうか。まだ、落ちつきそうにないか?」
「……はい。昼間はそれほどお変わりありませんが、やはり夜がまだ……」
「まあ、当然だろうな」

 杯を傾けてから、ヒューゼルは短く嘆息する。

「すみません。もう少し、滞在させて貰うことになりそうです」

 深々と頭を下げるフィルロードの肩に、ヒューゼルは手を置いた。

「いや、その辺は気にしなくていい。貴殿たちは、我らの恩人だからな。気が済むまでいてくれて構わない」
「……ありがとうございます」

 口角を少しだけあげて、フィルロードは折り目正しくもう一度腰を折った。

 ひとしきりたわいない世間話で酒を酌み交わしていると、「そういえば」とヒューゼルが何杯目かの酒と一緒に注文した塊肉に食らいつきながら、目を細めた。

「ヴィルフレイドに会ったんだってな」
「……はい。王は、あれからどうなったのですか?」

 城で遭遇したときの状況を思い出しながら、フィルロードは気になっていたことを口にした。

「死んだよ。俺があの場所にたどり着いたとき、もう既に決着はついていた」

 あっさりと、ヒューゼルが答えてくる。
 やはりか、とフィルロードはヒューゼルから視線を逸らしながら口元を手で覆った。

 叔母が話していた、悲願を果たしたというあの言葉は――

 フィルロードは、ゆっくりと息を吐いてから首を横に動かした。

「そうだったんですね。王が亡くなられたのなら、この国は……」

 うつむき加減にフィルロードが呟けば、ヒューゼルが自身の後ろ頭をかく。

「次の王候補がいない以上、ごたついてくるのは目に見えているな。まあ、どうにかするつもりではいるが。……ああ、そうだ。いっそのこと、貴殿もここに移住してこないか? 貴殿なら、我らも歓迎するが」

 意外な提案に、フィルロードは困ったように苦笑した。

「それ、本気で言ってますか?」
「まさか。半分は、冗談だよ」

 ひょいと肩をすくめて、ヒューゼルが笑う。

「平気か?」
「え?」

 不意に尋ねられ、フィルロードは赤い瞳を瞬かせた。
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